第596話 【魔王城潜入組】死者の領域
"もっと、擬態しなければ―――"
百鬼とハイロンの戦闘が開始し、僅か1分程度が経過していた。
既に激しい攻防の中、百鬼は実感していた―――
"このままでは勝てない―――"と。
恐らく、この世界でいうレベル差はほとんどないい。
しかし、絶対的な魔力量、魔力操作、経験値の差が如実に表れている。
例えるならこちらが旧型のリボルバーを使用しているのに相手は最新式のフルオートのアサルトライフルを使用しているような感覚。
どれだけ速く斬り込んでもヤツは指先一つで幾重にも張り巡らされた厚い魔法障壁を展開できる。
ジリ貧は間違いなし―――
さらに時間停止魔法、空間圧縮魔法、物質創造魔法、身体強化魔法・・・何でもござれの魔法のエキスパート。
各種耐性を有している百鬼にとっても全てを退けるのは少々キツイ。
そして、ハイロンに勝つ為にはどうすればいいか結論を出す。
"もっと、擬態しなければ―――"
幼い頃から周りに合わせて自然に振舞うのは得意だった。
クラスでもカースト上位に属するわけでも、かといって下位のカーストで虐げられるわけでもなかった。
周りに合わせて上手くやることに長けた子どもとして周囲から評価されていた。
そんな自分がまさか異世界で化物どもと闘うことになるなんて、当時は思いもしなかっただろう。
ヤツの身体は医学上、生物学上、既に死んでいる―――
細菌による腐食、毒化は不可能。
というよりも、流石は六魔将というべきか。
あらゆる状態異常に対して耐性を持っているようだ。
これが"ボス耐性"ってことですか―――
百鬼は短時間で分析する。
ドオオォォーーン!!
上の階層で爆発音が響く。
どうやらベロニカ達が誰かと戦闘を始めたのだろう―――
「どうやら、向こうも闘いが始まったみたいですね―――」
ハイロンは倒れる百鬼を見下ろし、そう云った。
ハイロンの表情は自信たっぷりだ。
絶対にベロニカ達が勝てないと思っているのだろう―――
一体、上の階でベロニカ達が闘っている相手は誰なんだ?
百鬼は考えるが、結局、そんなこと答えなんて出る訳ないとすぐに考えることを止める。
そんなことよりも自らの闘いに集中しなければいけない。
「あのパーティでは貴方が一番、戦闘力が高いと見ました―――」
「その貴方がここで這いつくばっているようでは、あの3人に11階の突破は難しいでしょうね―――」
ハイロンは指先を動かし、周囲に小さな妖精達を出現させる。
妖精たちは倒れている百鬼の周りを数メートルの間隔を開け、取り囲む。
百鬼をいつでも攻撃できるように準備している。
「私があの中で一番強い―――?」
「それは誤った情報です。」
百鬼はゆっくりと立ち上がる。
「何っ!?」
下らない言葉と思いつつもハイロンは百鬼に聞き返す。
「あの中で一番強いのは私ではなくベロニカです―――」
「だから、きっとベロニカなら11階を突破するでしょう―――」
百鬼は言葉を続ける。
「ふん、下らないですねェー!」
ハイロンは指先をちょいと曲げ、妖精たちに合図を送る。
妖精たちは一斉に魔力を放出する。
「風の精よ―――」
「全てを切り裂く刃となれッ!!」
「翠魔法:疾風の刃!!」
妖精には精霊で対抗する。
百鬼は妖精たちの全ての攻撃を相殺する。
百鬼の周囲に風が吹き起こされる。
「擬態する気体!!」
百鬼の擬態する気体は細菌を操る。
「またそのスキルですか―――!!」
「私には何度やっても通用しないと何故分からないのです!!」
ハイロンの足元に巨大な魔法陣が作られる。
どうやら、そろそろハイロンも本領を発揮するようだ。
「ずっと研究ばかりというのも腕が訛ってしまいますからねェー。」
ハイロンは百鬼のことを丁度いい運動相手位にしか思っていなかった。
何て大きさの魔法陣―――
コレが六魔将の力だと云うの?
百鬼はその力の大きさに改めて驚く。
これまで天童 グループの特殊訓練で数多の戦闘訓練を積んできたが、ハイロンはそれとは比べ物にならない強敵。
「灰汁魔法:腐敗する生者!!」
百鬼は後ろに跳ねのけた。
脅威―――
瞬間、危険を察知して避けるしかなかった。
ハイロンの近くは危険だと本能で察知して反射的に後ろへ避けたのだ。
先ほど倒した周囲の検体はブクブクと音を立てて腐って汁状になる。
「腐っている・・・!?」
百鬼はそのことに気付いた。
「貴方だけではなく―――」
「私も生物を腐らせることが出来るんですよ―――」
ハイロンはそう云った。
ハイロンの灰汁魔法は『腐敗』に特化した魔法のようだ。
どうやらハイロンはこの灰汁魔法が一番得意らしい。
「逃げても無駄です。」
「灰汁魔法:腐敗の息吹!!」
今度は手を前に突き出し、高速詠唱。
毒々しい色をしたガスがハイロンの手から噴出される。
触れた物全てを溶かしている。
ガスはゆっくりと百鬼の逃げ場を失わせる。
「クフフフ・・・惨めですねェー!」
「そんなことをしても貴方は私に近づけない。」
厄介な攻撃方法だ―――
そしてさらに厄介なことにこの腐敗効果がハイロン自身には何も意味がないことだ。
云わばヤツの身体は既に腐っている。
つまり、死者には腐敗効果がない。
それどころか、ヤツの体力はこの瘴気で回復すらしている。
攻撃と回復を同時に行っているようなものだ。
「触れるのは危険ね―――」
「でも・・・」
いつもの百鬼だったら、こんな危険な賭けには出ないだろう。
勝利が絶対の仕事人にとって、試行錯誤をすることは有っても初っ端に賭けに出ることはまずない。
勝てる保証がないからだ―――
だけど、今は赤目が下の階で全力で闘っている。
あの目は死ぬ覚悟の眼だ。
だったら、私も私のやるべきことをやるだけなんだ―――
「クフフフ・・・そろそろ息の根を止めた頃合でしょうか―――」
ハイロンはそう云って、余裕そうだ。
自分の周りには腐敗の煙が敷かれている―――
生者は入って来れない。
そう思い込んでいた。
しかし、そんな考えはあっさり打ち砕かれる。
勝負は一瞬―――
勝機があるなら全力で掴む。
「随分楽しそうですね―――」
冷たい一言がハイロンの耳元で聴こえる。
「そんな・・・馬鹿な!!」
ハイロンが振り向くと同時に刃がハイロンの胴体を斬りつける。
浅いッ―――!!
一瞬、ハイロンが時間を停止させた。
流石ともいえる反応速度だが、百鬼はそんなことには動じない。
続けざまの追撃―――
さらに一閃がハイロンの右肩を斬り裂き、右腕を切断する。
「クゥゥっーーー!!」
今度はハイロンが後ろへ引いた。
まさか自分が引くことになるなんて思いもしなかった。
屈辱を感じながらも、百鬼を観察する。
何故、生者は入れない腐食エリアに入門できたのか冷静に分析する。
そして、結論付ける。
「貴様まさか、適応したのか!!」
「この私の魔法にッ!!」
「えぇ、そうです―――」
「擬態するということは空気と一体化し、自然になること。」
「貴方の魔法と同一成分に擬態することで私にとって自然なものとしました。」
さも当たり前のように話す百鬼。
「この小娘がァァーーー!!」
ハイロンは自らの魔法が早々に打ち破られたことに対する悔しさから激高した。