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第3話 「ポンコツ」は禁句

 目が覚めたらそこは冷たい床の上だった。

 金髪で目玉が青い子供が、自分の体の横でしゃがみ、上から覗き込むようにして見ていた。

 目が合って子供が言う。


「おはようお兄ちゃん。お兄ちゃんの寝姿きたない。死体だと思って踏むとこだった」

「……おはよう相棒。朝からずいぶんな言い方だな」

「ホントのこと言っただけ」


 階段のそばの床の上で、彼方は大の字で寝ていた。

 なぜか靴が片方脱げていて、少し離れたところにある。

 朝方。

 疲れ切った体で、這うようにして階段でこの階まで辿り着いたことをぼんやり思い出す。

 そこで力尽き、たぶんその後は爆睡。

 床から起き上がり、脱げた靴を拾って履きながら、昨日からの相棒に言う。


「グッスリ眠れたか?」

「うん」

「それはよかった」


 昨日は結局、町の中に人を見つけることができなかった。

 夕方六時に見切りをつけ、彼方達はカギが開いてた、五階建ての雑居ビルの中に入った。

 段ボール箱が山積みされた四階フロアで夜を過ごすことにした。

 日帰り予定の大天文台見学が東京宿泊になるとは想定外。


 夜は辺り一面が真っ暗。

 どの方角を見渡しても、灯りはなく、避難所の目印らしきものも見えない。

 電気はじめライフライン全てが使用できない。

 スマホも圏外のまま。

 サイレンも防災放送も流れない、異様な静寂。


 ビル内にあった数個の懐中電灯を見つけて、それを使って、彼方達は自分達の周りを照らす。

 夕食は、那智が持っていたパンとジュースを二人で全部食べ切った。

 歩き疲れた子供は、自分のリュックの中から寝袋を取り出すと、中に入りすぐに寝息を立てた。

 それを見届けた後。

 彼方は一人で一階に下り、ビルの裏手の外で、自分の『力』の訓練をしていた。

 だが力は使えば使うほど疲労が増すだけで、訓練成果はゼロ。

 何度やっても別次元から出てくるのは、色違いの水鉄砲のみ。


「力、使えるようになった?」

「うん?」

「知ってるよ、朝までお外で一人で訓練してたの。水鉄砲以外に出せるようになった?」


 綺麗な青い目が見つめてそう訊く。

 力使えるとか、訓練とか、水鉄砲以外とか、色々知ってるような言い方。

 なにもない空間から水鉄砲出した時も、そういえば驚きもしなかった。

 立ち上がって威勢よく彼方が返事した。


「おうっ、機関銃出せるようになったぞ。もう無敵だ! ハハハハ」


 その返事に、那智はテンション低めに言う。


「……お兄ちゃんは自分の力を認めていない。自分の運命を認めようとしない。だからうまくいかないんだよ」

「なんだよ、成功したって今言ったろ。それに自分の運命、って俺はただの普通の男子高生なだけだ」

「力にもてあそばれてるんだよ。自分が支配すべき力に、今は逆に支配されている。力がいうことをきいてくれていない」


 那智はそう言い切る。

 目の前の青い目を見ながら、彼方が放るように返す。


「詳しいんだな。なんで七歳の子供がそんな事知ってるんだ?」

「前にお兄ちゃんみたいな人と会ったことがあるからだよ。その人は自分に負けて、結局自滅したけどね」

「なぁ。朝から後ろ向き説教はやめてくれないか? 見習い魔法使い」

「身にまとってる『全否定』を『肯定』にしないと変わらないよ。いつまでもポンコツのまま」

「ポンコツって言うな、地味に傷つく」


 的を得た正論が逆にムカつく。

 くるりと後ろを向いて、一度深呼吸。

 そして振り向いて、


「次にポンコツって言葉を言ったら、罰として頭からポリ袋かぶせるからな」


 指を差して彼方が言う。

 那智はひとつ瞬きした後。

 両拳を握り締めて、目の前の相手を見上げ、真剣な表情で言った。


「僕もう絶対ポンコツって言わない。約束する。お兄ちゃんのこと、心の中でポンコツポンコツって思ったとしてもポンコツって言わないよ。お兄ちゃんはポンコツじゃない。きっとたぶん、少しだけポンコツじゃない、ちょっとだけポンコツじゃない」


 堂々と『ポンコツ』を連呼。


 十分後。

 彼方と那智は、朝食と人を求めて、二人で街を歩いていた。

 時刻は朝八時半。

 那智は、頭から顔にかけてスッポリとポリ袋をかぶせられている。

 袋の先は、首元で苦しくない程度にゆるく蝶結びされていた。

 歩くたびに、ガサガサ、とポリ袋の音がする。

 大変不満そうに子供が言う。


「前が見えない」

「そのポリ袋は透明だからしっかり見えてるはず。現にお前は、つまづくことなく問題なく歩いている」

「息ができない」

「鼻から口にかけて大きな穴を開けている。それで息ができないと言うなら、バケモノ並みの肺気量だ」

「ねぇねぇ、他の人が見たら、か弱い子供をイジメてるワルイ男子と思われるよ?」

「期待を裏切るようで悪いが、ご覧の通り、俺達以外に人はいない」


 子供の意見は全て却下。


「……こんなカッコウ、すごくカッコ悪いしイヤだ」

「お前が悪い」


 口を尖らせ不満を吐く那智に、彼方は一歩も譲らない。

 そんな会話をしながら歩いていると、ふいに物凄い匂いが漂ってきた。

 那智が両手で鼻を覆い言う。


「お兄ちゃんのオナラ臭い~~、鼻もげるーー」

「俺じゃねぇっ!!」


 数メートル先の路上に何かが横たわっているのが見えた。

 近付いて見ると、上半身ブタで下半身ヘビの、デカくてグロイ生物。


 コレは確実に動物図鑑に載ってないな、うん。


 体をナナメに真っ二つに切られて死に絶えていた。

 同様に、上下、左右に切られた生物死体が辺りに数匹。

 どれも鋭い見事な切り口。

 鋭利な刃物で、一瞬で一気に切られた様子が想像できる。

 物凄い匂いの死臭が漂う中、死体を見ながら、袋をかぶった子供が訊く。


「真っ二ぅー。日本ジェー隊、サムライ刀持ってる?」

「じえいたい、な。自衛隊は刀持ってない」

「じゃあ、ほかのサムライ戦士?」

「他の……」


 言葉がそこで途切れる。

 父親が言った言葉をふいに思い出す。


 魔物が現れると力を持つ者達が集まってくる。

 まるで引き寄せられるように。

 自分の力を試すために、自分の力を誇示するために。

 力を持つ者達は互いに力を競い合う。


 ここに戦士達が集まってきている?

 俺も……その一人だろうか?


 自分の右下腕に、ある日突然刻まれた刻印。

 それは『ダブル』と呼ばれる特別な戦士の証。

 命を二つ持つ者。


「いらねーよ、クソッタレ」


 小さくそう呟く。

 視線を自分の右下腕から前方に移すと、ヒョイヒョイ、と死体をまたぎながら前に進む勇ましい姿が見えた。

 少しも怖がることなく、動揺することもない。


「怖くないのか?」

「なにがー?」

「路上に得体の知れない怪物の死体が転がってたら、大人でも恐怖感じるから」


 後ろ姿に彼方がそう声をかける。

 すると。

 死体をまたいだまま立ち止まり、ブルブル、と小さい体があからさまに震え出した。


「……なにしてんだ?」

「怪物にビックリして震えるの忘れてたから、今ブルブルしてる」

「演技いらないから」


 大した器の見習い魔法使い。

 俺よりも、はるかに勇ましく戦士にふさわしい。


 彼方はズボンのポケットからスマホを取り出した。

 そして周辺を動画撮影する。

 袋をかぶって前を歩く小さな勇者、横たわる生物死体、壊された東京の街……。

 その時。

 スマホ越しに、数メートル先に一つの光を捉えた。


 コンビニの看板に電気が点いてる!


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