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余聞 病室と公衆電話

 その日の夕方、弥生は病院のとある個室にいた。


 様々な機械に取り囲まれた状態でベッドに横たわっているのは、二十代後半の男性だった。弥生はベッドから少し離れた所に立ち、包帯やガーゼで蔽われているその男性の寝顔を眺めていた。


 もし誰かがその場に居合わせたとしたら、弥生の表情には心配と困惑が入り混じっているのが見て取れただろう。



 弥生が男性から視線を外してそっとため息をついたのと同時に、病室のドアが開いて中年の男性が入って来た。


 弥生と視線が合うと、男性は少し他人行儀な笑顔になった。



「いやぁ済まないね弥生ちゃん。わざわざ(ぜん)()(ろう)の見舞に来てくれるなんて……お父さんたちは元気にしてるかい?」


 男性は人の好さそうな四角い顔をしている。目尻に笑いじわがいくつも浮かんだ。



「いえ、私は父のお使いですから。うちはおかげさまで……あの、すみません、最近はご無沙汰していて。あのこれ父からです」

 弥生は見舞い品を男性に渡した。



「いやぁわざわざありがとう。まぁ学生さんは管理人室にそうそう遊びに来ることもないだろうからね。うちのマンション、駐輪場へは正面玄関通らないし……」


 そう言って、男性は力なく笑う。



「しかしまぁ禅二郎はまだ目覚めないみたいだし、管理人室に届けてくれるんでもよかったんだよ?」


「ええ……でも(ぜん)さんには、小さい頃からお世話になってましたから。本当は両親もこちらにお伺いすべきなんですけど、今はちょっと父の仕事の都合で――なので、私に、代わりに会って来てくれって父が。あの、禅さんの怪我の状態って?」



「ああ、命に別状はないそうだよ。ライダースーツはボロボロになっちまったけどなぁ。やっぱりこれを着ていたのがよかったそうだ――特注品らしいからな。ボロボロになっちまったけど」



 男性はまた軽く笑う。


 弥生はどう反応していいかよくわからず、男性の話を聞きながら曖昧に微笑んで相づちを打った。




「テレビでは結構大変な事故のように言われてたので、心配してたんです。でも今日、禅さんに会って安心しました」



 幸いにも、脚と腕の骨折の他は打撲程度で済んだという話だった。


 ベッドに横たわっている禅二郎の表情は穏やかで、ただすやすやと眠っているようにしか見えない。




「あとは、いつ目覚めるかだけなんだよなぁ……」



 男性はぽつりとつぶやく。どうやらその点が、男性の浮かない表情の原因らしい。




「きっと、そのうち――間もなく意識が戻ると思いますよ。『あ~、よく寝た』とか言いながら」


 弥生は禅二郎の口癖を真似しながら、ふわりと微笑む。



「はは、そうかもな。あいつは休みとなれば半日くらい平気で寝るやつだからなぁ」



 普段なら何気ない軽口になるような会話だった。

 だがマンションの管理人の男性と弥生は、ベッドに横たわる禅二郎を見つめながら、お互い気遣うように微笑み合う。




「あの、私、今日はそろそろおいとましますけど、何かありましたらお手伝いさせてください。おじさんも、管理人さんの仕事もあるし、大変だと思うから。私にできることならお買い物とかおそうじとか――」


 男性に視線を戻し、弥生はぱたぱたと身振りをつけながら申し出た。



「あと、母が。こんな時だけど――こんな時だから、おじさんに、たまにはごはんを食べに来てもらったらって言ってたので。明日は土曜だし、お夕飯が無理ならお昼とかでも」



「ありがとう。そういえば昔はよく禅二郎と一緒にお邪魔していたっけねえ。それにしても、ちょっと会わない間に、弥生ちゃんは随分優しいお姉さんに育ったなぁ。初めて会った頃はやんちゃで――」


「もーう。おじさん、それ、幼稚園の時の話ですよねえ。私だって、いつまでも子どもじゃないんですから。立派な女子高生ですよ?」



 弥生が頬を膨らませて抗議すると、男性はようやく自然な笑顔を見せた。



「女子高生、いい響きだねえ。青春してるかい? おじさんの高校時代はラグビー部で青春してたけど、全然モテなかったんだよなぁ……弥生ちゃんはお母さんに似て美人だから、さぞかしモテるじゃないかな? もう彼氏なんかもいるんだろうねえ」


「ふふ。さあ、どうでしょうね」


 * * *


 病院を出た弥生は、駅に続く大きな通りを歩きながら独りごちる。



「こっちの方はしばらく来てなかったなあ……いつの間にか結構お店が変わってる」



 もう数駅西側のエリアには塾があるので、この辺りは電車で通ることもある。だが弥生は元々ひとりで外出することをあまり好まない。


 そのため、大きな繁華街のあるこの駅付近には、家族と一緒に年に数回ほどしか来る機会がない。



 駅前の大きなビルには、ファミリーレストランなども併設されている電化製品のチェーン店がある。弥生はその(そば)の電話ボックスに入った。

 緑色の公衆電話に硬貨を数枚投入し、ボタンを素早く押す。



「――あ、お母さん、私。うん、まだ禅さん起きないんだって。っていうか、事故があったのって一昨日でしょ。っていうか、おじさんに訊けなくて気になってたんだけど、禅さんのご両親のとこには連絡って――あ、そうなんだ……ううん、むしろ怪我自体は大したことなかったから奇蹟だって、おじさんが。うん――」



 二、三分で電話ボックスから出て来ると、今度は駅前のバスターミナルに向かう。



「こっち来る時は自転車で登校できないから、ちょっと不便なんだよね。お父さんもお母さんも忙しいからしょうがないけど……頼まれたのが(しゅう)(なか)だったらちょっとアレだよね。今度お見舞行く時は車出してもらうんだから」


 弥生は小さくため息をついてから、バスの路線を確認し始めた。


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