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Ⅲ-Ⅲ 彼の義務と彼女の権利

 * * *


 今日も晴れている。

 ということで、昼休みの一海はいつものように弁当を急いで掻き込んで、いつものように屋上にいる弥生を連れ戻しに来ていた。



 相変わらず団子のように固まりながら、もちゃもちゃと告げ口しに来る女子たちだが、今日は少し言い出しにくそうな様子だった。


 多分今朝の弥生の様子に少なからず怯えがあるのだろう。



 言いたいことは察したから、という態度でにこやかに彼女たちを受け流し、一海は教室を出たのだった。




 屋上の施錠をもっとしっかりしてくれるよう、今まで何度も担任の矢坂に頼んでいるのだが、放置されているのか若い教師では発言力があまりないのか、未だに改善される気配すらない。


 むしろ、他の生徒たちが何故ここに来ないのか不思議なくらい、屋上の件はスルーされている。



 それはさておき、今日の一海はいつもと少し違っていた。

 開口一番の決まり文句、「屋上は立ち入り禁止」を口にしなかったのだ。




「お前さぁ、担任のこと睨むなよ」

 一海は弥生にそう切り出した。



 この際だから、面と向かって少し釘を刺しておいた方がいいだろう、と、一海は考えていた。


 屋上なら他の生徒たちには邪魔されず弥生と話し合うことができる。不本意ではあるが、これは一海も認めざるを得ない。



 目の前、いや斜め上には、いつものように無表情に一海を見やる弥生。また今日もフェンスに座っている。




「お前じゃなくて横峰弥生。朝の話? 何故私が睨んでいたと思うの? そっちの席からは私の顔は見えないはずだけど」


「いやー、あんだけ矢坂の顔がひきつってたら、俺じゃなくてもわかるって。さっきはちょっと矢坂に同情しちゃったぜ」



 一海の台詞に、弥生はふん、と鼻を鳴らした。


「私は思ったことをそのまま口にしただけで、勇気がどうこういう話じゃないし挑発もしていない。なのにあんな言い方をされるのは非常に心外だし、不愉快」


「なるほどね……その気持ちをまた素直に顔に出したってことか」


 弥生は一海の言葉にうなずく。



「大体、上条くんだって自分の気持ちを素直に口にしただけでしょう? だったら、私にも同じ権利があるはずだよね」

「権利とか、随分カタいこと考えるんだな、横峰さんは」



 一海は、たかが教室内のいざこざで、そこまで考えたことはなかった。ただ早く面倒事が去ってくれるように心の中で祈るだけだ。


 それが正しいとは思わない。だがみんなそうやって、余計な軋轢を避けているのだ。



 自分に素直なのはいいことなのかも知れないが、弥生が何故あえて面倒を起こすようなことばかりするのか、一海にはやはり理解ができなかった。



「固くも柔らかくもない。国民は三大権利ってものが保障されているんだから」

 弥生はつんとした表情で言う。


「曰く、生きる権利、教育を受ける権利、死ぬ権利」



「え、ちょ、待てそれ違わないかそれ。そんな権利を作ったら、国を挙げての一大事業が根本からひっくり返りそうな気が……」



 慌てて一海が突っ込むと、弥生はきょとんとした表情で一海を見下ろした。



「ん? 尊厳死とか安楽死とかは、未だに権利として認められないの?」



「……認められてない、と思う、ぞ?」

 一海が思案しつつ答えると、弥生も首を傾げる。



「じゃあ、生きる権利、教育を受ける権利、賛成、反対を唱える権利」


「うん……まだちょっと違うけどそれでいいや」



 なんとなく話題をすり替えられた気がするが、一海はそれ以上追求するのをやめた。



「つーかさ、なんでそんなに死にたがるんだよお前。飛び降りてみたり、死ぬ権利とか言ってみたり……」

「お前にお前呼ばわりされる覚えはないけどね――この前のアレだって、お前がしつこくしなければ、あんなことにはならなかったはずだし」



 面倒臭そうに髪の毛を払いながら弥生は答える。



 ――じゃあお前は俺のことをお前って呼ぶような覚えがあるのかよ。


 一海は心の中で毒づく。



「っつーか、思ってても、普通はそんなこと言うもんじゃないだろ? 折角心配してやってんのに」


「だからそれが余計なお世話だって言ってるの。いつ私が心配してくれって頼んだの?」

「それは頼まれてないけど……でも」



「で? 折角って、随分押し付けがましいのね? 心配するのが勝手なら、それを拒否するのも勝手よね?」



「う……」



 弥生は声や言葉の刺々しさを隠そうともしない。さすがに一海も言葉に詰まった。



「私何か間違ったこと言ってる?」


 畳みかけるように言う弥生。間違っていない気がする……とも言えないが、でも何か違うと一海は思った。



「でも……でもそれじゃ、みんな気持ちが一方通行にしかならないじゃないか。時には意識的に受け止めてみて、そこから始まる何かがあるかも知れないとは考えないのか? 例えば街頭のティッシュ配りのおねえさんから受け取ったティッシュに、ハンバーガーの割引券がついているかも知れないとか。そーゆーのって受け取ってみなきゃわからないことで――」



「水商売や風俗のアルバイト募集、ってパターンが多いけどね。まぁティッシュは受け取るけど。とりあえず使えるものだし。でも今の場合、木ノ下くんの気持ちを受け取った私になんのメリットが発生するわけ?」



 にやにやと意地悪い笑みを浮かべながら弥生が見下ろしている。しかしここで引き下がるわけには行かない。一海は必死で頭をひねった。



「え、いや、メリットとか言われても。そりゃ横峰さんには俺の気持ちなんて邪魔しにかならないだろうけど。でもほら、やっぱ死にたくなるような悩み事があるんなら、話を聞くぐらいは俺でもできるし――って」



 ――何を言い出してるんだ俺は。



 一海は自分の台詞に歯が浮く思いを感じて赤面する。弥生も似たようなことを思ったのか片頬をゆがませて苦笑した。



「それって、生活委員の仕事の範疇?」

「いや……」


 そんな面倒な仕事なんてやりたくない、と一海は考える。




「じゃあ木ノ下くんの個人的な好意?」



「俺の個人的なコウイ? 行為……好意? えっ、あ、違っ」



 一海は首を横にぶんぶんと振って否定した。


 頭に浮かんだ単語は、何故かどちらも下心があるとしか思えないものだったのだが……いや、それは断じて違う、と脳内でも全力否定する。




「あはは、ほんと木ノ下くんって顔にすぐ出るよね。健全健全」

 唐突に、弥生は破顔した。



 どうやら後半はからかわれていただけらしい、と一海はようやく気付く。



「っていうか、大丈夫だよ。私は死にたいわけじゃないから」


 弥生は笑い、ブランコに乗っているように脚を揺らす。



「え、んじゃ、おまっ、横峰っ……さんはここで毎日何をしてるんだよ?」



 くすりとしながら弥生は一海を見た。


「ふぅん、普段は私のことを呼び捨てにしているんだ――まあいいや。教えるような義理もないけどそれほど訊きたいなら特別に教えてあげなくもない。ただし誰にも口外しないと約束できるなら、だけど?」



 いや、別に知りたくねえし――と喉まで出掛かったが、弥生がひょいとフェンスから降りたので一海は我慢する。



「じゃ、じゃあ折角なんで、教えて、ください」


「うん、私はここで……あの方が空から舞い降りて来るのを待っているのよ」




 ――はい? 誰がどこから来るって?



 弥生の突拍子もない発言を聞いて、一海は目が点になった。


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