第6話 漬物お子様
コンビニを出て、三人は避難所に向かって歩く。
時折、空や周辺を注意しながら、目立たないように道の端を進んで行く。
最初の角を左に曲がり、次に右にへ曲がる。
アサヒはふと足を止めて、後ろを振り向いた。
「どうした?」
「昨日はココに透明な壁があって、先には進めなかった」
首を傾げてアサヒが言う。
彼方は歩きながら言葉を返す。
「なにもないぞ。アサヒの勘違いじゃないのか?」
「絶対ココに壁あった! 昨日は通れなかった!」
「今はないからいーじゃん。てことで」
納得いかない不満顔のアサヒ。
小さなお子様は、というと。
「ぱんけ~き、ぱんけ~き、め~ぷるしろっぷ~」
鼻歌のようにそう歌いながら、ゴキゲン表情でスキップ。
なんて単純な子供なのだろう、と彼方が感心。
アサヒが前を指差して言う。
「この先を右に曲がると避難所」
「そうか。よし相棒。じゃ、ここでお別れだ」
そう言った直後だった。
彼方達のわずか四メートル先。
なにもない空間から突然、ポンッ、と現れた一匹の怪物。
上半身がワニで下半身がイグアナ。
体長約三メートル、デカくてグロイ生物。
動物図鑑に載ってないシリーズだ、うん。
「……見えてるの、俺だけじゃないよな?」
情けなく、少し震え気味の声で、すぐ隣に立つアサヒに彼方が問う。
けれど返事をよこしたのは、一歩後ろにいる人物だった。
「見えてるよ。お姉ちゃんは、お目々が落ちそうなほど驚いてる」
小声でそう言い、一歩前に出て、彼方の右隣に並ぶお子様。
真っ直ぐに前を向き、しっかりと敵を見据える。
少しも動じることなく、うろたえることなく。
チラリ、と彼方はアサヒに視線を向けると。
なるほど。
口を開けたまま、目を見開き、初めて見る異様なその生物に驚愕してる。
「うっかり目玉落とすなよ。拾ってる時間ないぞ」
そう言ってみたが、相手から返事はない。
彼方達の動きが一斉停止。
心臓は爆発しそうなほど、バクバク、鳴り響いてる。
前を向いたまま、緊張気味な小声で、彼方が那智に疑問形で言ってみる。
「戦う?」
「鋭い牙、鋭い爪、筋肉モリモリ肉厚体形。あの牙で噛まれたら出血する、あの足で蹴られたら骨折する」
「戦気失うようなことは言わない。お口チャック」
怪物はこちらを見たまま身動きしない。
フガフガ、という荒い鼻息がリアルに聞こえる。
目玉だけが上下左右に、ギョロギョロ、動いている。
「……なんで敵は動かないんだ?」
「僕達と同じ。急に目の前に敵が現れて、マジかよクソヤベェじゃん、どうするよジブン戦う? という状況」
「言葉が悪いぞ」
「彼方お兄ちゃんの影響かも」
「笑顔で挨拶したら、敵は静かにいなくなっちゃうんじゃないか?」
「本気でそう思ってるなら、お兄ちゃんは頭おかしい」
もはや回避方法なし。
ならば、唯一の武器の水鉄砲で戦うか?
……みんな死ぬだろ。
敵の太い足が一歩前に動く。
それを見て、那智がペロリ、と唇を舐める。
彼方の心が決まり、前を向いて、敵を見たままで言う。
「覚悟はいいか、相棒」
「うん」
「いくぞっ」
ハレルヤ……!!
「ダッシュで逃走する!」
「ギャッッッ」
一瞬、お子様の悲鳴が聞こえたような聞こえなかったような。
彼方が二人に叫び。
那智を右脇に抱え、左手でアサヒの右手を掴み、猛ダッシュで来た道を逃走!
死ぬ気でひたすら必死に走り続ける!
どれくらい走っただろう。
気付くと、見知らぬ住宅街の一角に辿り着いていた。
後ろを振り向いて見ると、怪物の姿はもういない。
息を切らして立ち止まった途端、アサヒが大声で叫ぶ!
「キャアアアア、那智君の顔!!!!」
「え、ギャアア、お前っ、顔どうしたっっ!?」
アサヒに続き、彼方も思わず叫ぶ!
問われた那智は、まっすぐに彼方を指差した。
「お兄ちゃんの上着の金属ボタンが当たって、顔が大ヤケドしてる」
ぶっきらぼうにそう答え。
右脇に抱えられていたが、力づくで地面にトン、と降りた。
ボタンの当たったらしい顔の数ヶ所が、赤く大きく腫れ上がり、水ぶくれの激しいヤケド状態。
でも数秒後。
あっという間にそれらは消えてなくなり、元通り。
まるで魔法のように跡形もなく。
目が点状態のアサヒに、那智が見上げて言う。
「僕、治す力が強い。だけど痛みはリアルだから、ヤケドしたくない」
彼方は那智にすぐに謝罪した。
「ごめんな相棒。逃げるのに必死で気付かなかった。悪かった、謝るよ」
「土下座して泣いて謝れ」
小さなお子様に叱られ、ペコリと頭を下げる男子高生。
その二人を見ながら、呆然とした顔で、アサヒが言う。
「那智君……本当に魔法使いだったんだ」
「僕、魔法使いじゃない」
「言ったろ。この子は、一人前の魔法使いになるための修行で日本にやって来たんだ!」
「魔法使い、ちがう」
目を輝かせて彼方が断言する。
那智が首を横に振り否定する。
アサヒは超ワクワク顔。
「修行の成果をアサヒに見せてやれ!」
「アブラカタブラ、ちちんぷいぷい、ひらけゴマ……僕、この演技やりたくない」
お子様は棒立ち棒読みで一旦応じて、すぐに放棄。
「一つくらい披露しろ」
「魔法見たいー」
「かーめーはーめー……無理。魔法使いのせってーイヤだ。強い大魔王せってーがイイ」
三人がそんな会話を繰り広げていた時。
ボンッ!
そんな音が聞こえて、その方角に視線を向けると、空中に向かい一つの閃光が走るのが見えた。
花火とは明らかに違う光。
ボンッ!
再度、音と閃光。
那智は静かな声で言う。
「あそこで誰かが怪物退治してるんだ」
「怪物……人が、あそこに戦士がいるのかっ? 俺達も行こう!」
「やめたほうがいい」
駆け出そうとする彼方の手を握り、那智が制止する。
振り向いて見ると、見上げた青い目の強い視線とぶつかる。
「魔物が現れると力を持つ者達が集まってくる。昨日会った戦士はいい戦士だった、けど全員がそうじゃない。力を持つ戦士は互いに力を競い合う。自分の力を誇示するために、ナンバーワンになるために、平気で相手を蹴落とすんだ。気を抜くと、簡単に殺される」
「殺され……って」
十秒前の人物とはまるで別人のよう。
小さなお子様は、子供らしくない言葉を平然と投げてよこす。
「目の前の戦士が、命を二つ持つ者『ダブル』だとしても関係ない。力失き者は消されるだけ」
「!!!!」
コイツ……俺の正体を知っている!?
なんでっ、どうしてだ?
アサヒは二人の会話にちんぷんかんぷん。
あきらかに動揺している彼方と、対照的に、那智は冷静で落ち着いている。
握られていた小さな手がゆっくり離れる。
平静を装い、彼方は探る様に大人の対応で訊いてみる。
「お前は何者なんだ?」
那智はひとつ瞬きした後。
彼方をまっすぐ見つめ、満面の笑顔で言った。
「僕、つけものー」