第473話 【番外編】十六夜 月夜
これは私がこの世で生を受けてから3億3013万4400秒、週にすると約546週間後のことだ。
天童の名前を使って世界各地の手練れの剣豪を集めて、試合を行うことになったのだが―――
「クッ・・・参ったッ!!」
木刀を落とし、片膝を付くベテランの剣豪。
10歳を超えた少年を前に降参を宣言する。
「・・・・・・・。」
所詮この程度か―――
腕に覚えのある者を集めても全く相手にならない。
「真お坊ちゃまどこへ―――?」
爺やがそう声を掛けてきたが、私は意に介することなく道場から外へ出る。
ここは天童家が所有する敷地、そして道場。
私が生まれた時から天童は世界的に力を持つ一族として名を馳せていた。
「理解されないというのは辛いものだな―――」
私はこの時、無意識にボソッとそう呟いたようだ。
自分でも気づかないくらい反射的というのか―――
たった10年程度・・・そんな短い期間しか生きてないのに、既に対等に競える相手がいない。
世界的に有名なアスリートも、拳だけで飯を食べている格闘家も、裏を生きる実力者も―――、天童家の現当主である自分の父親でさえも。
"武"という点において私は強くなり過ぎてしまった―――
"進化の特異点"―――『シンギュラリティ』と呼ばれるある点における常識を覆すほどの爆発的な進化。
それが私という存在だ。
天童は人類の進化の為、戦国時代から研究を続けてきた。
そして、その結果として私、天童 真という存在が生まれ、これまでの常識を一変させた。
生まれた瞬間から、人間の言葉を認知し、生後2歳で野原を駆けまわり、知的思考を行うことができ、10歳になる頃には武術の達人を圧倒できるほどにまで成長する。
そんな子ども今までいなかっただろう―――
故にこれは"天命"なのだ―――
私に世界を変えろと言う天からの啓示。
私はそう考えていた―――
「真様・・・こんな所におられたのですか?」
弱々しい声に、儚げな雰囲気の同じ年位の女の子。
「月夜か・・・。」
『十六夜 月夜』―――、十六夜家のご令嬢、私の許嫁だ。
今時、許嫁などどうかとは思うが、天童家と十六夜家の爺婆達が決めた戯言に過ぎない。
私自身、この少女と結ばれる気はない。気に入らないなら全てを私の力で白紙にしてやるとは月夜にも言ってある。
「私に敵う大人はどうやらこの辺りにはもういないらしい―――」
真は空を仰ぐ。
その顔はどことなく寂しそうだ。
「真様は誰よりも強く、誰よりも賢い才能をお持ちですが、それを"良いこと"だとは思っていないのですね。」
月夜がそう云った。
この子だけかもしれない―――、本当の意味で私を理解うとしているのは。
周りの大人達は私がどれだけ"優秀"か、どれだけ常人を凌駕しているかにしか興味がない。
人より優れた能力を持つこと―――
それが本当に幸せなことなのか?
「私は捨ててしまってもよいと思いますよ―――」
「私なら貴方様とどこまでもご一緒いたします。」
この時、真は物静かな少女のその瞳の奥に確かに強さを感じた。
「月夜・・・」
「ゴホゴホ・・・!!」
月夜は突然、咳き込み出した。
「大丈夫か―――!?」
真は月夜の近くに駆け寄る。
月夜は生まれながらにして身体が弱い。
偶にこうして、咳き込むことも珍しくはない。
「今、薬を出してやるからな―――」
月夜の手提げに入っていた薬を取り出そうとする真。
中に手を入れている時、真は殺気を感じた。
「月夜ッ!!」
月夜の身体を持ち上げ、大きく跳び上がった。
真のいた場所にダイナマイトが投げ込まれ、大きく爆発する。
爆風を辛うじて躱す二人。
「大丈夫か―――月夜!!」
月夜は爆発のショックで意識を失う。
身体に外傷はないが、元々そんなに身体は強くない。今の爆発音が相当ショックだったのだろう。
真は薬を飲ませて、木の影に休ませた。
敵の数は8,9人という所か―――
真は姿を見せない相手の数と位置を既に気配だけで把握していた。
世界に名を轟かせる天童家―――、時折こう云った命を狙う集団が現れることもある。
銃火器、刃物、暗殺術、武術・・・相手を壊すことに長けた強者が送り込まれてくる。
「私だけならいざ知らず、月夜にまで手を出すとは・・・」
「貴様ら、覚悟はできているんだろうな―――?」
この日、生きて真の元を逃れた者はいなかったという。
死体は全て天童家によって処理され、真の命を狙った依頼主もその日のうちに手に掛けられた。
「真様・・・?」
「月夜・・・目が覚めたか―――」
ふかふかの布団の中、月夜はゆっくりと眼を開けた。
そして、その布団の横には真が付き添っている。
「急に大きな音がしたと思ったら・・・私、気を失っていたのですね。」
「真様はお怪我はなかったのですか?」
「私は問題ない―――」
「あの程度で傷つくような修行はしていないからな―――」
「そうですか・・・」
「それはなによりです。」
胸を撫で下ろす月夜。
本気で真のことを心配していた。
どれだけ強いと言ってもまだ10歳の少年―――、心配されるのが普通である。
「私は今日ほど自分が強くあって嬉しいと思った日はないぞ―――」
「真様・・・それはどういう?」
「お前を守れた―――!!」
確かにこの時、真は月夜に向かってそう云った。
その時の真の瞳は僅かだが、光が生まれていた。
小さいながらもそれは"未来への希望"という確かな光だった。
だが、いずれ知ることになる大いなる絶望が彼を包み込む日が来ることに。
そして、彼はその絶望を我が物とすることでさらに強くなる。
これが、まだ"天災"と呼ばれる前の天童 真である。