第719話 【デルタ∴タンジェント】明日が今日よりもいい日でありますように
~アダムス 立体武器庫~
コイツ・・・【オレ】と同じ"力"を・・・!?
タイアンの技術特異点が可能にする戦闘スタイルの模倣。
急速な程の成長―――
それが技術特異点。
「恐怖からの解放・ナックル!!」
「恐怖からの解放・ナックル!!」
交差する拳、何物にも縛られない自由な拳が両雄の頬に当たる。
顔を大きく歪ませて、両者は汗と血を飛び散らせる。
恐怖からの解放・ナックルもコピーしやがった・・・。
次は左の拳を大きく振りかぶり、殴り掛かる。
タイアンも同じように左の拳を大きく振りかぶり、殴り掛かる。
まるで新がもう一人いるみたいだ。
「時間からの解放・ナックル!!」
「時間からの解放・ナックル!!」
時間に縛られない拳骨―――
フルスロットルの拳が両者の顎を下から抉る。
両者の足が地から離れる程の威力。
タイアンは思う―――
"力"を求めて、己を鍛えてきた。
常に上だけを見て、上り詰めてきた。
自分が成長したと実感した時、それは勇気が沸き、次の自信へと繋がった。
それは今も変わらない。
世界が一つになるその瞬間まで今日という日に感謝しよう。
「アラタ・・・私は貴方に感謝してるんですよ。」
「これだけ私をより高みへ押し上げてくれた貴方にね。」
「あぁ、そうかい。」
「お、【オレ】だって、同じだ。」
「今日はめっちゃ楽しいぜ!!」
「こんなワクワク、久しぶりだ!!」
敵意や殺意は二人にない。
それこそ、純粋な闘争心、競争心しかない。
恨みっこなしの真剣勝負。
やるかやられるかの世界。
野生の勝負とでもいうべきか。
それを二人は体現している。
これは漫画や小説でなければ、アニメでもない。
これは現実であり、作り物じゃない。
天童・・・ワリィ・・・約束守れねェーかもしれねェ。
みんなで一緒に帰るっつー約束。
「ハアアァァーーーー!!!」
「アラタアァーーー!!!」
「無からの解放・ナックル!!」
タイアンが黒い閃光と共に硬く握り締めた拳骨を新に当てる。
希望や絶望、全てを飲み込む打拳。
ドン!!
ドン!!ドン!!
ドン!!ドン!!ドン!!
ドン!!ドン!!ドン!!ドン!!
腹の中で何重にも振動が膨れ上がる。
これは・・・先ほど新が使った力。
回数という縛りを取っ払った無限のラッシュ。
「終わりだ―――」
「アラタ!!」
それが今度は新が受ける番になった。
力を行使した後、タイアンの右手は血管が膨れ上がり、激しく血を巻き上げる。
既にタイアンの右手は限界を迎えている。
国や大陸なんてちっぽけな話じゃない。
この力は世界を変える―――
"新・・・【オレ】を出せ!!"
"それはお前じゃ、無理だ!!!"
新の中の怪物もそう云っている。
既に新の浸食率は80%を超えて、95%近くになっている。
怪物はもう新の中から出かかっている。
新と一体化しようとしている。
「ウルセェーよ!!」
「今日のこの一瞬、サイコーの瞬間を邪魔すんじゃねェーよ!!」
「ブチ殺すぞッ!!!」
怪物を押し込める新。
無からの解放・ナックルをどうにかするようだ。
痛みから解放される痛みからの解放・ナックル?
それとも時間に縛られない時間からの解放・ナックル?
いや、これじゃタイアンは超えられない―――
このままじゃ、ダメだ!!
このままじゃ、コイツは超えられねェー!!
「天童、未央ちゃん・・・。」
「みんな・・・。」
「俺だってさぁ、帰りてェーよ・・・。」
「元の世界によぉ・・・。」
「今日で世界が終わる?」
「ふざけんな―――」
「そんな現実、俺は望んじゃいねェーー。」
「明日が今日よりもいい日でありますようにって―――」
「この世界の奴らは明日を願ってんだよ。」
「明日を待ってんだよ―――」
「自分たちの都合でそれを踏みにじるんじゃねエエェーー!!!」
新は新しい力を求めた。
新の拳が光る。
無からの解放・ナックルを超える新たな力。
「不変からの解放・ナックル!!」
真の自由は『変化』できること―――
変わることを恐れないこと。
終わらないことに価値を見出し続けていては人は変わらない。
新はそう願った。
「私の無からの解放・ナックルが・・・!?」
「行けエエエェーーー!!!」
新は無からの解放・ナックルを破り、タイアンの顔面に向けて不変からの解放・ナックルを放った。
「ウオオォォォーーー!!!」
殴られる瞬間、タイアンに自分の過去の想像が流れる。
そうして、自問自答する―――
自分は幸せだったのかと。
力に狂わされた人生―――
自分の時間の終止符を打つのもまた力なのだと。
「フッ、これも因果応報か―――」
「最後に楽しかったです、アラタ。」
タイアンは倒れた。
そして、新もすぐあとに倒れる。
勝者はいないのか?
どちらかが負けを認めるまで続く勝負。
「ハ、ハハハっ・・・。」
タイアンは息も絶え絶えに立ち上がる。
自力で立ち上がる程度の体力は残っていた。
彼は倒れた新の元へゆっくりと進み、新の顔を見る。
「勝者は最後に立っていた者―――」
「この勝負、私の勝ちです。」
タイアンは新にとどめを刺そうと、腕を振り上げる。
「ウッ・・・・!?」
低い声をタイアンは上げる。
頭に激しい痛みが走った。
腕が動かない。
思うように身体が動かない。
「ハハ・・・アラタ・・・貴方は本当に運のいい人です。」
頭の中の脳チップが壊れた―――
最後の新の一撃に耐え切れなくなったのだろう。
「いいでしょう―――」
「貴方の命は次に会った時まで預けておきますよ。」
足を引きずりながら、タイアンは漆黒の闇へと姿を消した。