第770話 【デルタ∴サイン】すべてはここからはじまった⑧
~魔王城~
エレナとシンが生まれて、10年が経過していた。
エレナもシンも日に日に大きくなっていく。
可愛い娘と息子だ。
生まれてきて分かったのだが、エレナはサキュバス、シンはインキュバスとして生まれてきた。
真祖と聖女の間で生まれた子どもだから通常の吸血鬼ではないと思ったが、少し驚いた。
「パパ~~見てみて~~★」
エレナは手のひらに光を灯している。
コレは白魔法・・・!?
「ねぇ、こっちも見て!!」
今度はシンの方にも顔を向けると、シンも同じように手のひらに光を灯していた。
幼いながら二人とも白魔法の適性があった。
白魔法だけではない、二人は黒魔法や治癒の白魔法まで使えた。
真祖と聖女の血を引いているのだ―――
おかしくはないが、白魔法と黒魔法は片方だけ使用できるだけでも希少な存在。
それを両方なんて―――
二人にはこのことは他の人には言わないことを約束させた。
「ママ~~!!」
「こっちで遊ぼう―――!!」
シンは無邪気な笑顔でマリアの袖を引っ張る。
シンは母親であるマリアに懐いていた。
この時、間違いなく家族幸せだった。
余は再びマリアと会えただけでなく、こうして家族を持てたことを本当に幸福だったと感じていた。
しかし、運命がこの幸せを赦してはくれなかった。
この10年で世界の情勢はまた大きく変わった。
一つは魔族という存在が世界的に認められた。
リカント達の働きもあり、魔族領を正式に制定することができた。
聖王国もあの戦争の一件で魔族という存在を脅威としてみなした。
これ以上表立って敵対するよりも同じ国家として、扱った方がいいと判断した。
余は女神アークから王権を授かり、正式に魔族の王、魔王を名乗ることができた。
この時はまだ女神アークがいい女神だと思っていた―――
しかし、この後、知ることになる。
もっとも憎むべき存在だったということに。
兎にも角にも、やっと魔族が人間に迫害されない時代が来た。
―――、とそう思っていたが。
聖王国の上層部はそんな魔族の存在を快く思っていなかった。
表向きは国家として認めたとしたが、その裏ではアリスを排除しようと動いていた。
世界に悪しき魔王がいるという事実が許せなかったのだろう。
彼らは魔王に対抗するべく、勇者を異世界から召喚しようと試みた。
その勇者召喚には聖女が必要だった。
この世代の聖女はマリア以外にもいた。
その聖女によって勇者は召喚された。
異世界からやってきた勇者は聖王国の王から余の悪い情報だけを教えられた。
そして、余を倒すべき相手として認識する。
何度も闘いを挑まれた―――
余は戦う理由がないと話し合いで解決しようとしたが、全く話を聞いてくれなかった。
仕方ないから勇者を撃退はしたが、彼らはその敗走を悔しいと思い、修行を積んでレベルアップに励んだ。
勇者はメキメキと力を付けていった。
そして、信頼できる仲間を見つけ、余と同レベルまで成長する。
余が苦戦するくらいまでに成長した頃か―――
「貴様は本当に悪の親玉なのか?」
勇者はそう尋ねてきた。
「余は魔王だが、貴様が思う程、残虐ではない―――」
「まぁ、配下のサンドル辺りが暴れていて、他種族に迷惑を掛けているのは余の失態だが。」
「そうか、何故かいつも魔王に見逃されている気がした―――」
「俺を殺そうと思えばいつだって出来たはず。」
「それをしないということはアンタはそんなに悪い奴ではないのかもと思ってしまった。」
「フフ・・・まぁ、お互い立場というモノがある。」
「遠慮はするな―――」
「そんなに簡単にやられるつもりはないがな―――」
最後の方は勇者もなんとなく余がそんなに悪人ではないと気付いていたみたいだ。
聖王国の方に不信感を持っていた。
そんな勇者の気付きも聖王国側は察知していた。
勇者の反逆を恐れた上層部は神殿騎士団の元帥 エトワール-メル-エンデルセンを動かすことに決めた。
彼はとてつもない実力者だった。
かつての人間の王 アルディスを彷彿させた。
しかし、アルディス程、穏やかで優しくはない。
寧ろ、冷酷で残忍。
彼は勇者をマインドコントロールして操った。
そして、どこから情報を聞いたのか分からないが、シンとエレナ、そしてマリアのことを知った。
魔王には娘と息子、そして妻がいると・・・。
彼がその弱点を利用しない訳がない。
魔王本人を倒すことが難しいなら、その弱点をこちらの手中に収めてしまえば良い。
余が勇者と闘っている隙にエトワールは部下を使い、3人を誘拐した。
シンとエレナも魔法が使えるとは言え、当時の神殿騎士の手に掛かれば誘拐することも難しくはない。
彼らは3人を聖王国へ連れ帰る。
彼らはマリアを処刑すると云った。
マリアを魔王に魂を売った魔女であるとして―――
余は激怒した。
そして、すぐに聖王国へ乗り込む。
死刑執行の所で、アリスは処刑場に着いた。
他の六魔将も引き連れて。
奴らも当然、余が来ることを知っていた。
全力で迎え撃てるような態勢は整えている。
「エトワール―――」
「お前が仕組んだことか―――っ!!」
「・・・それが何か?」
「マリアを解放しろ。」
「いや、マリアだけじゃない。」
「エレナとシンも解放しろ。」
エレナとシンも見えている所で拘束されている。
心配そうな顔を二人ともしている。
「私に勝てたらいいですよ―――」
二人は剣を構える。
神聖剣と闇黒剣。
伝説の名工ブラッドが創りし、白と黒の二振り。
地上最強の二人が衝突した。
まぎれもなく後世に語り継がれる一戦。
魔王アリスと神殿騎士元帥エトワール-メル-エンデルセンの闘い。
両者の力は拮抗していた。
「アリス、負けないでッ!!」
マリアがアリスへ声を掛ける。
その声に呼応するようにアリスが押す。
現状はアリスが優勢。
しかし、エトワールは部下にマリアの処刑を命じる。
戦闘の最中、マリアの首を目掛けて、刃が振り下ろされる。
アリスはそのことに気付き、その処刑を止めようとする。
しかし、どれだけアリスが早くとも間に合わない。
「アリス・・・・ありがとう―――」
それがマリアの最期の言葉だった。
ズドンっ―――!!
無情な刃が振り下ろされ、マリアの首がアリスの足元へ転がる。
その表情は涙を流し、笑みを浮かべている。
"アリス・・・私、貴方と出会えて良かった"
"幸せだったよ"
マリアがそう云ってる気がした。
「ウオオオオォォォーーーっ!!!」
「貴様ら赦さンぞォーー!!」
アリスは精神が狂いそうなくらい激昂した。
結果として、真祖を怒らせてはいけなかった。
アリスはこれまでの聖王国や勇者との戦い、それなりに本気でやってはいたが、実際は本当の本気でやっていなかった。
魔王 アリスを怒らせるとどこまで恐ろしいか―――
エトワールは測り誤ったのだった。