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Ⅳ-Ⅰ 共通の話題と共感する噂

 一海と弥生が付き合うことになってから一週間が過ぎた。


 付き合うといっても、メールアドレスや電話番号を交換するわけでも、一緒に登下校するようになったのでもない。



 弥生は相変わらず澄ましていて基本無口で、一海に話し掛けて来ることもない。

 一海に用事があって声を掛ける時にも、今までと変わらず、無表情顔で「木ノ下くん」と呼ぶ。



 変わったのは、昼休みの屋上に二人でいる時の態度だけ。

 弥生は一海を名前で呼び、以前よりは喋るようになったことくらいだ。



 それ以上に親しげになったわけでもなく、当然恋人らしい会話も交わさず、当然きゃっきゃうふふな展開になりそうにもない。


 この状況で気まずくならないようにするには、一海が積極的に話題を見つけなければいけない流れが定着しつつある。




「そういえばさぁ横峰、昨日のドラマ観た? あの、シェアハウスの――」


「あ、私、基本的に恋愛がメインのドラマって興味ないのよね。外国のサスペンスとかホラーならたまに観るけど」


「それって、基本レンタルとかじゃね? ってか、俺はあまり海外ドラマは観ねえんだよなぁ……」




 万事がこんな風で、まるで趣味が合いそうにない。


 弥生は自分から話題を提供するでもなく、しかし一海と話題が合わなくてもあまり気にする風でもなく「なかなか合わないものねえ」という感想をたまに述べるのみだった。




 放課後の教室でついうっかり、「女ってわっかんねえなぁ……」と一海がつぶやいてしまうと、(とび)()が目を輝かせた。


「なんだ? ようやく木ノ下もそっち関係に目覚めたか?」


 ひとりではしゃぎ始めたのをいなそうとして、更にうっかり「いや別に……ってか、お前の彼女ってさぁ」などと余計な話を振ってしまい、その後三十分間惚気に付き合わされたりもした。



 丁度帰り支度をしていた弥生にも、一海のつぶやきが聞こえていたかも知れない。だが、一瞥をくれるでもなく、そのまま静かに教室を出て行ってしまった。




 むしろ一海の方が意識して、教室にいてもつい目で弥生を追うことが増えていた。


 一海はこの一週間で、弥生が他の女子よりほんの少しだけ背が高いこと、ほんの少しだけ顔が小さいこと、いつも背筋を伸ばして姿勢がいいことなどを知った。



 他のクラスメイトの女子よりも会話が多かったはずなのに、弥生についてほとんど何も知らないということも、一海は今更ながら自覚したのだ。




 週明けの火曜日から定期考査が始まるため、弥生曰く『昼休みの(おう)()』もしばらくはない。考査中は出席番号順に並ぶため、廊下側前方に並ぶ一海から、窓側後方の弥生は見えない。



 ――どうせならこのまま、「あの話は冗談でした」でフェイドアウトしてくれた方が心が休まるんじゃないかなぁ……と一海は考える。



 だがそれはかなり甘い考えだったことを、後で思い知ることになる。


 * * *


 定期考査最終日。


 登校したばかりというのに、もう放課後の予定が待ち切れないというように、校内は朝からざわついている。


 いつもの風景だが、一海のクラス内の空気だけは少しピリピリしていた。



 ピリピリの発生源は、普段教室の後ろの窓際に固まっている女子のグループだった。彼女たちは、成績よりも自分たちの見栄えを気にしているようなタイプだ。


 だがさすがに考査期間中だけは、教科書やノートを持ち寄ってヤマを張ったり出題し合ったりしている。




 しかし今日は何故か脇に教科書を挟んだまま、お互いの携帯電話(スマートフォン)の画面を凝視しては、深刻そうな顔でこそこそと話し合っていた。




「久保ぉ、なぁ、あの辺の女子ら、(へん)くね?」


 一海はカバンを机の上に放り出し、後ろの席の男子に声を掛ける。



「あぁ……」


 久保と呼ばれた男子はちらりと窓際を一瞥する。だが興味なさそうな様子で、また教科書に視線を戻した。



「よくわからんけど、スマホで心霊写真が撮れたとか――最近の幽霊はデジタルに対応しているらしいよ」


 最後はジョークのつもりだったのか、言った後自分でくふんと笑い、フレームレスの眼鏡を軽く押し上げる。



「そんなことより、ここの計算教えてくんない? 木ノ下、数学は得意だろ?」


 一海の反応を待つ様子もなく、久保は話題を変える。

 ウケるかどうかは関係なく、言っただけで満足するタイプらしい。



「あ、あぁ……そこ、引っ掛けなんだよなぁ。っつーか久保、後で世界史のヤマ教えてくれよ。俺、古文ばっかやってて世界史投げちまったし」


「いいよ」



 久保の返事にうなずき返し、一海は数学の教科書とペンケースをカバンから引っ張り出す。そのまま後ろ向きで椅子に座り問題の解説を始める。久保に教えることで一海自身も最後の確認ができるのだ。




 時折教室に入って来るクラスメイトが目の端に映る。

 だが、いつもぎりぎりの時間に登校して来る弥生は、今日もまだ姿を見せていない。


 最終日の科目は数学、世界史、古文が並ぶため、クラスのそこかしこで悪あがき……いや、ラストスパートを掛ける光景が繰り広げられていた。




「横峰さぁん! ねぇちょっと聞いてよぉ!」



 女子の切羽詰った声で一海は顔を上げた。


 丁度弥生が入って来たところで、弥生は声を掛けた女子の方をちらりと見てから教室内を見渡す。



 一海はその一瞬、弥生と目が合った気がした。



 窓際に固まっていたグループは徐々に解散しつつあるが、どうやらまだ数人が携帯電話を覗き込んではクラスメイトに声を掛けていたらしい。



「おはよう。どうしたの荒井さん。テスト投げた?」



 弥生の無愛想な挨拶も気にせず、携帯電話を握り締めたまま駆け寄った荒井は、自分より背丈が高い弥生を見上げながら、早口で喋りだした。



「ちょっとこれ、昨日撮ったんだけどさぁ、こないだの事故現場の近く。どう思う? これ。なんかもやっとしたの写ってるでしょ?」



 携帯電話の画面を押し付けるように渡された弥生は、黙ったまま画面と荒井を交互に見ている。



「タカコがこれ心霊写真だって言い出してさぁ、アタシこういうの初めてだからどうしたらいいのかわからなくて。横峰さんどうしたらいいか知らない?」




「なんか、さっきも同じ台詞を聞いてた気がする……」


 一海が小声でつぶやくと、久保が「俺、朝から五回、いや七回は聞いたぜ」と自慢げに答えた。


 * * *


 昼休み。弁当を平らげてから、久保のヤマ的中率について鳶田と話していると、のんびりとした足取りで購買から戻って来た久保が、一海の肩を叩いた。



「なぁ、屋上の彼女、また例の場所で待ってるみたいだぜ? さっき階段上がって行くの見たんだけど」



 久保特有のわかりにくいジョークだろうと思っていても、『彼女』という言葉に一海は赤面しそうになる。



「ま、またかよ……わかった、行って来る」


 咳払いをして教室を後にする一海に「生活委員頑張れよー」という鳶田の同情的な声が掛かった。



 動悸がするのは、久し振りに階段を駆け上がっているからに違いない。

 そう自分を納得させながら、一海は息切れしつつ屋上のドアに手を掛けた。






 非常口のドアの音がしても、近づいて来る足音が聞こえていても、弥生は決して振り返らない。


 付き合い始めてからも、それは変わらなかった。



 なので一海は、少しでも恨みがましく聞こえるように、弥生の後姿に声を掛ける。




「で、早速こうなるわけね。せめて考査が終わった解放感を、俺に感じさせてくれてもよかったんじゃないかなぁと思うんだけど」



 弥生はようやく振り向いて笑みを浮かべた。



「開放感なら、教室より屋上の方がより感じられると思うよ」




 正直なところ、一海はまだ弥生と付き合っているという実感はない。


 しかし弥生の笑顔を見るたびに、弥生のことを好きになるように暗示を掛けられ続けているような、落ち着かなさを感じて妙に不安になるのだ。




「……この笑顔が曲者なんだろうなぁ」


 一海は、弥生に聞こえないように小声でぼそりとつぶやいた。


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