第740話 【デルタ∴カラミティ】オリエンシャルペイでは⑥
~極東の島国 オリエンシャルペイ~
「ベリヤン!?」
「ハァ・・・ハァ・・・」
ベリヤはヴィクトルの呼びかけにも答えることが出来ない程、戦闘に集中していた。
本気を出したバティンは想像以上の戦闘力でベリヤを追い込む。
「どうした、ベリヤ―――」
「その程度か?」
「それじゃあ、お前の大切なモノは何一つ守れんぞ!!」
バティンがヴィクトル達の方に顔を向ける。
狙うは小春姫の持つ王権。
「アガレスは負けたか―――」
「情けない奴だ。」
アガレスの敗北も確認する。
「ベリヤ―――!!」
「早く私を倒さないと、取り返しがつかないことになるぞ!!」
「私はこの距離でもお前達を殺れるからな!!」
ヴィクトル殿は勝ったのか?
ここで初めてヴィクトルが近くにいることに気付く。
「加勢しなくて大丈夫なのか?」
城五郎がヴィクトルに尋ねる。
「僕はベリヤンを信じるよ―――」
そうだ、ヴィクトルはベリヤの勝利を信じていた。
「空魔法:空間掴み!!」
「それはもう見切ったでござるよ!!」
ベリヤはバティンの攻撃を躱す。
空魔法の原理を知るベリヤ、ついにバティンの魔法も見切ることに成功。
「暗黒武技:静寂の刃―空蝉!!」
バティンの懐に入り込み、ベリヤは最強剣技をお見舞いする。
バティンは足が蛇となり機動力が上がった。
パディンはにょろにょろと動ける。それでベリヤの一刀を躱した。
未だにバティンの動きが掴み切れない。
まだ届かないのか?
ベリヤの焦燥感が積もる。
どうすれば―――!?
その時、ベリヤの脳裏に家族ともいえるジャハンナム達との記憶が蘇る。
様々な戦闘を彼らと経てきた。
厳しい特訓も共にこなし、一緒に強くなってきた。
ここで敗ける訳にはいかない。
「空魔法:空間凝縮!!」
バティンがベリヤの周囲をまた圧縮しようとする。
「暗黒武技:風来一閃!!」
空魔法を纏った刀で剣圧を飛ばす。
捨て身でやるしかない。
ベリヤの身体がブチブチと音を立てる。
身体が潰されているのを感じ、血が噴き出す。
「空魔法:空間転移!!」
いくらか手傷を負ったが、バティンにも攻撃を通すことができた。
「やってくれたなぁ~~ベリヤ!!」
思った以上のキレ味で、バティンの腹部がパッカリと切れていた。
「フン!!」
だがバティンが気合を入れると傷口は塞がり、血が止まった。
「なんて生命力でござる―――」
元来蛇というものは高い再生能力を持つ。
バティンもその例に漏れない。
多少の傷ならすぐに回復できる。
激高したバティンは再び、ベリヤへ迫る。
今度は自分の手で殺そうとして―――
しかし、それが逆に幸をそうした。
ここでベリヤに近づいたことっでベリヤの勝機が見えた。
「空魔法:空気操作!!」
ベリヤは空気を操作を行う。
「空気をなくそうとしたって無駄だ!!」
「この距離ならお前もタダではすまない!!」
バティンはそう叫ぶ。
そうじゃない―――
しかし、ベリヤは別の狙いだった。
『ねぇ、メルクロフ―――、蛇って暗い所でも得物の位置を正確に分かってるみたいだね。』
『あぁ、それは蛇が肌で感じてるんだ。奴らは空気に敏感なんだ。』
昔、洞窟のダンジョンを探索していた時にメルクロフ殿がそんなことを言っていたでござる。
それをベリヤは思い出していた。
バティンは蛇―――、同じ特性を持っていてもおかしくない。
「死ねッ!ベリヤアアァーーー!!!」
バティンはベリヤの心臓を狙った攻撃をするが、その狙いは外れる。
「・・・この距離で外すだと!?」
バティンは何が起きたのかすぐに理解できなかった。
ベリヤはその隙を見逃さない。
「やっぱり最後は仲間たちの思い出でござるな。」
「暗黒武技:静寂の刃―空蝉!!」
ベリヤは最高の一撃を繰り出し、バティンの胴体を真っ二つにした。
「ウオオォォォーーー!!!」
叫び声を上げて、バティンが倒れる。
「やったでござる・・・。」
勝利を確信したベリヤ。
「ハァハァ・・・。」
倒したバティンの顔を見る為、ゆっくりと歩を進める。
だが、それは誤りだった。
「キャアアアアーーー!!!」
女性の悲鳴がする。
この声は小春姫?
すぐにその声の方向へ振り返る。
バティンが小春姫を背後から押さえつけ、人質に取るような状態になっている。
「貴様、小春姫を離せ!!」
城五郎が刀を抜き、ジリジリと距離を詰めようとする。
「おっと、動かないでほしい!!」
「貴様らが動けば、この娘は容赦なく殺す!!」
「卑怯者が・・・!!」
「さぁ、小春姫―――」
「王権を渡してもらうぞ!!」
バティンが小春姫の胸の辺りに手を伸ばす。
「残念だったね♪」
「僕は小春姫じゃないよ―――」
小春姫の姿からヴィクトルへ変わる。
バティンが人質に取っていたのは小春姫ではなく、ヴィクトルだった。
「顔が似てるから演じやすかったよ。」
「な、なんだと!?」
戦闘に集中していた為、ヴィクトルが小春姫とすり替わっていることに気付かなかった。
「では本物の小春姫は―――!?」
「私はこちらです。」
城五郎の背後から小春姫が現れる。
その手には王権を持ち。
「そこにいたか―――」
「だが、同じ事―――」
「コイツを殺して、お前から王権を奪う!!」
「そうはさせないよ♪」
バティンが押さえつけていると思われたが、その実は逆―――
ヴィクトルがバティンを押さえつけていた。
「さぁ、ベリヤン!!」
「僕ごと、コイツをやるんだ!!」
ヴィクトルはそう云った。
この状況―――、バティンを倒す為に一緒にヴィクトルにも攻撃をしなければいけない。
それがどんなに辛いことか・・・。
ヴィクトルだって理解している。
でもそれがこの世界にとって必要なことなんだとヴィクトルは思っていた。
「拙者がヴィクトル殿を傷つけるなんて―――」
「できないでござる・・・」
「ベリヤン、君なら大丈夫だ。」
「もう偽物の僕がいなくたって、本物のお姫様がいるじゃないか!?」
元々、ベリヤが自分のことを気に入っていたのは小春姫の先祖である人に似ていたからという理由だ。
小春姫が生きているなら、今後はこのお姫様に仕えればいい。
そっちの方がベリヤの為にもいいと思った。
「そんなの関係ないでござるよオォォォーーー!!」
「拙者にとってヴィクトル殿は何物にも代えられない存在でござるッ―――!!!!」
ベリヤは泣きながらそう叫んだ。
とても感情が詰まった叫びだった。
それを見た小春姫はその思いを汲み取ったのか、自ら王権をバティンへ差し出した。
「姫様、何を!!」
城五郎が止めようとした。
しかし、小春姫は止まらない。
「これが望みなんですよね―――」
「だったら、これを持っていますぐ兵と共に去りなさい。」
小春姫は国民が傷つき、倒れている姿を見て耐えられなくなった。
「・・・・本当にいいのか?」
「ダメだ姫様!!」
ヴィクトルも止める。
「ええ、いいでしょう―――」
「ただし、今すぐ帰りなさい。」
「それが条件です。」
「・・・・・分かった。」
「兵は引こう。」
「こちらもかなり消耗した。」
「ヴィクトルさん―――」
「離してあげてください。」
小春姫はヴィクトルを見つめて、そうお願いした。
「ッ~~~~!?」
ヴィクトルは聞き入れるしかなかった。
こうして、バティンに王権が渡り、彼らはオリエンシャルペイから去っていったのだった。