第729話 【デルタ∴コサイン】きっと世界は綺麗なままで
~アダムス 失楽園~
シーオスは既に戦闘不能、倒れるシーオスの前に立つは一人の善殺者であるキルマ。
勝負は決している。
「わ、私がこんな所で・・・!!」
恨めしそうな眼でシーオスはキルマを睨む。
自分の理想を叶えることができなくて口惜しいのだろう。
「さぁ、ラストスパートなの。」
キルマは神聖剣を強く握りしめ、天へと掲げる。
あと、少し―――
力を込めて、その腕を振るうだけでシーオスの命を刈り取れる。
キルマはこのシーンに既視感を覚える。
そうだ―――、私が初めて進と出逢った時の決着も同じような感じだったの。
進がキルに止めを刺そうとする瞬間が脳裏を過る。
あの時は死ぬかと思った。
シーオスも今同じような気持ちなのだろうか。
キルマはそんなことを考えてしまった。
でも、それは至極当たり前の感情。
いくら敵とはいえ、その者にだって家族や友人など大切な人がいるだろうとか思うのが普通だ。
しかし、キルはそんな教育を幼少期の頃から受けてこなかった。
敵は殺す者―――、そんな戦場の中で育った彼女にとって、その普通こそが異常だったのだ。
それがアルマと融合したことで彼女にとっての普通が壊れた。
今のキルマにとって、シーオスを殺すことにある種の葛藤が生まれ始めていた。
"このシーオスは恐らく、最後の一人・・・この人の命を奪ったら本当にシーオスという人間は消え去るの。"
キルは迷う―――
"キルさん・・・。"
"アルマ・・・私はどうしたらいいの?"
アルマもまた、シーオスと幼少期過ごしたことを思い出した。
「最後に聞かせて下さい―――」
「何故、アンジェを殺したのですか?」
「未央さんから聞かされました。」
「アンジェが貴方によって無惨な死を遂げたと。」
アルマの言葉を口にする。
「人は死ぬことで苦しみから解放されます。」
「私は彼女を現世に生きるという苦しみから解放したにすぎません。」
「何が貴方をそうさせてしまったのですか・・・!?」
昔はこのような人ではなかった―――
幼い頃から親代わりだった。
『アルマ・・・周りの人を大切にしなさい。』
『そうすれば、きっとみんなも貴方のことを大切にしてしてくれますよ。』
シーオス司祭は修道院で育った私にそう教えてくれた。
両親のいない私に対して生きていく為に必要な読み書きや魔法を優しく教えてくれた。
そして、その崇高な精神や倫理感も貴方から教わったのです。
「私達、自身がこの世に生まれ落ちたこと自体が過ちなんですよ。」
だから、貴方の口からそんなことを聞きたくはありませんでした。
もうあの時の貴方はいないんですね・・・。
自然と涙を流すキルマ―――
アルマの感情が強く表に出てしまった。
アンジェの死と共にこれまで裏でいくつもの次元を滅ぼしてきたということも未央から聞いた。
その話を聞いた時、とてもショックを受けた。
未央がウソを付いているのかもしれないとも思った。
でも、その眼からウソではないとすぐに分かった。
シーオス司祭は本当に多くの罪なき人を殺めて来たんだ。
"アルマ・・・それなら私も同じなの―――"
"これまで多くの人を殺してきたの。"
"それはきっと『許される事』じゃない。"
"私はその十字架をこれからずっと背負って生きていかなければいけないの。"
"私にこのシーオスのことを間違っているという資格はないの。"
"だから貴方自身が言わなきゃいけないの。"
"それは間違っているって―――"
"はい・・・。"
「シーオス司祭・・・貴方は間違っています。」
「人は確かに幸せを感じるだけじゃない、時には辛く不幸な目に遭うこともあるでしょう。」
「でも、人はその辛さを乗り越えることができます。」
「死ぬことはその苦しさを乗り越えている訳ではありません。」
「立ち向かう機会を失っているんです!!」
「貴方の我儘でその機会を奪うことは有ってはならないことです!!」
アルマはシーオスにそう告げる。
「アルマ・・・許してください・・・。」
「私はこんな所で死にたくない―――」
「・・・・~~~~っ!?」
シーオスは涙ながらに命乞いをする。
"アルマ・・・どうするの?"
"いや、どうしたいの?"
きっとこのまま、キルの力を借りて、シーオスの命を奪うことは簡単だ。
シーオスをこのまま放置したらきっと同じことが起こる。
また罪なき人が死ぬかもしれない。
でも、わずかな希望があるんじゃないか?
もしかしたら改心するかもしれない。
そんな淡い期待もするアルマ。
それに育ててもらった恩もある。
だから葛藤する。
人の生死を決定するのがこれほどまでに苦しいとはアルマも思っていなかった。
"皆さん、いつもこんなことを平気な顔でやっていたのですね・・・。"
"殺したくないでしょ?"
キルはアルマのことをよく分かっている。
"はい”ぃ”!!"
アルマが心の中で泣きながら訴える。
だったら、それが正解だ。
"キルマの姿でこれ以上アルマに手を汚させたくない。"
キルはそう思い、融合を解除する。
その瞬間だった―――
「極大白魔法:最後の審判!!!」
完全に戦闘不能かと思われたシーオスが特大の魔法を発動する。
「クッ・・・なんて威力なの!!」
「ハァハァ・・・最後に笑うのはこの私です・・・!!」
「この周囲一帯を全てなかったことにしましょう!!」
自分の敗北が受け入れられないのだろう。
シーオスは既にシンや他のネオ魔王軍のことなど一切考えず、自暴自棄になる。
「まだ魔法は完全に発動していないの。」
「その前にアイツを倒せば、防げるの!!」
巨大な白魔法の魔力球がシーオスの前に集まっている。
アレを撃たれたら本当にこの周囲一帯が焼け野原になるだろう。
"ど、どうしましょう―――"
アルマも動揺している。
こんなことなら融合を解除しなければ・・・。
今から飛び込んでも間に合わない。
キルがそんな後悔をしている時だった。
「シイイィィィーーーオスゥゥゥーーー!!!!!」
男の声が聞こえた。
とても怒気の籠った怒号だった。
「そ、その声は・・・!!」
背後から巨大な槍で貫かれるシーオス。
シーオスが震える首で後ろを振り向くと見知った男の顔があった。
その男はヴィシニス―――、ネオ魔王軍の幹部の一人。
かつて、自分の故郷をシーオスによって滅ぼされた男。
「間に合ったみたいだな―――」
「メルクロフ!?」
「無事だったの―――」
キルはそう云った。
ダークエルフのメルクロフが自分の後ろから走ってやってきた。
「あの男は一体何なの・・・?」
「私の戦友だ・・・。」
メルクロフはそう答える。
メルクロフも知っている。
シーオスがヴィシニスにとって仇であることを。
「ぐおおおぉぉぉーー!!この負け犬がああぁぁーー!!」
突然のヴィシニスの登場が完全に想定外だったシーオス。
こんな者など普段の私なら・・・!!
「シーオス・・・本来なら背後から襲う行為―――」
「私の主義ではないが、卑劣な貴様になら私はその主義すら曲げさせてもらうぞ!!」
「貴様に恨みが張らせるなら本望だッ!!」
「ク・・・クソオォォーーー!!!」
シーオスの発動しようとしていた魔法は詠唱が切れ、空間に霧散した。
しかし、そのエネルギーは空間に亀裂を入れ、次元の裂け目が開いた。
「ヴィシニス!?」
メルクロフが声を上げる。
「すまない・・・メルクロフ―――」
「どうやら生きるという貴様との約束は果たせそうにない。」
「だが、私に後悔はない!!」
「宿願であった打倒シーオスが果たせるのだからな!!」
そう云って、ヴィシニスはシーオスと共に自ら次元の裂け目に飛び込んだ。
「さぁ、シーオス!!」
「私と共に行くのだ!!」
「貴様となら地獄だろうが付き合うぞ!!」
「ヴィシニスゥゥーーーっ!!!」
メルクロフがヴィシニスの名前を叫ぶ。
ヴィシニスはシーオスと心中するつもりだ。
「私がこんな負け犬に・・・やられるなど・・・!!」
「うわああああぁぁーーーー!!!」
そんな最期の声を上げて、シーオスとヴィシニスは共に次元の裂け目へと落ちていった。
「愚か者が・・・自分の命を捨てやがって!!」
メルクロフは悲しそうな眼をする。
「シーオス司祭・・・。」
"アルマ・・・これでよかったのかもしれないの。"
"どっちみち私達じゃ、シーオスを裁くことはできなかった。"
"ただ、それだけのことなの。"
"来世は幸せに生きてくださいね・・・"
そう云って、アルマはシーオスに祈りを捧げるのであった。