第471話 HAPPY END?
~匣内部 第伍階層 現想~
「進ちゃんーーーッ!!」
人生で一番辛いこと、それは大切な人との『別れ』なのかもしれない。
未央はすぐさま駆け寄って、身を屈め、進の様子を確認した。
最後の一振り―――、真を倒し得る一撃だった。
記憶を捨てたからこその奥義。
でも、そんなこと未央にとってはどうだっていい―――
勝敗も誇りも王権だって―――
ただ、進がいて、いつもみたいに笑い合って、楽しい日々を過ごせたらそれだけでいいと本気で思っていた。
「進ちゃん―――ッ!!」
「進ちゃんッ!!」
「しっかりして、私だよ?分かる?」
未央は進の肩を揺さぶり、声を必死に掛ける。
「ア"アア・・・ア"ァ」
「ウ"ゥ"ーーゥ・・・・」
「そ・・・そんな・・・!?」
進は虚ろな眼で、涎を垂らし、意識がハッキリしない。
明らかに正常ではない。
「ウウゥッーー!!」
「アァァーー!!」
震える足で立ち上がろうとする進。
しかし、立ち上がろうとした彼はすぐに倒れてしまった。
「進ちゃんッーーー!?」
「・・・アア・・・アァ"ァ"ーーーッ!!」
力なく、苦しそうな唸り声だけを上げる少年。
それは"天才"と呼ばれた少年の見るに堪えない姿だった。
急激な進化に伴い致命的な脳の破壊が起き、記憶を失った彼は、まともに立ち上がることもできない『廃人』と化した。
「なんで―――」
「進ちゃんばっかりこんな目に遭わなくちゃいけないの―――?」
「こんなのって・・・あんまりだよ―――」
「進ちゃん・・・・」
「もういいんだよ―――」
「もう闘わなくてもいいから―――、私がいるから安心して・・・」
未央は倒れながらもまた立ち上がろうとしている進を優しく抱きしめた。
「そんな・・・進が・・・。」
リオンも戦々恐々とした様子でその場に立ち尽くす。
「天童―――ウソだよな・・・いつもの冗談だろ―――?」
新も進に近寄って確認したが、力無き唸り声を上げるだけの進に青ざめる。
「ふざけんじゃねェーーよ!!」
「テメェは俺の友達だろッ!!」
「気合見せろよぉーー!!」
新は進の胸ぐらを掴むと怒りの声を上げた。
「新君!!」
そんな新を引きはがし、進から遠ざける未央。
それによって、新は少し冷静になった。
「こんなとこで・・・終わる男じゃねェーーだろ―――」
「テメェはよぉ・・・・。」
やるせなさで地面を思いっきり叩く。
「進―――」
キルは少し離れたところでその様子を見ていた。
「キルよ―――」
「悲しいか?」
モレクはキルに尋ねた。
「分からないの―――」
「前までは殺したいほど憎い相手だったのに―――」
「でもあんな姿は視たくなかったの―――」
段々と声が小さくなるキル。
キルも胸の奥がギュッと苦しくなった。
コレが悲しいって気持ちなんだと思う。
やっぱり進は家族なのだと―――言葉にしなくても分かる。
自然とキルも進に近寄り、未央と共に泣いた。
思いっきり泣いた。
一方、真の方へは真を心配するスカウト組達が駆け寄っていた。
「社長ッ!!」
徳川は、いの一番に駆け寄る。
真の意識は完全にない。
「何ということだ―――」
「直ちに治療をせねば―――!!」
徳川は懐から高級なポーションを取り出し、真に飲ませようとする。
しかし、その時―――
真のすぐそばにあの男がやってきた。
「いいね―――」
「ここは不幸の気配が漂って最低で最高だッ!!」
全身を包帯で巻かれた進に容姿が似ている少年が空間の亀裂より現れた。
「貴様は―――ッ!?」
鏡花が声を上げた。
それは鏡花が一番警戒していた男、この世界で進達が本当に倒すべき相手だった。
「視えざる者!?」
鏡花はそれが視えざる者だとすぐに分かった。
顔を見たのは初めてだったが、現実世界で一度だけ観測したことのある魔力だったのですぐに分かった。
「やっぱり不幸はいい―――」
「HAPPY ENDなんかよりもBAD ENDの方がいいだろ―――?」
「なぁ―――女神アークよッ!!」
シンはアドミニストレータの方を向いてそう云った。
「テメェは・・・・聞いたことのある声だ!!」
「そうだ―――あのモレクのおっさんと闘った後に聞こえた声だッ!!」
「おぉ―――新!!」
「我が子孫よ―――!!」
「久しいな―――」
「ア"ァ"?子孫だァ!?」
「テメェは俺のご先祖様だってのかよッ!!」
新は眉間に皺を寄せそう云った。
「そうだとも―――」
「貴様もれっきとしたオレの血を引く存在。」
「最強になり得る存在だ!!」
「大方私を殺しに来たってことかしら―――」
アドミニストレータが下に降りてきた。
「そうだな―――」
「それが出来れば一番いい。」
「そうすれば、オレの目的も果たせる。」
「目的ですって―――?」
鏡花が訝し気に云った。
「この世界の管理者である貴様を殺し、全時空を融合させ、全てを不幸にする。」
「それがオレの目的だ―――」
「全てを不幸にね・・・。」
下らないモノを見た時の表情をするアドミニストレータ。
"シン・・・!?"
未央の背後に幽霊であるアリスが現れた。
「アリちゃん・・・!?」
未央は涙を流しながら、突如現れたシンの方を向いた。
「アレがアリちゃんの子なのね・・・」
「そんなことさせない―――!!」
未央はシンに向けて声を上げた。
当然、シンの耳にも入る。
「ほう・・・貴様は確かアリスの後継者の未央だったか―――」
「ッ・・・!!」
未央は鋭い目つきで睨む。
「進は残念だったな~~~」
「こんなになるまで真とやり合うなんて―――」
「逃げることだって出来たはずなのに、我が子孫ながら自分の正義の為にこんな姿になるとは、本当に愚かなヤツだ―――」
「だが、そのおかげで貴様たちの不幸な顔を見ることが出来た―――」
シンはそう云った。
「何てこと云うのだ・・・!!」
リオンは怒りの表情を浮かべる。
「何で貴方はそんなに不幸が好きなのかしら―――?」
アドミニストレータはシンに問いかけた。
その顔は余裕の表情だ。
「フッ・・・、そんなの決まっている。」
「不幸の方が幸福よりも素晴らしいからだ―――」
「そんなことないッ!!」
「みんな幸せになった方がいいに決まってるじゃんッ!!」
未央は強く否定した。
シンは冷たい顔をして、こう云った。
「・・・・じゃあ聞くが―――」
「お前はハッピーエンドで終わった物語の詳細を事細かに覚えているか?」
「過去に幸せだったことと、辛かった時のことどっちがより鮮明に覚えている―――?」
「他人が不幸でいるのを見て、いい気味だと思ったことはないか?ああはなりたくないと思ったことはないか?」
「人ってのは幸せだった時よりも不幸だった時のことをより強く覚えているものなんだよ―――」
「幸福は人をダメにするが、不幸は人を新たな境地へと押し上げる。」
「偉大な発明家や革命家は皆、不幸が原動力となって活躍した。」
「不幸は人を動かすが、幸福は人を怠惰にさせる。」
「どっちが素晴らしいかなんて明白だろ―――」
「・・・・ッ―――!!」
未央は恐怖した。
シンは真顔でそんなことを言っていたからだ。
本気でこの人は不幸を愛しているんだと悟った。
「貴方は―――」
未央が反論しようとしたその瞬間―――
匣の壁や床がいくつか開き、全身を武装した白い両翼を持つ天使たちが11体現れた。
「やはり現れたな―――」
「視えざる者!!」
「もうその視えざる者ってのも止めてくれない―――?」
「オレのことを呼ぶなら、罰を下す者にしてくれないか?」
「罰=Sin→シン・・・イカしたネーミングセンスだろ?」
「元々はそっちで呼ばれていたんだが、真の奴がそれだとバレるとか云うから変えたんだ。」
そう言っている内にシンの周りを11人の天使が取り囲む。
「貴様は罠に掛かったのだ―――」
11人の天使の内の一人がそう云った。
朝霧鏡花もその一人である、女神アーク直属の親衛隊『12天使』。
その12天使が今、シンの周りを取り囲んでいる。
「流石に12天使を今相手にするのはオレでもしんどいからな―――」
「まぁいい、いずれ女神アークを殺る機会はまた巡って来るだろう。」
「それに今日はこっちの方がメインだ―――」
そう云うと、シンは意識を失った真の身体を片手で抱える。
「待て!!社長をどうする気だッ!!」
徳川はシンへ斬り掛かろうとするが、シンは闘気だけで徳川を弾き飛ばした。
「ふーーむ、進と真の親子対決。」
「最終的には勝った進が廃人となり、負けた真はオレの手の内に入る。」
「これってある意味完璧なHAPPY ENDだな―――」
そう言い残すと、シンは時空の狭間に消えてしまった。
「待て!!視えざる者!!」
「深追いは止めなさい!!」
女神アークは12天使たちを一声で制止した。
嵐のようにやってきて嵐のようにシンは消えた。
進と真の対決、その末両軍に残った爪痕は大きい。
聖王国での一件も含め、早急な対応、そして復興が望まれる。
無情にも多くの命を落とし、多くの尊厳を失うこととなった今回の事件は世界の波紋を呼び、世界各国の権力者たちを立ち上がらせるきっかけとなる。
どんなに辛い結果で終わろうとも―――
時は進み、そして、日は昇る。
こうして、長い一日が終わった。