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第1話 ある日突然魔物が現れまして

 六月三日、平日の水曜日。

 ひいらぎ 彼方かなたは、昨夜十一時発の夜行バスで、自宅がある埼玉から東京へと向かっていた。

 目的は、東京葛飾区に本日オープンする大天文台。

 天文オタクの彼方は、二週間前からこの日をとても楽しみにしていた。

 彼方が通う高校は、今日は開校記念日で休校。

 目的地の最終停留所まではノンストップ。


 揺れるバスの中、どうやらすっかり熟睡したらしい。

 朝の陽射しで彼方が目覚めると、バスの中には、自分一人だけだった。

 十ニ人ほど乗っていた乗客の姿はどこにもない。


「……なんだよ、俺だけ置き去り? 起こしてくれてもいいだろ、サービス悪い」


 愚痴るように一人そう言い。

 アクビをしながら大きく伸びをして、ゆっくりと立ち上がる。


 バスから降りて、左手首に付けた腕時計を見ると、時刻は朝の九時二十分を指していた。

 天文台はこのバス停から徒歩十分。オープン時間は十時。

 少し早いな……寝起きのぼんやりした頭でそう考えていた時、ふいにヘリのエンジン音が聞こえた。

 見上げると。

 頭上を自衛隊機が続けて二機、あっと言う間に飛び去り、ビルの谷間に消えた。

 彼方の視線が空から街並に移り、そこでようやく異変に気付いた。


「……ハ、なにこれ……」


 寝ぼけた頭の中が一気に覚める。

 道路上にドアが開いたまま乗り捨てられた車が多数。

 歩道沿いに並ぶ店は、窓が割れたり、屋根が壊されたり、半分崩れたり。

 人の姿は一人も見えない。

 遠くに、白い煙が上がっているのが見える。

 ズボンの後ろポケットからスマホを取り出して見ると、圏外。


「クソッ!」


 地震か!?

 暴動かテロか!?

 一体なにが起きている!?


 地元じゃないから土地勘が分からない。

 状況を知るべく、破壊された町の中を夢中で前に進んで行く。

 家屋や店がいくつも、無差別に壊れたり、焼けたりしているのが目に入る。

 ところどころに血だまりらしきものを見かけたが、死体や人の姿はない。


「皆、どこに行った……?」


 うるさいほどのいつもの都会の喧騒は今はない。

 あるのは静寂のみ、音が一切ない。

 倒壊した家屋で道はところどころ塞がれ、その度に、別の道を選び前に進んで行く。


「誰かいないのか、誰でもいいっ……頼む!」


 どれほど進んだ頃だろう。

 見通しの良い大きな十字路が見え、その中央に人が立っていた。

 小さな子供と、横に小さな犬の姿。

 子供の飼い犬なのだろうか、だがリードも首輪もつけられていない。


「アレは……なんだっ!?」


 子供の斜め前方の空中に、体長三メートルほどの、見たこともない大きな黒い鳥が飛んでいる。

 くちばしが異様に長く、赤い目、頭に二本の角、足に鋭いカギ爪。

 動物図鑑には載ってない初めて見る種類。

 子供と犬はまっすぐにソレを見ている。

 怖くて動けないのか、微動だにせず、ただ見ているだけ。


 彼方が駆け寄ると、気付いた子供と目が合った。

 金髪の髪、青い瞳の幼い子供。

 外国人……?


「坊や、大丈夫か?」


 声をかけると、子供はひとつ瞬きした後、コクリと頷いた。

 言葉は通じてるらしい。

 大きな鳥は、まるでホバリングするかのように、斜め前方で羽ばたいている。

 それを見ながら彼方が目を細める。


「ヘーキだよ。コッチがなにもしなければ攻撃してこない」


 子供がそう言った直後。

 鳥の口からなんと、炎が吐き出され、彼方のすぐ真横に落とされた。

 地面から、ジューッ、と焼き焦げた煙が上がる。


「僕の勘は時々当たる」

「時々しか当たんねぇのかよっ!」


 彼方がそう叫んだすぐ後。

 鳥は猛スピードで降下してきて、鋭いカギ爪でアタック!

 反射的に彼方の体が動き、子供と犬を抱きかかえるようにして、小さな二つの命を守る。


「グゥッ!」

「お兄ちゃんっ!」


 彼方の右腕に激痛が走る。

 鳥の鋭いカギ爪で、着ていた上着ごと切り裂かれ、傷口から血が滴る。


 ……ヤッベェ。


 子供と一緒にこの場から無事逃走できるとは思えない。

 もはや選択肢はただ一つ。

 だから迷いはない。

 顔を上げ立ち上がった彼方は、父親に言われた言葉を頭に思い浮かべた。


『意識を一つに集中しろ』


 意識を一つに集中してみる。


『そして別の次元から、自分の武器を呼び出して、使う』


 別の次元から、俺の、武器を呼び出す。


 それはほんの一瞬のできごとだった。

 伸ばした右手の先に、僅かな熱を感じた次の瞬間。

 彼方の手には小さな物体を握っていた。

 随分意外に簡単にできるものだな、という思いと、手に持つその物体を見て、なんじゃこりゃという思いが交錯。

 頭の中にたくさんの『?』マークが浮かぶ。


 …………なにこれ?

 

「僕ソレ知ってる! 日本のお祭りの屋台で売ってるプラスチック製の水鉄砲ー。水入ってるの?」


 子供にそう問われたから、上空に向けて引き金を引いてみた。

 プシュッ、と空気の抜ける音。水は入ってないらしい。


 ああ、なるほど。これは水鉄砲だな。


 殺傷どころか使用能力ゼロ武器に、しばし呆然。

 大きな鳥が、グギャーッ、と鳴き声を上げた。

 どうやら今の動作が、鳥に悪い意味で刺激を与えてしまったらしい。


「ヤバイ」


 ヤバイぞ、これは本気でヤバイ!

 どうする、どうする……っ!?

 鳥が口を開き、火炎を吐きながら自分達めがけて猛スピードで近付く。

 その時。


 ……キンッ……!


 そんなモスキート音と共に、ふいに、どこからともなく虎のような獣が現れた。

 そして空中で大きな黒い鳥を一気に倒し、絶命させた。

 現れた獣の姿はすぐに消えた。

 瞬き一つのうちのできごと。


 彼方の視線が辺りを彷徨い、数メートル先のビルの屋上にいた、一人の姿を捉える。

 自分と同年代くらいの少年。

 相手は彼方に向かい片手を上げた後、身を翻してビルの奥に消えた。


 召喚者。


 彼方の頭の中にその言葉が浮かぶ。

 敵と戦わせる魔物などを別次元から呼び出す能力を持つ者、それが召喚者。

 獣系、異種系、精霊系、神系など、呼び出す種類は召喚者によって様々。

 話で聞いた事はあったが、見るのはもちろん初めてだ。

 

「……」


 手に持っていたはずの水鉄砲はいつの間にか消えていた。

 腰に付けたウェストポーチの中から、タオルハンカチを取り出す。

 上着ごと切り裂かれた右肘下、生地の裂け目から、自分の腕に記された痣のような『刻印』が白く光っているのが見えた。


「……光ってんじゃねぇよ、クソッタレが」


 思わず小さく呟く。

 血が滲む傷口を、上着の上からタオルハンカチできつく巻く。

 クソッ。


「お兄ちゃん」


 子供の呼ぶ声で我に返る。

 腕のハンカチと彼方の顔を交互に見ている小さな子に、声をかける。


「坊や、大丈夫か? ケガはないか?」

「うん、ダイジョーブ。お兄ちゃんはケガしてる」

「大したことない、かすり傷だ」


 そうは言ったものの、熱を持ちジンジンと結構な痛みが走る。

 子供はひとつ瞬きした後。

 背伸びをして両手を伸ばし、血が滲む縛ったタオルハンカチをなぜか解いた。

 そして傷口に小さな手を当てる。

 すると、あっという間に魔法のように、傷は消えてなくなった。


「僕、治す力が強い」


 小さな手が離れて、幼い顔が見上げて言う。

 彼方が自分の上着の袖口をまくり見ると、さっきまで確かにあった傷がない。

 傷口の熱も痛みも、流れた血の痕跡すら、一切消えている。

 跡形もなく。

 腕の『刻印』はもう光っていない。


 コイツ一体……。


 子供は可愛い犬の絵がプリントされた青い七分丈シャツを着ていた。

 こげ茶色のハーフパンツ。

 青いスポーツシューズ。

 背中にクリーム色のリュックを背負っている。なにが入っているのか、パンパンだ。

 そして丸い木彫りのアクセサリーを首から紐で下げている。


 彼方はしゃがみ、子供に目線を合わせてから、傷を治してくれた小さな守護神にお礼を言った。


「傷を治してくれてありがとな。助かった」

「お兄ちゃんは僕を守ってくれてケガしたから、僕が治すのはトーゼンの責任」

「お前頼もしいな。凄い力を持ってるんだな。あれ……?」


 そこで、さっきまでそばにいた小犬の姿が見えないのに気付く。

 立ち上がり辺りを見渡しながら、彼方が子供に訊く。


「坊やの犬がいなくなったぞ。どこ行った?」


 すると意外な返事が返ってきた。


「僕の犬じゃない」

「え、違うのか?」

「うん。時々現れて、いつの間にかいなくなるヘンな犬」


 なんじゃそりゃ。

 んなことよりも、やたら見通しが良くて目立つこの場所は危険。

 まずは移動だ。


「ここは危険だから少し移動しよう。そこで話そう」

「うん」


 大きな十字路から逸れて、二人で横の細いジャリ道に入る。

 ビルの陰になる位置。

 この場所ならひとまず安心。

 彼方はしゃがんで子供と目線を合わせて、自己紹介をした。


「俺の名前は、彼方。柊 彼方だ。坊やの名前は?」

「僕の名前、なち。なち、はむつかしい字なの。こーゆー字」


 子供はしゃがんで、落ちていた木の枝で『那智』という字を地面に書いた。


「細かいこと言うようだけど、むつかしいじゃなく、むずかしい、な」

「細かいことはどーでもいー」

「那智君の『那智』はミドルネーム? 苗字は?」

「ミュージない。ただの、那智」

「みょうじ、な」

「細かいことどーでもいー」


 お子様は見事な返しぶり。

 彼方達はしゃがんだままで会話を続ける。


「那智君は何才?」

「七歳!」

「指の数と言葉が一致してないぞ」

「細かいことどーでもいー」


 那智の両手の指は『五』を示している。

 彼方が指摘すると、『四』に変わった。

 減ってるぞ、逆だ、増やせ……。


「あー……それで。那智君の親はこの近くにいるのか? はぐれてしまった?」

「親いない。ずーーっと前に死んで、お星様になった」

「そうなのか? 知らなくて悪いこと訊いたな、ごめんな」

「気にしてない。僕は一人で賢く生きてる」

「一人で?」


 どういうことだ?

 すると目の前の子供は自慢げに言った。


「大人にお腹空いたってゆーと食べ物くれる、大人に泊めてってゆーと泊めさせてくれる。僕は賢く生きてる」

「ソレは賢いの上に『ズル』がついてないか?」

「そーともゆー。細かいことどーでもいー」


 彼方の頭がだんだんとうな垂れていく。

 ため息交じりに子供に説いてみる。


「あのなぁ。大人は良い大人ばかりじゃないんだぞ、気をつけないと痛い目に合う。那智君は東京に住んでいるのか?」

「トーキョー住んでない。ファンリルのおじさんと一緒に、今日トーキョー来た。雑誌に載ってておいしそうだった、スシ、天かす、納豆食べるために来た!」


 子供は笑顔でそう話す。

 スシ、天かす、納豆……。

 メニューのチョイスの仕方が斬新。

 なぜそうなった。

 那智の綺麗な青い瞳を見ながら、彼方が訊いてみる。


「どこから来たんだ?」

「海の向こうだよ。ファンリルのおじさんと一緒に来た。船と飛行機で日本に来て、トーキョー駅でおじさんとサヨナラした。おじさんは、たこ焼き食べに大阪行ったの」


 小さな子供一人残して、たこ焼き食べに大阪行っただと?

 どんなおじさんだよ。

 頭の片隅でそう思いながら。

 彼方は、空や辺りを時折確認しながら、那智に言う。


「俺の地元はここじゃないんだ。埼玉県という場所に住んでいる。今日は学校が休みで、東京に今日オープンする予定だった大天文台を見に来たんだ。昨夜から夜行バスでここに来て、朝、目が覚めたらバスの中に俺一人取り残されてた。バスから出たら街中めちゃくちゃでさ。でもって、さっきの大きな火を吐く鳥だろ。状況が分かってないんだ。なにが起こっているのか、知ってること教えてくれないか?」


 彼方がそう説明する。

 すると那智はコクリと頷いた後、話し始めた。


「トーキョー駅を出て街を歩いてたら、急にいくつもサイレン鳴ったの。パトカーの音も、救急車の音もいっぱいした。そして日の丸飛行機がいっぱい空飛んで行った」

「それは日本の自衛隊機だ」

「それからすぐに、人さらいの大きな日の丸トラックがいっぱい来て、なにか言って、街の中にいた人全員さらわれて行った。僕は清々しくおことわりした」

「それは自衛隊のトラックだ。人さらいではなく、住民を安全な場所に避難移動させたんだろう。坊やは選択ミスをしたな」

「周りに誰もいなくなって、一人で歩いてたら、さっきの鳥とお兄ちゃんと会った。これでおしまい」

「……そうか。全員避難……避難所はどこだ?」

「知らない」


 今日は大人しく家でDVD鑑賞してれば良かった……。


 そう思ってもあとの祭り。

 ズボンのポケットからスマホを取り出して見ると、依然圏外のまま。

 ここにいても危険なだけだ。

 自分達も避難所に行くべきだろう。

 彼方は顔を上げて立ち上がると、那智に言った。


「よし。俺達も避難所を探してそこに行こう。避難所は安全だし情報も得られる、状況も把握できる」

「僕、行かない」

「え?」


 即答でまさかの拒否回答。

 お子様はくるりと回れ右すると、唐突に別れの言葉を告げた。


「団体こーどー嫌い。自由こーどー好き。お兄ちゃんに借りは返した、もう用事ない。じゃあねさよなら、ばいばい」

「避難所にはスシ、天かす、納豆あるぞ」


 彼方が言う。

 するとお子様はくるりと回れ右して、快諾の言葉を告げた。


「お兄ちゃんと避難所行くことにしました」

「よし決定だ」

「はい、ボス」


 彼方のほうが一枚上手。

 嘘も方便、多少姑息だが結果オーライ。

 単純だと扱いやすくていいな、なんて。

 苦笑いをしながら、ウェストポーチの中からクッキーが入った小袋を取り出して、相手に手渡す。

 那智は、目を輝かせながらそれを受け取った。


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