第549話 【ガラドミア遠征組】天聖 スターリン-キル VS 虚無 ヌル②
一体、虚無はどこから生まれたのか―――、自分でも分からない。
目を覚ましたら、荒廃した大地の上にいた。
自分が何者なのか、何のために存在しているのか分からない。
何者でもないのかもしれない。
記憶も自我も何もなかった。
ただ、そこにいるだけ―――
あぁ・・・誰でもいい―――
虚無を満たしてくれ。
~ガラドミア内市街地~
打撃もダメ、斬撃もダメ。
となると、後は魔法しかないの・・・。
キルは頭の中でいくつもの戦闘シミュレーションを行う。
「キル―――、君なら虚無を満たせるかもしれない。」
聖王国でリカント様と闘って、分かった。
リカント様との闘いも幸福を感じたが、アレではまだ足りない。
ただ強いだけじゃ完全じゃない。
一瞬の幸福感で終わってしまい、完全に虚無は満たされない。
これまで強さだけを求めてきたけど、それは間違いだった。
「よし、いくの―――」
キルは覚悟を決めた。
"キルさん―――、気を付けてください!!"
キルの心の中でアルマがエールを送る。
「影魔法:影の潜水!!」
キルは少し詠唱し、地面に映る影の中へ潜り込む。
影の潜水は影の中を水の中みたいに移動できる技。
「影魔法・・・そういえば君の適正魔法だったね―――」
「でも、虚無の無魔法はもっと強いよ―――」
「無魔法:虚無の無効化!!」
ヌルは自分を中心に領域を展開する。
その瞬間、影の中を移動していたキルが外へ放り出される。
「ッ―――!?」
キルはすぐに攻撃態勢を取れるように身を小さくして、武器を構える。
「この空間では無魔法以外の魔法・スキルを無効化する!!」
直径は20メートル程度と云ったところなの―――
キルはヌルの魔法の範囲を目測で判断する。
ヌルの魔法のせいであまり、魔力感知も上手く働かない。
戦闘におけるアンテナを一つ破壊されたような気分だ。
これで魔法もダメということになった。
「キル―――、君ばかり攻撃していてはつまらないだろう?」
「久しぶりに君と本気でやりたくなった―――」
「今度は虚無から行かせてもらうね。」
そう云うと、ヌルは両手をこちらに見せつける。
まるで降参をしているかのように見えるが、そんなことはない。
ニヤッと不敵な笑みを浮かべる。
「無魔法:無尽の刃!!」
そう一言、既にキルの周りを魔法で作られた刀剣が取り囲む。
「エっ―――!?」
あまりにも一瞬のことで流石のキルも動揺の声を漏らす。
発動までの予備動作一切なし―――
属性を持たない代わりに無詠唱、無待機、無危険―――、それが無魔法の特徴。
「はあぁぁぁーーーーーっ!!!」
キンキンキンキンキンキンキンキンキンキン!!
キルはその両手に短剣を持ち、その身に降りかかる刀剣全てを弾き飛ばす。
四方八方から己の命を狙うその剣に全て対応する。
とても人間技とは思えない。
魔族と聖女の力を併せ持つキルだからこそ踏み込める領域。
"キルさんッ!!"
キルの中でアルマが声を上げる。
「私のことなら大丈夫なの―――」
「この程度の物量朝飯前なの―――」
それよりも次のヌルの攻撃が来る―――
「キル―――、君ならこの攻撃にも対応すると思っていた。」
「だから、さらにもう一段上に行かせてもらうよ!!」
そうだ!魔王軍最強クラスのヌルがこの程度なわけがないの。
「無魔法:無惨な無斬!!」
「キアァァァーーーッ!!」
"キルさんの腕が―――!?"
また無詠唱のヌルの魔法が炸裂する。
今度はキルの身体を突然、切り裂く。
「アルマ、静かにするの―――」
「多少身体を傷つけられただけなの―――」
"で、でも―――、血、血がたくさん出ています!!"
遠距離から無条件で相手の身体を切り裂く。
しかも、予備動作一切なしで―――
エグイ魔法なの。
闘いとは理不尽なもの。
突然命を奪われることだってあり得る。
それでも今こうして、自分が両足で立ち、闘志を失わないでヌルと向き合っていることを幸運だとキルは思う。
打撃もダメ、斬撃もダメ、魔法もダメ、おまけに相手は無詠唱で即座に魔法を使ってくる。
やはりヌルはこれ以上ない強敵。
面白くなってきたの―――
キルも不敵な笑みを浮かべる。
「アルマ―――、一旦退くの!!」
"キルさん!!"
キルはまず、虚無の無効化の領域外に出る。
「逃がすと思う?」
ヌルはすかさず追撃。
「無魔法:無形の弾丸!!」
ヌルが人差し指を突き出し、手でピストルのような形を作る。
指先から魔力を放出する。
とても練度は高い―――
ヌル―――、貴方、修行なんてしているところ一切見たことないのに、ここまで強い魔力操作が出来るなんてホント恐ろしいの。
だけど、私は"天才"、いえ"天聖" スターリン-キル。
この程度何ともないの―――
何発も放たれたヌルの魔力弾を紙一重で躱す。
「白魔法:ヒール!!」
キルは自身の胸に手を当て、僅かな詠唱で癒しの白魔法を使用する。
瞬間、辺りは光出し、キルの身体の傷が回復する。
「白魔法・・・?」
「そうか―――、聖女と融合したってのは本当だったんだね。」
「・・・・。」
「どうだい?虚無の力は―――」
「"天才"と呼ばれた君でも手も足も出ないじゃないか―――」
ヌル・・・貴方、調子に乗ってるの。
いや、それとも悲しいの?
何も感じなくてただ退屈な日に嫌気が差しているの?
安心するの―――、今日、この時、私が貴方の虚無を満たしてあげるの。
「アルマ―――、私に力を貸すの!!」
"キルさん―――、何か解決策が思い浮かんだのですね!"
アルマが嬉しそうにする。
"天才" スターリン-キルはこれまでも数々の逆境を超えてきた。
既にこれまでの戦闘でヌルの攻略法は思いついている。
だけどこれは、今までの自分ではヌルに絶対に勝てない。
頭の中で何度シミュレーションをしても自分は敗北すると分かった。
でも、二人なら―――!!
アルマと協力することで、ヌルを打ち破ることが出来るとシミュレーションの結果分かった。
"はい!!私にできることなら何でもやります!!"
アルマは快く承諾する。
「??何をする気だい?」
ヌルは首を傾げる。
キルがこれから何かするようだが、それが何か分からない。
「はああぁぁーーーーー!!!!」
キルは闘気を集中させる。
自分は聖王国で聖女アルマと融合した。
でも、それはあくまで自分の中にアルマというもう一つの意識が住み着いたに過ぎない。
だが、これから行うことは本当の意味での融合。
自分の中のアルマの意識と本来の自分の意識を融合させ、完全に一人の人格として創り変える。
「優しい光は新たな影の力を引き出す礎となれ―――ッ!!」
「極大影魔法:白影融合!!」
白と黒のカラーが混じった装束に瞳の色が左右それぞれ白と黒に分かれる。
バチバチと戦闘の素人でも分かるくらいに強大な白魔法と影魔法のオーラを身に纏う。
「す・・・すごい!!」
ヌルはごくりと生唾を飲んだ。
圧倒的なパワーアップを見せるキルに期待してしまう。
聖王国で真と徳川との戦闘の際に見せた白影融合。
キルとアルマの人格が再び一つになる。
「さぁ、ヌル―――!!決着をつけるの!!」