第739話 【デルタ∴カラミティ】オリエンシャルペイでは⑤
~極東の島国 オリエンシャルペイ~
アガレス―――
元々はハイロンの配下だった悪魔。
死霊術を探求し、生物の魂を己の手足として扱う。
自分の手駒である魂の能力を引き出す術に長けている。
色々な才能を持つ魂をコレクションし、それを使役する。
魂に刻まれた能力は生前のポテンシャル。
例えば、剣の達人の魂を操れば、それは鋭い斬撃を生み出す。
賢者の魂を操れば、高度な魔法を発動できる。
アガレスはそうやって、人の魂を利用して戦う。
「これらの魂はそれぞれが意思を持つ―――」
「戦場で散った彼らは成仏することもできず、私に力を貸してくれる。」
「アンタが無理矢理利用してるだけじゃないの?」
ヴィクトルは懐疑的な眼でそう云い放つ。
「・・・っ!?」
アガレスがヴィクトルを睨む。
自分の美学を貶されたと思い、ヴィクトルに敵意を持った。
「貴様に何が分かる?」
「彼らは私に使われることを望んでいる―――」
「彼らは戦場を求めている。」
「生者を強く憎んでいるのだよ!!」
「ふ~~ん、まぁ僕には一生分からない話だ。」
「アンタとは気が合わなそう。」
「ただそれだけだね。」
ヴィクトルはアガレスの気取った感じが気に入らなかった。
シンに操られているとは言ってもその前の性格までは変わらない。
根本的に分かり合えない人種なのだ。
「城五郎―――」
「アンタは姫様を護ってて。」
ヴィクトルがそう云って、城五郎が頷く。
ヴィクトルが自分の身体を液状化させ、アガレスに近づく。
真正面―――
あくまで真正面から挑むつもりだ。
バカが、無防備に近づいて来るとは・・・。
アガレスは内心ほくそ笑む。
ヴィクトルをバカだと嘲笑った。
この手の相手に不意打ちは意味がない。
だったら真正面から行っても変わらないとヴィクトルは思った。
人魂がヴィクトルを囲む。
いつでも攻撃ができるようにだ。
「ヴィクトル―――」
「既にお前のことを囲んでいるぞ。」
ギリギリ―――
ヴィクトルの手が届かないであろう、ギリギリまで引き付ける。
その位置で、アガレスは人魂たちに命令を与えた。
ヴィクトルを討て!と
その命令を忠実にこなす魂たち。
一斉攻撃がヴィクトルに迫る。
まるで西部劇のガンマンの様だ。
アガレスが先に拳銃を抜いた。
だから、ヴィクトルはそれに反射的に動く。
ギリギリでその一斉攻撃を躱して、低い体勢から液状化した手をすぼめて、アガレスに向ける。
一切の力みをなくし、腕、肩、指先に至るまで完全なる脱力。
その完全なる脱力からの生み出されるは最速の居合。
かつて、サムライ達が日々の修行の中で編み出した脱力からの居合。
それをヴィクトルは数多の戦闘経験から生み出す。
一介のサムライである城五郎はこの時のヴィクトルからサムライの居合を感じたと言う。
筋肉を液体のように完全に弛緩し、脱力を完成させ、驚異的な"スピード"を生み出す。
熟練した武術の達人が可能にするその境地。
実際にそれをやろうとした時、本当に身体が"液体"だった場合、どうなるか。
答えは簡単だ。
武術の達人が生み出す脱力以上の"スピード"を生み出す。
その一瞬から―――
ヴィクトルの突きがアガレスの胸に突き刺さった。
「アガっ――ー!?」
そんな苦しそうな声を上げるアガレス。
まさに予想外!!
こんな速度がこんな子どもみたいな奴から生み出されるなんて―――
アガレスはそう思った。
「ハァー、ハァーー!!」
「完全に予想外だった!!」
「しかし、もう同じ手は通じない!!」
「私の人魂全てを使い、お前を全身全霊で叩き潰してやるッ!!」
本気になったアガレス。
しかし、本気になるのが、遅すぎた―――
「次なんてないよ―――」
「アガレス・・・アンタは既に負けている!!」
「何だとォ!!」
アガレスはこの時、頭に血が昇っており気付いていない。
ヴィクトルの放った一撃、その効力を。
ヴィクトルが手を見せるように顔の前まで上げる。
この時初めてアガレスは気付く―――
ヴィクトルの手が紫色になっていることに。
「ま、まさか・・・それは!!」
そうだ、ヴィクトルは自分の手に毒を付与していた。
スライムなのだから、自分の身体から毒が生み出せていてもおかしくはない。
完全な脱力からの一撃に加えて、毒による戦闘不能。
これがヴィクトルがアガレスを討つ為に考えた戦法。
「ああ・・・アァーー!?」
早速、毒が回り始めた。
アガレスの息が苦しくなる。
「アガレス―――」
「どうだい?今度はアンタが死んで魂になる番だ。」
「アンタは魂のまま誰かに利用されることを望むかい?」
「そ、そんなこと―――」
バタっ―――!!
アガレスは言葉を言い切ることなく、そのまま倒れ、絶命した。
その表情はとても悔しそうでやり切れない表情だったという。
バアアァァーーン!!!
大きな音を立てて、壁が崩れ去る。
「何事だ!?」
城五郎は大きな音のなる方へ顔を向けた。
天守閣の壁に大きな穴が開く。
そこにいたのは闘争中のベリヤとバティンだった。