第772話 【デルタ∴サイン】そして、すべてがおわった
アリスが塞ぎ込んでから10年の年月が経過していた。
周りを取り囲む環境もまた変化しつつある。
リカント、サンドル、エレナ、シン、モレク、アドラメレクの6名は六魔将と呼ばれ、強力な配下を従えるようになる。
魔族領も次第に勢力を伸ばし、その領土を広げていた。
アリスが不在の時に―――
聖王国側も魔族の脅威を再認識し、勇者を筆頭に打倒魔王を掲げていた。
周辺国家も魔族という共通の敵を得たことで、戦争を一時的に止め、魔族 VS 人間+亜人という構造が定着しつつあった。
表向きの情勢はそんな所だ。
アリスの関心は既にそこにはない。
マリアを失った悲しみに暮れていた。
しかし、アリスもまた変わろうとした。
10年という長い年月が悲しみをやわらげ、外へ出れるようになるまでに回復。
彼はその足で世界各地をお忍びで回る。
勿論、リカント達、六魔将には内緒でだ。
アリスはこの時、ガラドミアに行き、自らの力を封印した石をセルフィに作ってもらう。
それは未来の為。
未来への布石。
アリスのこの行動の一方、息子であるシンは独自で活動範囲を広げていた。
人間達との戦争にかこつけて、様々な種族の死体を解剖して、その力の解析を行っていた。
日々、死霊術を研鑽して、魔導の深淵に触れようとしていた。
元々シンは生まれながらに"天才"で、その頭角を徐々に現す。
ある日は、大量のエルフを殺害し、その死体から不老不死の薬を創り、それを部下達に飲ませて実験させていた。
それだけでない、彼の非道な行いは日に日にエスカレートしていく。
何百人もの戦争孤児に魔導術式を書き込み、人格を壊した後、強力な兵士にしたり。
魔族と人間の脳みそを半分ずつ分け与えて、恐ろしい化け物を製造したり。
人道に反する行動のオンパレード。
そして、積み上がる死体の山―――
シンはその光景を見ても嫌悪感など一切なし。
寧ろ、不幸になることでシンは満たされていた。
しかし、そんな行動をアリスは容認していた訳ではなかった。
リカントからの報告は逐一受け、シンを監視させていた。
何度も厳しく、叱った。
それでもシンはその行動を改めることをしない。
最後にはいつも、"アンタが母さんを殺したんだ!!"、"ボクは母さんを取り戻すんだ!!"とそんなことを口にしていた。
アリスはそんなシンに不満を溜めていく。
それでも自分の最愛の息子―――
いつかは考えを改めてくれると信じていた。
だが、運命はそれを赦さない。
ついに決定的な出来事が起こってしまう。
~魔王城 10階 生物研究室~
「シン!!」
「何故、リカントに薬を飲ませたッ!!」
「アンタか―――」
「アンタだって嬉しいでしょ?」
「リカントは元々強靭な戦士だった―――」
「それを不老不死の薬でさらに強くしたんだ!」
「感謝してほしいくらいだよ。」
「不老不死がどれだけ苦しいものか―――」
「お前は理解が出来ていないだけだ!!」
「そんなことないよ―――」
「コレは最高の気分だ・・・。」
「アンタも試してみる?」
「お、お前まさか・・・お前まで―――!?」
そうだ―――
シンはアリスの忠臣であるリカントのみでなく、自分にすら不老不死の薬を使用した。
シンは不老不死と化す。
どうやっても死なない身体。
「シン・・・お前はやってはいけないことをした。」
「なぁに?」
「ッ―――!?」
アリスはシンを殴る。
それも思いっきりだ。
殺すつもりで殴った。
「い、痛いじゃないか!?」
「ついに我慢の限界だ。」
「お前の愚行をこれまで見逃してきたが、それもここまでだ。」
「徹底的に強制してやる!!」
「フフっ・・・ボクとやろうっていうのかい?」
シンはこの10年で大幅に力を付けてきた。
研究者としてだけでなく、戦士としても大きく成長した。
そんな彼らが本気で闘争を行う。
魔王城内は大きく揺れた。
これがただの親子喧嘩なら良かった。
それでもタイミングが悪かった。
この時、勇者サイドも魔王城に攻め込もうとしていた。
そんな中、アリスとシンの激闘を見て、好機だと行動を起こした。
「勇者・・・!?」
アリスは下の階層から現れた勇者を見て、少し動揺してしまう。
自分達の親子喧嘩を他人に見られてしまったからだ。
それも今まで何度も闘った勇者にだ。
その動揺をシンは見逃さなかった。
アリスへ攻撃を仕掛けた。
「シンっ!?」
「魔王っーーー!!!」
シンと勇者―――
二人に挟まれ、攻撃を受ける。
アリスはシンの攻撃を受け止めるが、勇者の攻撃をまともに喰らってしまう。
「グっ・・・!?」
勇者の洗脳は未だに解けていない・・・。
アリスは彼の眼を見てそう確信する。
勇者を陰で操っているのは恐らくエトワール―――
ヤツはあの時の闘いで死んでなどいない。
今も生きて、勇者を動かしているんだ・・・。
「シン・・・お前は逃げろ!!」
「な、何言ってんだよ!!」
「アリス様!!」
リカントも駆けつけてきた。
外では人間と魔族が争い合っている。
「魔王!!」
勇者はその聖なる力を解放する。
その力はこの階層の至る所を破壊していく。
なんて、強い光だ―――
コレが勇者の力か・・・。
最初はひよっ子だと侮っていたのに。
随分強くなったじゃないか。
アリスも勇者の力に応戦する。
黙ってやられるような男ではないからだ。
その二人の力が次元を歪ませてしまう。
二人の力が呼応して巨大なワームホールが開いた。
「パ、パーーー!!」
「た、助けて!!」
そのワームホールにシンが飲み込まれそうになっている。
とてつもない吸引力で身体を引きずり込もうとしている。
「シン!!」
「待ってろ!!!今助ける!!」
「アリス様!!」
「私が参ります!!」
リカントもそう云ってるが、間に合わない。
アリスの方が近い。
しかし、それを勇者が阻む。
「クソっ!?」
「魔王!!覚悟!!」
「パパっーーー!!!」
シンはそのワームホールに飲み込まれ、別の次元へ流れてしまう。
そして、アリスは勇者の剣の前に敗れる。
魔王は消え、勇者が生き残る。
世界はアリスという魔王を失い、人間の時代が訪れることになる。
コレがこの時代の勇者と魔王の物語。