第7話 那智が行方不明
住宅街にある、無人の飲食店に入って、三人は一時避難。
入り口近くの窓際の席を陣取り、外の様子を伺う。
アサヒは那智が持っていた『東京観光マップ』を借りて、テーブルの上に広げた。
指で差し示しながら、避難所の位置確認をする。
「今いるのがココ、三丁目ね。さっき行った避難所の場所は、二丁目」
「さっきの避難所に戻る勇気はないぞ。パス」
「あの避難所大丈夫かなぁ……お母さん達、さっきの避難所にいると思うんだ」
「なにか起きたとしても自衛隊が命がけで守ってくれるさ。大丈夫だ」
「……うん」
そうは言ってみたが、果たしてそうだろうか。
もっと情報が欲しい、詳しく現状を把握したい。
店の奥に、携帯用ラジオが置かれているのが見えた。
彼方はそばに行き、ラジオのスイッチを入れてダイヤルを回す。
が、聞こえてくるのは砂嵐の雑音だけ。
「緊急時ってのは通常、短波放送とかで住民向けに情報流すもんじゃないのか?」
「映画ではそうだね。もしかして電波妨害されてる? だから受信できないとか」
「誰がどんな目的で?」
「知らないよ。例えばの話だもん」
席に戻り、彼方は再び地図とにらめっこ。
アサヒは真向かいに座る相手に、疑問に思ったことを訊いてみる。
「ねぇ、さっきのモンスター。突然現れたけど、アレはどこからやって来るの?」
「俺が知るかよ」
「映画では、悪い人が地球を破壊させるために異世界から呼び出してた」
「今起きてるのは現実世界だ。混同するな」
「そこへ正義の味方が現れて、悪い人&モンスターと戦って見事勝利! 地球人の皆様は幸せになりましたとさ。めでたしエンドロール」
アサヒの話に感想を言わず、代わりに質問をする。
「この近くで一番近い避難所はどこ?」
「え~と、『あしたば総合体育館』ていう所。少し遠い。歩いて行ったことないから分かんないけど、たぶん、ここから三十分以上かかる」
「俺らの足で三十分だと、子供の足だと一時間以上かかるか」
大きい負担はできるだけ避けたい。
いつなにが起きるか分からない状況だから。
さて、どうするか……。
地図を見ながら考えてみる。
「今日はこの辺で様子見して……明日もう一度、さっきの避難所に行ってみるか?」
「賛成。私、長距離歩きたくない。体疲れる」
「年寄りかよ」
店内がやけに静か。
ふと見ると、那智の姿がないのに、彼方はたった今気付く。
「漬物お子様……どこ行った?」
「あれ、いない。さっきまでいたのに。トイレかな」
那智が座っていた、補助席の木のイスの上に一枚の紙が置かれている。
そこには黒いペンで描かれた動物の絵。
手に取り、彼方がアサヒに見せて言う。
「ゾウか?」
「耳が大きいけど、足が七本。七本っ?」
「テキトー感極めてるな。シッポが髪の毛みたいに長いし。なんの動物だ?」
「本人に訊いてみたら?」
彼方は立ち上がり、狭い店の中を見回す。
奥にあるトイレの中を確認しても、いない。
イヤな予感がする。
「いないぞ。どこだ?」
「その辺を散歩してるんじゃないの~?」
のん気にアサヒが言う。
彼方が店外に飛び出し、周辺を見回す。
が、どこにも見当たらない。
気持ちだけが焦る。
あのクソガキッ、どこ行ったっっ!?
アサヒは店内で、右往左往する彼方の姿をのんびり眺める。
頬杖をつき、コンコン、と窓を叩いて窓越しに相手に言う。
「お腹すいたら戻ってくるよ~。あわてない、あわてない」
間髪入れずに外から怒鳴り声の返事。
「あわてろ!! 突然怪物が現れて襲ってくるんだぞ、そんな中に七歳の子供一人放せるかっ!」
「私に那智君を押し付けたり、突然心配してみたり。イミ分かんない~」
「探しに行くぞ、さっさと来い!」
「お昼寝の後でいい?」
「ナウ!!!!」
早くしろっ、と外から急かす声が連続。
仕方なく立ち上がり、置いていた自分のバックパックを背中に背負う。
のんびり声でアサヒが返事した。
「はいママ。今行きま~す」
その頃。
行方不明中のお子様は、というと。
「つけもの、つけもの、ワッショイワッショイ~」
かけ声なのか歌なのか。
そう言いながら、軽快なステップで街の中を一人で歩いていた。
人のいない道路のド真ん中を堂々と隠れもせずに。
まさに怖いもの知らず、すこぶる度胸が良い。
少し歩いた頃。
後ろに気配を感じ、振り向くと、例の小犬がいつの間にかいた。
茶色の雑種、目はキレイなエメラルド色。
那智が足を止めると、数歩後ろで犬も止まり、その場にお座り。
「あっち行け、シッシッ」
小さな手が払いのける仕草をしながら、犬に向かい言う。
すると犬は、トコトコと那智のそばに来て、真横でお座り。
そして那智をじっと見上げる。
数秒無言の後、犬に向かい、お子様が言う。
「僕、戦士を探してるの。居場所知らない?」
すると犬は、那智が歩いて来た後ろを振り向いた。
ひとつ瞬きした後。
言い直して、もう一度犬に言う。
「ポンコツじゃない戦士を探してるの。強い本物戦士。居場所知らない?」
すると犬は、トコトコと前へ歩き出す。
数歩進んだところで、振り向いて那智を見る。
「ついて来いってこと? ハズレだったらシッポ取るからね」
そう言って、那智は犬の後ろをついて行った。