第619話 【待機&防衛組】言及
~聖ミラルド城 応接室~
昨日の公国側の人間が殺害された件で早くも公国側が動いた。
早すぎる程の対応―――
まるで、こうなることを予想していたかのような早さだ。
魔族がウヨウヨいる国にスパイを潜り込ませたのだ―――
それなりの保険は掛けていたのだろうか。
それとも、こちらが証拠を隠蔽しないように早く動くことにしたのだろうか。
それは分からない。
「―――で、公国の方々が我が国に一体どういったご用件で?」
素知らぬ顔で話を切り出す。
聖王国側の窓口が公国の使いと話しをする。
「えぇ、昨日この国で我が国の者が殺害されたと聞きましてね―――」
「その詳細を教えていただきたいと思い、こちらに参りました。」
「確かに昨日一人の青年が無惨に殺害されたと報告を受けましたが―――」
「それを何故公国の人間が知っているのですか?」
「どこからその情報を?」
聖王国側からしたら当然の質問―――
事件が発生してから半日余りしか経っていない。
あまりにも来るのが早すぎる。
「魔道具の力です―――」
公国の使いはそう答えた。
「魔道具の中には持ち主とリンクして生きていることを示す物が存在します。」
「その魔道具が今回、彼の死を伝えてくれました。」
なるほど―――、世界は広い、そういう魔道具が有っても不思議ではない。
「しかし、それにしても早すぎはしませんか―――?」
「彼が亡くなられたのは昨日の真夜中。」
「貴方が来られたのはそれから半日程度経った今。」
「まるで彼の身に危険が訪れることを知っていたかのようだ。」
公国からここまで転移なしなら半日程度掛かる。
だから、あの青年が殺されたほぼ同時刻に動きだしていたことになる。
それか、転移のスキルを使用してここまで来たのか。
それにしても早いが―――
彼が公国のスパイだったことは聖王国の窓口である彼も認識している。
しかし、それは知らないふりをして話を進めている。
あくまでも彼は観光客だった―――
そういう体にしておいた方が不信感を抱かれにくいからだ。
「そんなことはどうだっていいでしょう!!」
公国側の使いが言葉を荒げる。
答え辛いから声を荒げるのだろう。
まぁ、いいか―――
「彼の亡骸は貴方達に引き渡します―――」
「本国で安らかに眠らせてあげてください。」
正直、公国とこれ以上揉めるのも本意ではない。
穏便に済めばそれでいい。
「そんなことは当たり前ですッ!!」
「しかし、我が国はそれだけが望みではありません!!」
「犯人の追及!!」
「それは譲れませんッ!!」
やはり、そう来たか―――
「我が国でも今回の事件の犯人特定には力を入れていく所存です。」
「見つけ次第あなた方にもお知らせはしますよ。」
「本当に力を入れてくださるんですかね・・・?」
使いは訝し気な顔を見せる。
信じてはくれていないようだ。
何ともご立派な性格をしていらっしゃる。
傲慢というか図々しいというか―――
まぁ、だからこそ適任だとこちらに派遣されたのかもしれないが。
「信用されていないということですか?」
「最近、この国では大量の魔族を受け入れられたとか?」
「先ほども街中を歩いてくる途中、魔族を何人も見かけました―――」
「はい、それが新しい王の意向ですので―――」
「正気ですか?」
「魔族は残忍で狡猾な種族!!」
「そんな者達を受け入れるなど―――!!」
魔族批判、公国の人間なら当然か。
「・・・・・」
「彼らはとても温和で穏やかな魔族達です。」
「貴方達が思っているような存在ではありません。」
「それに―――、それが今回のことと関係ありますか?」
「まさかその魔族がやったとおっしゃりたいのですか?」
「・・・・・・・いえ、そこまで言いたいわけではありません。」
嘘つけ―――
お前たちはなんだかんだ因縁を付けて全て魔族のせいにしようとしているだけだ。
「その可能性が高いと言ってるのです。」
ほら見ろ―――、結局疑っているんじゃないか。
「彼らがやったという証拠はありません。」
「必ず貴方達にも調査の結果は共有いたします。」
「だから今日の所はお引き取り願います。」
「ちゃんとお願いしますよ!!」
そう云って半ば強引に公国側の使いを帰した。
今のやり取りを本国に持ち帰り、公国側で今後の動きを決定するらしい。
最悪、戦争まであるぞコレは―――
向こうは魔族を敵視している。
魔族を受け入れた聖王国が気に入らないんだろう。
俺だって、前は魔族が恐かった―――
でも、あの日―――
聖王国を大量の魔物や囚人たちが襲ったあの日。
俺を―――、俺の家族を守って闘ってくれたのは他でもない、彼ら魔族達だ。
だから俺はあの魔族達に恩がある。
それに彼らと共に過ごすうちに分かった。
彼らも全てが悪という訳ではない。
人間と同じだ。
悪い魔族がいるってだけ。
良い魔族だっているんだと分かった。
聖王国の窓口として働いた彼はこの後、ウィル達に状況を報告する。
公国の動向調査、そして公国のスパイを殺した犯人の捜索、それが今後の課題だろう。
しかし、この一件が聖王国と公国の溝を深める結果となってしまったことには変わらない。