第465話 理想
~匣内部 第伍階層 現想~
「おぎゃー!おぎゃー!」
「おぎゃー!おぎゃー!」
「おぎゃー!おぎゃー!」
無数の赤ん坊が産声を上げる。
赤ん坊の額にはダイヤの印―――刻印が入っている。
赤ん坊達は両親のもとに返される。
現代日本にも格差はある。
江戸時代にあった士農工商やインドのカースト制度のような身分制度があるわけではないが、確かにそれは存在する。
才能、収入、家、容姿、体質、職業、人間関係、病気、所属、運―――、そんな様々な要因が人一人の人生を決定する。
一つ一つ、"管理"しなければ・・・
『絶対強者』である私が―――
全ての人間に一定水準の才能を与え、全ての人間に一定の給金を与え、全ての人間に共同のコロニーを与え、誰もが容姿や体質を望むままに変えられ、全ての人間に一定の難易度の仕事を与え、生涯病気にかからず、運によって人生が左右されない。
誰しもが本当に平等な世界―――
そんな世界を創り上げ、私が―――、管理する。
誰かが誰かを利用することのない、誰にとっても"平等"な世界だ。
それが私の理想。
天童 真の理想を映した映像が終わり、白い空間は一瞬、暗転する。
「そんな世界が実現すると本当に思っているのかッ!?」
進の鋭い眼光が真に向けられる。
「実現させる―――」
「その為に私は準備してきた、備えてきた。」
「人間はどれだけ、高尚なことを言っても、理想を唱え続けても行動をしない生き物だ。」
「それがどれだけ正しいと考えていてもだ―――」
「何かに理由を付けて行動しない、できない理由ばかりを探し続ける。」
「あまつさえ、今の自分の在り方をこんなはずではなかった、こうなったのは環境のせいだと言い、自分は被害者のように振舞い、自分を騙し続ける。」
「基本的に弱い生き物なのだよ。」
「変えなけれないけない―――、皆、心の底ではそう思っている、そう願っているのだ―――」
「誰かこの状況を変えてくれる存在を心待ちにしている。」
「だから私は彼らの期待に応えてその背中を押す。」
「強制的に彼らを管理する。」
「それが彼らの望みなのだから―――」
「彼らは支配されたがっている。」
「自分の幸福を保証してくれる存在に―――」
真は生まれたその瞬間から壮大な理想を抱いていた。
母親の腹の中にいた時から意識があった。脳みそが形成された時から思考するようになった。耳の形が形成された時から周囲の声もハッキリと認識していた。手足が形成されたときには自分の意志で動かせることを学習した。
その気になれば母親の腹を裂いて、この世に生まれることだってできた―――
そんな彼だから叶えられる理想。
世界を創り変える。
誰にも成し遂げることが出来ない、成し遂げようとすらしないそんな馬鹿げた野望。
「それがアンタだって言いたいのか?」
「馬鹿げてる・・・。」
「成長する、進化するってのは誰かが強制することじゃない―――」
「育むものだッ!!」
「お互いがお互いを思いやり、競い合い、伸ばしていく。」
「人間はアンタが思う程、弱くないッ!!」
「どれだけ打ちのめされようが、立ち上がれるはずだッ!!」
「アンタだって見て来ただろ?」
「これまでの徳川達―――、仕事人の活躍を!!」
「アイツ等だって人間だ―――」
「自分の能力以上の動きをしていた。」
「倒れても絶対に立ち上がってきただろッ!!」
「どうしてその可能性を信じてやれないんだッ―――!!」
進は熱く語る、父親を悟す為。
「アイツ等は"新人類"・・・既に人間を超越した人間だ。」
「人間の物差しで測る存在ではない。」
「新人類?それはアンタ達が勝手に決めた定義だろ―――」
「笑いたいときには笑うし、悲しい時には泣く、怒りたい時は怒る。」
「それのどこが人間と違うってんだよッ―――!!」
「・・・・・ッ!!」
真は言い返せなかった。
悔しいが進の言っていることを正しいと思ってしまった。
「アンタの理想が大量の人間を殺した―――、それは事実だ。」
「アンタはそれを償うべきだッ―――!!」
「だから、決着を付ける!!」
「アンタを改心させるッ―――!!」
進は駆け出した―――、ラーニング、ラーニング、ラーニング・・・・
スキルを技能を技を、吸収し続ける。
そして学習したスキルをさらに進化させる。
押されている・・・!?
この私が?
絶対強者であるこの私が―――そんなことあってはならないッ!!!
「私こそが頂点!!私こそが絶対!!」
「息子とはいえ、私を超えさせはしないッ!!」
「ダウンロード&インストール『一括』ッ!!!」
自分のダウンロードしてきたスキルを次々と自分のものとする進に対して真はビッグデータを落とす。
進の学習速度が追い付かないような―――
「父・・・さん・・・・!?」
困惑の表情を隠せない進。
天より無数の白い線が真の脳内に突き刺さる。
白く光る細い線が束になっている。
稲妻―――、電子の流れ、大量の情報が真の脳内に流れ込む。
「グオオオオオォォォーーーッ!!!」
「力だ―――とめどなく力が流れ込んでくる!!」
「私なら・・・こんな・・・苦痛・・・耐えきれる!!」
「耐えきってみせるッ!!」
頭が割れるなんて生易しいものではない。何十年、何百年拷問を受け続けるような苦痛が今の真に秒単位に、刹那的に襲い掛かる。
この時、進は斬り掛かることもできた。
もしかしたら不意打ちで倒すことだってできただろう。
しかし、動けなかった―――
あからさますぎて罠という可能性も警戒していたが、それ以上に興味があった。
人間の限界―――
自らの父親がどこまで進化するのかということに―――
『真は絶対に自分の理想を叶えてくれ―――、俺との約束だ。』
『あぁ―――、約束しよう。』
『この天童 真決して約束は違えない。』
真の頭に流れてきた言葉はかつての友の言葉だった。
今にしてみたら下らない約束。
それでも約束は絶対に破らない―――、それが天童 真という男。
~天童 真の過去~
「どうして人間は空を飛べない?」
2歳になった頃、真は何も補助なく両足での歩行が出来る。
それどころか全力で野原を走り回ることも、何かに掴まり、自らの体重を支え、ぶら下がることも、流暢な会話も可能だった。
圧倒的な速度で成長を遂げる幼児。
大人びた思考を得るのにそう時間は掛からなかった。
学習する、鍛えるという意味すら1歳になる頃に理解した。
崇高な思想を持ち合わせるのに3年はいらない。
2年で十分―――
2歳になった時からこうして天童家の抱える広大な敷地内でトレーニングを行っていた。
天童家では優秀な人材を育てる為、代々子どもに地獄のような英才教育を施す。
そんな地獄の英才教育すら生温いとこの幼児は感じていた。
真は生まれたその瞬間から、何故か、知識や力を欲した。
本能的に、何かが彼を駆り立てる。
不思議でしょうがない、何故周りの大人は自らが飛べないことに疑問を思わないのか―――
真は10メートルは優に超える断崖絶壁から飛び降りた。
普通の人間なら死を恐れ、躊躇するくらいな高さだが、何のためらいもなく真は飛んだ。
死は怖くない。
確かめる為、本当に人間は飛べないのか。
「ふむ・・・コレが"重力"という物か―――」
「地面に引き寄せられる物理法則―――」
「大体理解した―――」
地面まで数メートルの所で真は崖の方に手を伸ばし、岩と岩の出っ張りを掴んで、ぶら下がる。
地面まで達しない。
そのままゆっくりと地面に着地した。
天才的な身体能力を既にこの時、彼は持ち合わせていたのだ。