第466話 軌跡
~天童 真の過去~
「今度はこの崖を登ってみるか―――」
2歳児の真、今度は断崖絶壁を登り始める。
ゴツゴツとした岩々の中から掴めそうな所を見極め、ひょいひょいと軽々しく、上がっていく。
初めての体験ではあるが、そう思わせないような程、鮮やかに登っていき、元の位置まで戻っていった。
明らかに2歳児の動きではない―――
「身体の使い方は大体分かってきた。」
「暫く、鍛錬を積めば、より実践的なトレーニングも行えそうだな―――」
「時間は有限だ―――」
「午後からは天童家に眠る書物を読み漁るとしよう。」
「この家はこの世界における知識の宝庫だからな。」
2歳児とは思えない程の向上心。
既に成人した者と同程度の知識を持っていたが、天童 真は前世の記憶を持つ、いわゆる転生者ではない―――
紛うことなく、非転生者。
彼は母親が身ごもった時、その意識を初めて覚醒させた。
彼のこの圧倒的な成長速度は、その異常な才能という他にない。
彼は神に、運命に選ばれた逸材。
生まれながらにして特別。
そこから5歳になるまで、真は独自のトレーニングにより、身体能力を向上させ、天童家に眠る書物を読み漁り知識を身に着けていく。
そして、5歳となり、家の英才教育をこなしていき、そこで数年間の修行を積み、天童流剣術を習得した。
小学生になる頃には、難関大学を余裕で合格できる程度には知識を身に着け、周りの子と比べても明らかに大人びた雰囲気を醸し出していた。
12歳でアメリカのMITに入学したはいいものの、全ての知識を吸収したと言って、一カ月で中退をしたというエピソードも存在する。
日本へ帰国後は、高校は進達と同じ神代学園へ入学。
本人曰く、普通の生活という物を体験したかったとのことだ。
本人にとって、日本の高校生活がどのようなものか、ほんの興味本位でしかなかったが、そこで彼の人生を大きく変えるような出会いがあった。
「天童 真です―――」
「日本の学生生活というものに興味があって、入学しました。」
4月、入学式―――、高校一年生になった真は、クラスの皆の前で自己紹介をしていた。
キリッとした眼光にスラッとした体形、それでいて引き締まった筋肉。
真は年齢と共に青年へと成長を遂げていた。
「ねぇ・・・あの人、カッコ良くない?」
クラスの女子たちがそう噂するくらい、他の生徒とは違った空気感を出していた。
部活は剣道部に所属していた。
しかし、彼の今まで積み重ねてきた修行は全て実践に重きを置いたもの。
生命の危機を感じない剣道とは異なる。闘いのステージが違った。
圧倒的な実力により、高校一年生の全国大会個人戦で優勝を収めた。しかし、真は高校に在籍中、一回も本気で剣を振るったことはなかった。本気を出すに値する相手と巡り合うことは一回もなかった。
所詮は先進国の中でも遅れている日本の教育機関、こんなものか・・・
真は一人、昼食を食べていると、後ろから一人の男子生徒が背中に飛び乗ってきた。
「天童ッ!!こんなことにいたのかよ!!」
「探したぜッ!!」
「・・・・。」
「一か。」
明るいテンションで真に話しかけてきたのは、『丹羽 一』という男子学生。
真と同じクラスで、同じ剣道部所属。
高校からの付き合いだが、圧倒的な実力を見せる真のことをとても気に入ったようで、よくこうやって一人でいる真に絡んでいる。
丹羽はとても真面目で明るい生徒だった。周りが嫌がるような仕事も笑顔で受け負いこなしていく。
それ故に周りからの人望も厚い。
クラスの女子など、何か困ったことがあったら、まず間違いなく、丹羽が対応したりもしていた。
異性には話したくないこともあるだろうに―――、それだけ丹羽に信頼があるとも言えるが。
真と一の二人が昼食を取っていると、今度は二人の女子がやってきた。
「真様・・・私達もご一緒してよろしいでしょうか―――?」
「おうおう、喜べ男子、可愛い女の子が来てやったぞッ!!」
長い黒髪に静かでおしとやかな彼女の方は、『十六夜 月夜』。
オレンジ色のショートヘアで、男まさりな彼女の方は、『唯我 日向』。
「どこに可愛い女の子がいるんだ・・・?」
「あぁ、十六夜さんのことか!?」
とぼけたトーンで一が云った。
「私も可愛い女の子だろうが―――!!」
日向は力強い握り拳で丹羽の頭を思いっきり叩く。
「痛ッ!?何すんだよッ!!」
丹羽は余りの痛さに涙を流していた。
「テメェが私のことを可愛い女の子だって認めねェからだろうが!!」
「こんな暴力女が可愛い女子なわけねェーだろうがッ!!」
丹羽は言い返す。
真は高校時代いつもこの4人で共に過ごしていた。
人生で唯一心から信頼できる友を得た時期だったかもしれない。
だが、ある事件をきっかけに私は変わった―――
「一ッ!!しっかりしろ!!」
「意識を保つのだッ!!」
チッ・・・心臓を刃物で貫かれている。
一がある組織の構成員の一人にやられた。
鋭い小刀のようなもので、心臓を一突きされたのだ。
雨の中、貫かれた胸から新鮮な血を流す一。
激しい雨がその血を地面に広げる。
真は冷静に一の上着を持っていたナイフで切り取り、状態を確認する。
医学の知識にも精通していた真。
そんな彼から見て、一の状態は救急車を呼んでいては間に合わない程の重症であることは明白だった。
故にここで治療することを決意した。
麻酔もないこんな場所で、やるしかなかった。
これも運命だった。
運命、運命、運命、運命・・・・
真の頭の中にそんな言葉がループし続ける。
初めて心から信頼できる友と出逢えたというのに―――
何故、神は優しくないのか。しかし、そんなことを悲観していた所で意味はない。
今は一刻も早く、一を治療しなければいけない。
「お前を―――、死なせはしないッ!!」
一の心臓は刃物で貫かれていた為、その傷口を縫い合わせなければいけない。
それに血も足りない。
これが致命的すぎる。今もドクドク血が流れ続けている。
手はないのか・・・!?
「真―――、俺はもうダメなんだろ?」
「私は天童 真だ―――、不可能なことなどない!!」
「いいんだ・・・俺自身のことだ分かっている。」
「大丈夫だ―――、お前のせいじゃない。」
一の声が段々と弱々しくなっている。
「俺さ―――、実は日向のことが好きだったんだ・・・。」
「いつもアイツ明るくてさ、いいなって思ってたんだ。」
「お前さ・・・俺の代わりに日向に伝えておいてくれないか?」
「何を言っているのだ―――、お前は生きろ!」
「生きて日向に伝えるのだ―――ッ!!」
そう言葉にしながらも真は治療の為、手を動かし続けていた。
慣れた手つきで、隠し持っていた針と糸で一の心臓の傷口を繋ぎ合わせていた。
「ダメだ・・・どうしても血が足りない。」
自分の血液型は一の血液型と合わない。
この辺りは人通りも少ない。
今から輸血してくれそうな人を探していては間に合わない。
万策尽きたか―――
傷口を塞いで、救急車は呼んだ。
後は天に祈るしかないのか?
「・・・・・。」
「真―――前に理想を語ってくれたよな。」
「何を言っている?」
ずっと会話していないとすぐにでも一の意識が失ってしまいそうだったため、会話を続ける。
「真は絶対に自分の理想を叶えてくれ―――、俺との約束だ。」
・・・・何でそんなことを今言う?
真はそう思った。
しかし、一の顔はどこか満足げだった。
その顔を見た真は覚悟を決めた―――
「あぁ―――、約束しよう。」
「この天童 真決して約束は違えない。」
「・・・・・・・・。」
その真の言葉を聞くと、安心したのか一は安らかな顔で逝った。
「一・・・!?」
「起きるのだ!?」
「お前はこんなところで死んでいい男ではないぞッ!!」
真は叫び続ける。
「何が知識だ―――」
「何が剣術だ―――」
「何が天童だ―――」
「大切な者、一人救えないではないか―――!?」
涙は流していたのか、大雨でずぶ濡れで分からない。
運命はあまりにも残酷だ。
一は何故、殺されたのか―――
真は後にその理由を知ることになる。
そして、彼は決意する。
真の平等な世界を創ろうと―――
そして、その後出逢う、天童家に封印されていたあの男に。