第763話 【デルタ∴サイン】すべてはここからはじまった①
およそ1000年前、まだ人間と魔族が手を取り合って暮らしていた時代があった。
それは戦の時代。
このヌバモンドに住まう人々と邪神との闘争の時代。
その時代、彼らは宙から侵略する邪神から自分達を護る為に戦っていたという。
邪神は一体どこから来るんだ?
月から来るという噂もある―――
月に生命が存在していると云うのか?
バカバカしい―――
では、彼らは一体どこから来るっていうんだ?
それは―――
◆万族の都バルドリア◆
「オギャー!オギャー!」
この時代、ある一つの生命が誕生する。
その生命は時代を大きく動かす運命の元に生まれる。
「奥様―――」
「おめでとうございます。」
「元気な男の子ですよ。」
「・・・良かった、無事に生まれたのね。」
長時間の出産で疲労を感じているにも関わらず、母親は安堵の表情を浮かべる。
「フフ・・・可愛い子ね。」
「ようこそ、私達の世界へ―――」
「ヴァルネリア!!」
「生まれたのか!?」
ヴァルネリアと呼ばれたのはこの子の母親。
そして、急ぎ足で部屋に入ってきたのはこの子の父親。
名前をマグナリオスという。
「旦那様―――」
「こちらです。」
「おぉー、可愛らしい男の子ではないか!!」
マグナリオスは我が子を抱き、つい口元が緩む。
普段は何百人もの部下を従え、人々のリーダである彼もこの時はその嬉しさから表情が緩んでしまった。
「あぁ、愛しい我が子よ―――」
「元気に育つのだぞ―――」
「アナタ・・・うっかり落とさないでね。」
「何を言っているヴァルネリア―――」
「我が子を落すわけがなかろう。」
「フフ・・・それもそうね。」
「貴方のそんな嬉しそうな顔を久しぶりに見たかも。」
「その子の名前は何にいたしますか?」
「ふむ、それについてはヴァルネリアと前もって決めている。」
「"アリス"―――」
「男の子でも女の子でもこの名前にしようって決めていたの。」
「やっぱり、少し女の子っぽくないか?」
マグナリオスはこの期に及んで、そう云った。
「アナタ、それはもう話し合ったことでしょ?」
「う、う~ん、まぁヴァルネリアがそういうなら・・・。」
マグナリオスは少し残念そうにヴァルネリアに賛同する。
こうして、後の魔王アリスは誕生することになる。
魔王アリスは吸血鬼の名家である両親の元、何一つ不自由のない生活を送る。
アリスが10歳の時―――
きらめく夜空の下、アリスは母親と外を散歩していた。
「何で他の人達は昼間に外に出てるのに僕は夜しか外に出れないの?」
「それは私達が吸血鬼だからよ―――」
「吸血鬼?」
「そう、吸血鬼は日差しを浴びると本来の力が出せない。」
「夜が活動の時なの―――」
ヴァルネリアは息子に優しく教える。
「そう・・・なんだ。」
「僕は日の光の下を歩きたかったなぁ―――」
アリスは残念そうにそう云った。
夜の王―――
それが吸血鬼という存在であることはこの時代の共通認識。
マグナリオスとヴァルネリアもそれは十分に認識し、アリスにそれを教えていた。
一つ、誤算があるとしたら、アリスがそんな両親から生まれたにも関わらず、特異な体質を持っていたことだった。
アリスが12歳の時―――
彼の中で夜の散歩が日課になりつつあった。
日々、変わり行く街並みを見ることが彼の中の楽しみになっていた。
「酒場は夜だと云うのに今日も賑わっているようだな。」
「あそこの警備兵、仕事をサボって、居眠りしている。」
「あっちの空き地は何か建物を建てているのか?今度聞いてみよう。」
アリスは一人でブツブツとそんなことを呟いてた。
母親と夜の散歩をすることも少なくなった。
最近、父さんと母さんは忙しそうだ。
どうやら、邪神?という存在が各地で活発化して、動き出しているらしい。
それの対応で色々な仕事が増えているみたいだ。
「う~~ん、退屈だな―――」
「従者のベルモンドを弄るのも飽きてきた。」
「何か事件でも起きないかな?」
アリスは退屈していた。
何一つ不自由がないというのも困りものだ。
それにアリスはこの歳になっても友達が一人もいなかった。
普段は両親の従者たちに世話をしてもらっており、同世代の友という存在を知らない。
「ん?アレは何だ?」
「ぐあああぁぁーーー!!」
アリスが人通りの少ない道を通っていると、何やら男たちが魔物と闘っている。
空を飛ぶ昆虫型の魔物が数体、ブンブンと空を飛んでいる。
武装した人間の男達はその魔物と交戦しているが、かなり苦戦しているようで、何人かは倒れている。
「面白そうなことになってるじゃん♪」
そんな戦闘の場面に遭遇してアリスは興奮を覚える。
鮮血の飛び交う闘争に吸血鬼の血が騒ぐ。
「聖女様は危険ですので下がっていてください。」
リーダーと思われる男の後ろには自分と同じ年位の女の子がいる。
どうやら男たちはあの子を護っているみたいだ。
「この魔物風情がっ!!」
そのリーダーが魔物に斬り掛かるが、魔物はブンと羽音を立てて、軽々と躱した。
「聖女様ッ!?」
「キャアアアアーーー!!」
女の子は恐怖からか叫び声を上げてしまう。
魔物は後ろにいた女の子の方へと向かっていく。
ドンっっっ!!!!
「なっ―――!?」
リーダーは驚いた。
聖女を助けたのは貴族風の少年―――
魔物を一撃で屠り、薄っすらと笑みを浮かべている少年がそこにいた。
その肌の色から魔族であることが伺えた。
「ケガはないか?」
アリスはその少女の手を取る。
「あ、ありがとうございます―――」
「立てるか?」
「え、えぇ―――」
アリスは紳士的に少女の手を取り、立たせてあげる。
「アンタ―――」
「名前は?」
アリスが少女に尋ねる。
「マリアと言います。」
「助けていただきありがとうございました。」
「マリアか・・・。」
「いい名だな―――」
コレが魔王アリスと聖女マリアの邂逅。