第538話 【番外編】真の支配者
支配することは"幸福"か?
支配されることは"幸福"か?
古今東西、悠久な時の中、少数の支配者が現れ、多数の被支配者を支配した歴史。
恐竜がその暴力で大地を支配したように―――
人間が作り出した道具で多種族を支配したように―――
王がその権威で民を支配したように―――
侍がその武術で社会を支配したように―――
資本家が金で労働者を支配したように―――
政治家が話術で国民を支配したように―――
誰かが支配者に支配者になるように言ったわけでもないのに彼らは力を持ち誰かを支配するようになる。
誰かが誰かを支配する。
それが世の理。
だが、支配者は支配することが幸福なのだろうか?
生まれた瞬間に支配者になることを運命づけられた者がいたら、その者は幸せなのだろうか?
20XX年、日本の首都東京、首相公邸。
日本の総理大臣が日常的に生活をする住まいを公邸という。
綺麗な内装に広々とした空間、凡人にはとても住むことの出来ない選ばれた者の住まい。
そこに住む首相、内閣総理大臣 『岸裏 文矢』
国民理想党出身。外務大臣や防衛大臣を経て、1年ほど前に内閣総理大臣に就任した。
温厚な性格で何よりも聴くことを大切にすると表向きには知られている。
景気の悪化、リストラ、解雇による大量の失業者を排出、引きこもりニートの増加、少子高齢化の悪化等々―――
今、この日本という国における問題。
それらを解決するトップとして総理大臣となったハズだった・・・。
しかし、総理大臣就任後、打ち出された政策の数々はどれも国民の非難を浴びるものであり、国民からは不満の声が多数上がった。
例えば、ある議員を大勢集めた会議にて―――
防衛費を強化する為、増税案を記した資料が各議員に渡された。
その資料は具体的な数値に関して伏せられており、結果として内容の少ない資料だった。
「増税は国民自らの責任である為、国民一人一人が対応するべきもの―――」
岸裏首相は大切な議会という場でそのような発言をし、国民の反感を買ってしまった。
そのワードはSNSでも広く拡散され、ニュースにも取り上げられた。
その後も岸裏首相は、様々な税を立案し、国民から税を絞り取り、そのお金で国外に多額の支援金を出したり、少子化対策と銘打って、ごく少数しか得をしない政策を行った。
もはや、暴走―――
結局、日本の政治は悪くなり、国民は増税に苦しむ中、国家議員はその国民からの血税で豪遊している。
異常事態に他ならない―――
それでも国民は不満を云うばかりで実際に行動には移さない。
国民などそんなものだ―――
結局は他の誰かがやってくれるだろうと、期待して自分で行動する勇気などないのだ。
あぁ~~~、内閣総理大臣サイコォ~~~!!
金に困ったら、馬鹿な国民から金を搾り取れるだけ搾り取ればいいんだ。
馬鹿な記者から何か言われたら、『検討中』と言っておけばいいんだ―――
岸裏首相は心の奥底からそう思っていた。
そんな岸裏首相が自室のドアを開けると、見知らぬ少年が自分が良く座っている高級な椅子に座っていた。
「き、君は誰だ・・・!?」
「いや、そんなことよりもどうやってここに入った!?」
そりゃ、驚くさ。
知らない少年が厳重な警備の首相公邸に侵入し、当たり前のように自分の椅子に座っているのだから。
「私の名前は天童 真―――」
「貴様だって聞いたことくらいあるだろう?」
「この日本を裏で作り上げたとされる一族『天童家』の噂くらい。」
「ココにはちゃんと正門から入ったよ―――、邪魔をする警備員がいくらかいたが、全員眠らせておいた。」
少年はそう云った。
天童!?聞いたことがある。
古くからの名家でこの日本を裏で牛耳っていたこともあると言われる血筋だ。
「キミがあの天童の人間だと云うのか・・・?」
岸裏首相はその少年にそう尋ねた。
「だから、そうだと言っているのだ―――」
「で、では・・・ここへは何をしに来たのだ!?」
怒るなんかよりも先に恐怖心が湧き出る。
自分より二回りも歳の離れた少年を相手に寒気が、鳥肌が、震えが止まらない―――
明らかに異質な雰囲気をこの少年は放っている。
部屋全体が歪んで見えるような、何か重たいおもりが肩に伸し掛かっているような、そんな感覚。
「今日ここに来た理由か・・・」
「そうだな・・・強いて言えば"友の復讐"の為だな―――」
「"友の復讐"・・・?」
「ま、待ってくれ!!私には何のことだか!?」
「そうだ―――、きっと貴様は知らないだろうな。」
「貴様が首相になる為に一体どんな犠牲が伴われたのか。」
「一体誰の尻尾を踏んでしまったのかなんてことは。」
怒り―――、少年の心からそんな感情が読み取られる。
手には何も持っていないハズなのに、そこには日本刀が握られているように錯覚してしまう。
「き、君が手に持っているものは・・・!?」
岸裏首相は目をこすって確認する。
持ってない!?
さっきまで見えていた真の手の刀剣が今度は煙のように消えているではないか。
そう、初めから真は手に何も持ってなどいない―――
岸裏首相がそう錯覚していただけだ。
極限まで鍛えた真、日々の鍛錬の結果、"無刀"の境地を習得していた。
手に何も持っていないのに、刀剣を握っているかのような錯覚を相手に与える。
「傾聴力、増税、検討中・・・画面越しではあるが、貴様の政治的手腕見させてもらったよ―――」
「私の結論を言おう―――」
「貴様は支配者として失格だ―――」
「貴様では支配される者に与えられぬ!!」
「何を与えられないと云うのだ!!」
岸裏首相は他の助けを呼ぶための警報ボタンがある方へちょっとずつ後ろに動き、時間を稼ぐ。
まぁ、真にしてみたらそんな小細工お見通しだったが、特にその行為を妨げたりなどしない。
強者であるからだ―――
「"支配されるという喜び"だ!!」
真は確かにそう云った。
「"支配される喜び"だと・・・!?」
岸裏首相は今まで生きてきてそんなこと聞いたこともない。
「そうだ―――、人は誰しも支配を求める!!」
「自分が安心して暮らしたいからだ!!」
「安心する為にはどうするか―――、より強い者、より賢い者、より権力がある者、より金がある者、よりカリスマ性がある者の元に集い、それが国となる。」
「そして、集ったのなら与える―――、支配される者に安心感を!」
「それが出来て初めて、真の支配者と言える。」
「故に貴様は支配者として相応しくないッ!!」
真はそう言い切った―――
語るだけの理想に意味などない―――
実現されないマニフェストに意味などない―――
真は右手の、拳を握った手を岸裏首相の前に突き出す。
「う、うわあああぁぁーーーーっ!!!」
岸裏首相は大きな声で叫ぶ。
自分の顔より面積の小さいはずの真の拳が自分の身体を押しつぶす程の大きさに見えてしまったからだ。
「はぁーー、はぁーーー」
岸裏首相は汗をダラダラ流し、息遣いが激しくなっていた。
さらに少し小便も漏らしていたかもしれない。
そんな醜態のままで立っていることすらできず、腰を抜かし、その場に尻もちをついてしまう。
「な、何が望みなんだ!!」
「???」
真は眉を顰める。
真は両足で立つ、岸裏首相はそれを下から見上げる。
圧倒的強者と弱者の関係図。
「はぁーー、はぁーー!!」
さらに息遣いが荒くなる。
岸裏首相は本能的に直感する。
自分の聞き方が悪かったのだと―――
「な、何がお望みでしょうか?」
口調が丁寧になり、自然と土下座のような態勢を取っていた自分に驚いた。
「そうだな―――、貴様は私の理想郷を作る為に尽力しろ!!」
「そうすれば、与えてやるぞ!!支配される喜びをッ!!」
「はっ、ハイィィーー!!」
「何なりとお申し付けくださいませッ!!」
岸裏首相は不思議と嫌ではなかった。
真に尽くしたいと思う何かに駆り立てられる自分に驚いた。
コレがカリスマ性―――、圧倒的な強者が放つオーラ!!
こうして、真は日本のトップを従えることになる。
そして、真の支配者としての片鱗を露にする。