第8話 戦友との再会
街中を通り抜け、河川敷沿いに犬が歩いて行く。
その後ろを那智がついて行く。
数分後。
河川敷に、一台の真っ赤なキャンピングカーが停まっているのが見えた。
車から大音量でロック音楽が流れている。
車の前には、キャンピング用のコンロ、テーブルとイスが置かれている。
そこに屈強な体つきの傭兵のような大柄男が座っていた。
若い青年。
黒い短髪、強面だがキリリとした精悍な顔立ち。
首にはウサギのタトゥ。
赤の半袖Tシャツに黒の革のズボン姿、靴はロングブーツを履いている。
昼食の最中らしく、皿に盛られたパスタを一人で食べている。
いつの間にか犬の姿は消えていた。
それを大して気にもせず。
那智は、トコトコと男の元へまっすぐ歩いて行く。
男が座る数人掛けのイスの上に、ヨイショ、と登ってチョコンと座る。
そして背負っていたリュックを下ろし、自分の真横に置いた。
男と目が合いニコリと笑う。
突然現れた小さな珍客に、男の目が点。
「こんにちわ」
「……ちわ」
「僕ね、おなかペコペコなの。すっごくおいしそうなトマトパスタだね。おじさんが作ったの? 僕も食べたいです」
グゥ~~、ナイスタイミングで那智のお腹が鳴る。
つぶらな目で訴えるように見上げられたら、そりゃノーとは言えない。
すぐそばに大きな鍋が置かれている。
その鍋の中にたっぷり作ってあるのを那智は知っている。
この男がパスタ好きだということも。
「……待ってろ、皿に分けてやる」
「うわあ、ありがとう! パスタてんこ盛りください。お水もください。あと音楽止めてください。うるさくておじさんとお話できない」
注文の多い珍客。
男はカーステレオから流していた音楽を止めた後。
注文通りに皿にパスタをてんこ盛りにして、水の入ったコップ、金属フォークと一緒にお子様の目の前に置く。
すると再び那智が注文を言う。
「僕、金属アレルギーなの。金属じゃないフォークありますか?」
「金属アレルギー?」
「プラスチックのフォーク、あったらください。お箸でもいいです」
「使い捨て用のプラスチックフォークならある。ほらよ」
「ありがとう!」
手渡されたプラスチックのフォークを受け取り。
たくさん歩いてお腹をすかせたお子様は、両手を合わせて『いただきます』の挨拶をしてから、早速食べ始めた。
パスタを一口食べて目を輝かせて言う。
「おいしーーーっ!」
「そりゃ良かった」
「この食感、この絶妙なアルデンテ、おいしーおいしー! 完熟トマトソースの酸味と甘み、麺との絡み具合がサイコーゥ!」
満面の笑顔で誉め言葉を並べられたら、作った本人は素直に嬉しい。
強面の顔に笑みが浮かぶ。
モグモグと食べるお子様を横目で見て、男もパスタを食べながら、小さな珍客に質問する。
「どこから来たんだ? 迷子になったのか?」
「僕、おじさんのこと知ってるの。おじさんの知り合いー」
「おじさんじゃなくて、お兄さん、な。俺は二十ニだ。言葉を間違えるなよ。次に『おじさん』って言ったら蹴るからな、いいなおチビちゃん」
「わかったよ、おじさん」
堂々と『おじさん』と言い放つ。
那智はコップの水を一口飲んでから、男に顔を向けて言う。
「ねぇねぇ、僕のことおぼえてないー?」
「誰かと間違えてるんじゃねぇか? 俺はお前のような子供に知り合いはいねぇよ」
放るようによこされた返事に。
青い目がじっと相手を見ながら言葉を返す。
「時代ごとにいろんな名前があったけど、おじさんの本名は、ゲロニア」
「ゲロニアじゃねぇっ、グロニカだ! 俺の事をそう呼ぶのはこの世でたった一人だけだっ」
噛みつくようにそう言った後。
ハッ、と男の目はみるみる見開かれていく。
「まかさ……お前っ、嘘だろ……那智?」
「ピンポーン!」
元気よく左手を挙手して那智が言う。
男は目を見開き、隣の人物を指差して、凝固。
その姿をナナメに見ながらお子様が言う。
「お目々落ちそうだよ」
「落としたら拾ってくれ」
「ヤだ。踏んづけて目玉つぶす」
「ああ。俺の知ってる那智ならそう言うだろうし、その通り実行する」
返事することなく、子供はモグモグ食べ続ける。
男は、隣席の人物を上から下までを穴が開くほど眺め。
ポツリ質問する。
「確かに金髪で青い目だ。しばらく見ない間に……ずいぶん小っこくなったな。なんで若返ってんだ? お前は俺と同じ年だろ」
「ちがうよ、僕は一コ下」
「二十一には見えないぞ」
「カクカクシカジカがありまして」
「天界を追放された事と関係ありか?」
「そだね」
天界……。
空の上の世界。
やけに懐かしいその単語に、一瞬心がザワつく。
乙女ちっくなそんな自分の一面に気付き、小さく笑い。
那智はざっくりと自分の経緯を説明した。
「天界を追放されて、神戦士の春麗に持っていた自分の戦闘能力を全部奪われた。挙句に二度と戦いができないように、金属に触れると火傷する金属アレルギーの体に変えられた。更にっ! 力のない七歳の子供の姿に変えた念の入れよう。ひどくない?」
「讃美歌を歌いながら涙流す演出したほうがいいか?」
「いらない」
河川敷を流れる川を目の前にして、大男と子供のデコボココンビが語り合う、ヘンな光景。
二人以外に人はいない。
那智の顔を眺めながら男が言う。
「お前が追放されるとは思わなかった。追放されたって聞いた時は驚いたぞ。春麗となにがあった?」
「なんだっけ……覚えてない。遠い昔、すごくずっと昔……遥か昔の出来事で思い出せない」
思い出せないのか、思い出したくないのか。
原因となるその部分は、黒塗りされたように、記憶が曖昧で闇の中。
フォークでパスタをいじりながら、那智が言葉を続ける。
「でも追放された直後のことは、昨日のことのようにハッキリ覚えてる。自分の戦闘能力全部をあっという間に奪われて、しかも七歳の子供の姿、それが信じられなくて。圧倒的絶望感。無力のままで地上に放り出され、絶望と悲しみで僕は泣き続けた」
「お前が泣いたっ?」
「そ。大人に紛れて行き先も分からない電車に泣きながら乗って、乗ってからもずっと泣いた。周りからは親に捨てられた子供だと思われたらしく、見かねた大人達がキャンディくれたり、お菓子くれたり、食べ物くれたり、歌を歌ってくれたり、それでもずっと泣き続けた。向かいの席に座った人に『町の中に入れるか分からないけど、一緒に来る?』と誘われて、断る理由も見つからなかったから、泣きながらついて行ったら、そこは伝説の『ファンリル』だった」
ファンリルの町の中に唯一出入りができる、部外者の種売り行商人。
向かいの席に座った人物がその人だった。
種売り行商人と一緒に、霧を通り抜けて町の中に入れたのは過去、那智だけ。
男が疑心な目を向けて問う。
「ファンリルって都市伝説じゃなかったのか?」
「僕もこの目で見るまではそう思ってた。でもファンリルの町は存在した。花が咲き誇る美しい町」
「心が汚れし者は入れない、って町だろ。汚れまくり、悪の塊、凶悪凶暴、クソッタレなお前がなんで入れるんだ?」
「そのケンカ買うよ。でも確かに……入れたのはキセキ」
目を閉じて静かにそう答える。
町の入り口に広がる濃い霧の中、七歳の那智が泣きながら進んで行くと、落とした涙の箇所から点々と霧が晴れていく奇跡。
こんな光景は今まで見たことがない、と種売り行商人は驚いた。
町の中に入ってからも、三日三晩、悲しみで泣き続けたんだと思い出す。
町の外からやって来た小さな訪問者を、住人は温かく迎え入れた。
何から何までとても親切。
衣食住と、小さな手伝いも与えられた。
柔らかな風、暖かな日差し、澄んだ空気の環境の中で過ごし、心が洗われていく。
天真爛漫に、無垢で無邪気に変わっていく自分。
男はコップの水を一口飲み。
今は変わり果てた姿の、我が旧友だろうお子様に訊く。
「今までずっとその町にいたのか?」
「うん。約ニ百年。町の外に一度も出ることなく、ずっと」
「俺達に時間は無限にあるからな。神戦士特権の『老いなく寿命なく』だ。俺は二十ニで成長が止まったまま、ずっと二十ニ。二十ニはもう飽きた」
神戦士とは神様専用の戦士。
那智の保護者二人が聞いたら、驚くこと間違いなしの会話をサラリと展開中。
「僕は七歳の子供の姿で、七歳の子供らしく、毎日を無邪気に過ごした。おかげで身も心も全部癒されたよ。平和すぎて物足りなくなって、冒険したくなったから町を出た」
そう話して、那智は小さな両手を合わせて『ごちそうさまでした』と挨拶をした。
皿にてんこ盛りされたパスタをペロリと完食。
美味しいパスタでお腹が満たされ、大満足のお子様は、男にニコリと笑顔を見せた後。
「以上、僕物語はおしまい~。さて、本題に入ろうぜ」
ワントーン低い声でそう言い。
隣席の相手を見上げた青い目が、ギラリ、怪しく光った。
お腹が満たされ会話が弾むお子様達一行。
その頃、彼方達は昼食抜きの空腹&疲労状態で、ひたすら行方知らずの漬物坊やを大捜索中。
が、いくら探しても見つからない。
「ねぇ彼方、地面の中になにかいる。目が合った」
舗装されていないデコボコ道の真ん中。
アサヒは立ち止まり、地面をじっと見た後、彼方にそう言った。
そして自分の足元を、トントン、と探るように足踏みする。
その姿を見て、数秒無言の後、彼方が言う。
「ソレは『虫』だ」
顔を向けたアサヒが即座に否定。
「虫? 虫じゃないよ、もっと大きいなにか」
「虫、と呼ばれている名称のない異界の魔物だ。害はないから基本放置でいい。ソレは普通の人間には見えない」
「え?」
地面の中に巣食う魔物の一種、『虫』と呼ばれている名称なきモノ。
全身が真っ黒で、見た目は胴長のモグラ、しゃもじのようなシッポが付いている。
人間に害を及ぼす類のものではない。
地上に魔物が現れると、呼応するように地中の魔物も現れ出す。
そんな話を彼方は父親から聴いていた。
ついさっき初めてソレを見た彼方は、父親が言ってた『虫』だとすぐに理解した。
この『虫』は普通の人間には見えない。
彼方は一応、ポンコツでも戦士だから見えるのだろう。
でも、アサヒにソレが見える。
ということは……?
「那智君の犬だ」
突然どこからともなく現れた小さな犬。
数メートル先をトコトコ歩き、彼方と目が合うと、立ち止まりその場にお座りをした。
昨日、那智と一緒にいたあの犬だ。
犬に向かい、彼方が言う。
「那智君を探してるんだ。どこにいるか知らないか?」
すると犬は、トコトコと横道へ歩き出す。
数歩進んだところで、振り向いて彼方を見る。
「案内してくれるのか? よし、ついて行こう」
「人間の言葉が分かる犬なの?」
「さぁな。行ってみれば分かる」
そう言って、彼方達は犬の後ろをついて行った。