第750話 【デルタ∴サイン】命を賭してこそ、生の喜びを知る。死を知らぬ者はそれだけで不幸である。
~アダムス エデンの園~
どんな時だって、己を貫いてきた。
己の信念をその胸に抱き、突き進んできた。
今回だって、いつもと同じだ。
変わりはしない。
「進―――」
「お前は本当に強い奴だ。」
「その歳でいくつもの修羅場を潜り抜けてきたんだろうな。」
「オレとの勝負だって、その一つでしかないんだろう?」
「そうだ―――」
「オレはオレの信じた道を貫く。」
「それが正しい事だと信じているからだ!」
「天童家の者らしい答えだ。」
「オレも同じなんだよ―――」
「オレのしていることは何時だって、正しい。」
「勝負ってのは己の正しさを主張する行為にしか過ぎない。」
「『勝者』が『正義』!!」
「それは歴史が証明してきた―――」
「悪人ってのは敗けてきた奴らなんだ!!」
「敗者の弁に誰も耳は貸さないッ!!」
「だから、己の正しさを証明したいならオレに勝ってみせろッ!!」
「勿論、言われなくともそのつもりだ―――」
「敗けるつもりは毛頭ないッ!!」
進はシンを斬りつける。
幾重にも相手が再起不能になる様に―――
もし相手が不死者でなかったら、これで決着がついていただろう。
シンは一切抵抗しない。
痛みすら不幸のエネルギーに変えるこの男にとって、涼風に等しい。
「悔しいだろう?口惜しいだろう?」
「どれだけ攻撃してもオレの命は脅かせない。」
「お前の攻撃はオレの命に届くことは無いッ!!」
「闘いにおいて、命を賭けることが出来ないなんて、可哀想なヤツだな―――」
手を緩めることなく、ボソッと呟く進。
「・・・・何だと?」
その言葉が癇に障ったのか、シンはギロッとした瞳で進を睨みつける。
「怒ったのか?」
「だったら反撃してみろ―――」
「怒りは勝負にとって欠かせないスパイス―――」
「オレのような若造に図星を突かれてお前は怒ったんだ。」
「だから正直に反撃することをお勧めするよ。」
「そうだな―――」
「お前のお望み通り、反撃してやる。」
シンはその手を天へ掲げ、高速詠唱を始める。
詠唱中も不老不死で無敵みたいだな―――
いくら斬り裂いても一切動じることは無い。
斬っても斬っても元の形に身体が復元してしまう。
ドロドロのスライムのように液体から固体に戻るような感じだ。
特異な体質―――
「混沌魔法:不幸な人生!!」
その魔法の発動と同時に進の全身から血が噴き出す。
「ッ―――!?」
「進ちゃん!?」
未央なんか大きく眼を見開いて驚いている。
進は距離を取り、未央に出るなとハンドシグナルを送る。
「幸せとか不幸とかそんな人生―――」
「一体、誰が評価して、誰が享受する?」
「強ければ幸せか?弱ければ不幸か?」
「そんな誰が決めたか分からない常識クソ喰らえだよなァ!?」
「進ゥーーー!!」
身体からの出血は多いが、戦えないことはない。
触れることもなく、オレの身体を傷つける魔法―――
どういう原理なのか・・・。
進は頭で考える。
その思考はもはや、果てしない程の演算量。
推測しろ―――っ!!
そうやってこそ、真実へ辿り着ける。
この痛み・・・感じたことがある。
「過去の傷を再現する魔法―――」
「そうなんだろ?」
進がシンに向かってそう云った。
「ビンゴ―――!!」
「流石、天童家の血を継ぐ者だ。」
「すぐにその答えに辿り着くとはな。」
「どの痛みもオレは知っている。」
「オレの記憶の中に残っている。」
「今まで生きてきた傷を再現したと考えるのが妥当だ。」
不幸な人生―――
今まで生きてきた傷を再現させる。
どんなに強靭な肉体でも防ぐことは出来ない。
かつて、リカントを葬った魔法―――
リカントの不老不死を破り去ったシンの魔法だ。
そのことを進は知らない。
「進―――、光栄に思え!!」
「この魔法、正体が分かってもコレを喰らってまともに動けるのはほんの一握りだ。」
「お前はそのほんの一握りの存在ということ。」
「自慢したっていいんだぞ。」
どんな人間だって、生きているだけで日々少しずつ痛みを感じている。
それら全てが再現されたらどうなるか?
想像に難くない―――
それが日々、戦闘に明け暮れた進ならその比ではないハズ―――
それこそ、その痛みで卒倒して、息絶えたっておかしくはないだろう。
しかし、この少年はそんな痛みなど意に介すことはない。
痛みで彼を止めることは不可能―――
それが信念を貫くことだと彼は考えているからだ。
「混沌魔法か・・・。」
「初めて聞く―――、シンにだけ使える魔法と言った所か。」
「そうだ―――」
「オレは昔から魔法を研究してきた。」
「人と違った―――」
「魔王アリスの息子であるが故に制御するのが困難な程の膨大な魔力をどうすれば生かせるか試行錯誤を続けた。」
「その試行錯誤の末にオレはこの混沌魔法を身に付けたんだ―――」
シンはそう語る。
しかし、進はその話を聞きながらシン討伐のシナリオを頭の中に巡らせていた。
そして、動き出す。