第634話 【待機&防衛組】天国への道は悪意で舗装されている
~無の空間 四元~
未央―――、起きるんだ!
未央!
進ちゃん?
馴染みのある声が聞こえた気がしたんだ。
その声に呼応するように未央の意識が覚醒する。
う~~ん、ここは一体どこだろう―――
未央はどうやら意識を失っていたらしい。
辺りを見渡す。
ぐにゅぐにゅと自分の身体を覆う、暗黒の物体。
無性にイヤな感じがした。
生理的に無理ってヤツだ。
自分の全身をムカデみたいな節足動物が這いずり回るみたいな。
反射的に未央は魔力を解放し、自分の周囲を取り囲んでいた漆黒の物質を払いのけた。
「何ここ・・・!?」
"未央、やっと起きたか!"
「アリちゃん―――」
「ココは一体?」
"どうやらあのシーオスという男によって、別の時空に飛ばされてしまったらしい。"
「それヤバいじゃん!!」
「早く戻らないと・・・。」
「アリちゃんの力でどうにかならないの?」
未央が無茶なことを言う。
"そうは言ってもだな―――、ここがどこかも分からなければ・・・帰りようがないぞ。"
「それもそっか・・・。」
「ここはどこなんだろ?」
改めて辺りを見渡す。
見渡す限り荒廃した大地。
空は淀み、水は枯果て、緑の生命は何一つない―――
辺りは高温なマグマが沸いているような到底人が住めるような土地ではない。
そんな未央達に一人の少年が近づいて来る。
「お姉ちゃんたち・・・どこから来たの?」
ボロボロの衣服にガリガリの身体。
何日もまともな食事を取っていないのだろう。
「君、もしかして魔族・・・?」
肌の色といい、頭の角といい、魔族の特徴がある。
"ココはもしかして、あのアル・カーシーとかいう魔族のいた時空か?"
「アル・カーシー・・・たしか、四元の戦士とか名乗っていたね―――」
「お姉ちゃんたち、もしかしてアル兄ちゃんを知ってるの?」
少年はアルを知っているようだった。
「ねぇ、君―――」
「やっぱり、ここは四元って場所なの?」
「うん、そうだよ―――」
「君以外に大人はいる?」
「いないよ―――」
「僕たちはみんな一緒に過ごしてたんだ。」
「でもある日、突然・・・」
少年は何があったのか話してくれた。
ある日、現れたシーオスという男によって、この世界は狂わされた。
彼は天国へ導くと言い、大人達を虐殺し、残った子どもの中から優秀な人材を手駒にして他の時空へ侵攻していったらしい。
しかも、その子ども達の親族は人質にして言うことを聞かせていたという。
司祭の皮を被ったあの男はとんだ鬼畜だったというわけだ。
この荒廃した世界も全てシーオスのせいってこと?
改めて、未央はシーオスという男が許せないと感じた。
「ねぇ?アリちゃん―――」
「私、久しぶりに怒ったかも―――」
"未央―――"
"何をする気だ!?"
未央の周りに魔力が集まって来る。
「私は自分の幸せの為に誰かの幸せを踏みにじる人が許せないっ!!」
「黒魔法:暴食の日食!!!!」
まぶしい光が周囲を照らす中、その一点にどす黒い球体が生まれる。
暴食の日食は、世界の物理法則、概念を消し去れる。
シーオスが空間へ転移させてきたのならその逆を辿る。
出来ないなんて言わせない―――
必ず出来る!!
未央の思いに応えるように眼の前に異次元の穴が出現する。
"未央―――、また無茶なマネを!!"
アリスが説教っぽく言った。
暴食の日食は、どんな理不尽も喰らい尽くすがその反動は大きい。
「ハハっ・・・やったよ!」
「アリちゃん。」
「ねぇ、君―――」
「私達の世界に来ない?」
「ここよりはずっといいよ。」
未央はその魔族の子に云った。
「お姉ちゃんのいた世界?」
少し迷っていたようだが、まっすぐとした瞳を未央に向け、首を縦に振った。
「僕の妹達も連れて行っちゃダメかな?」
少年はそう云った―――
「勿論、大丈夫だよ!!」
未央はそう云って、少年たちを歓迎した。
すぐに少年はここにいた人達全員を連れてきた。
多分、この世界は近い将来消滅する。
ここにいたら破滅は間違いない。
彼らはヌバモンドへ来ることを承諾したのだ。
「じゃあ、行くよ―――」
未央は先頭になり、時空の穴を通り抜けた。
~国境付近の村 ライム~
「よっと―――」
「わわっ!!」
少年が次に穴から出てきた。
慌てていたのか、転んでしまう。
「大丈夫?」
「う、うん―――」
「ココがお姉ちゃんの世界なんだね!」
眼をキラキラさせ、少年は立ち上がる。
自分の生まれ故郷を知っているとココがどれだけ素晴らしいか分かる。
「おぉーー、太陽など数年ぶりに見たわい。」
「我々をお救い下さり、ありがとうございます!!」
次々に少年が連れてきた子供や老人が穴を抜けてやってきた。
あの時空の数少ない生き残り―――
聖王国で、ウィルに保護してもらおう。
未央がそう思って、目を横にやった。
未央は眼を疑った。
いや、一目でそれがアンジェだったものだと気付いた。
「アンジェ・・・ちゃん?」
見るも無残な姿だった。
頭部が握り潰され、顔がグチャグチャにされていた。
尊厳など無いに等しい。踏みにじられている。
「ヒドイ・・・酷過ぎるよ―――」
"未央―――、残念だがコレが戦闘というものだ。"
アリスがそう云ったが、未央の耳には入らない。
これをやったのは間違いなく、シーオスだ。
「黒魔法:黒の棺」
未央は手を震わせて、アンジェの遺体を自分の魔法を使って丁重に扱った。
彼女の遺体を彼女の故郷である聖王国へ届け、安らかに眠らせてあげる為。
「アンジェちゃん―――、絶対に聖王国に届けるからね。」