第413話 【第参回戦】自由人 唯我 新 VS 統率の仕事人 鍜治原 望⑨
~匣内部 第参階層 匣の闘技場~
「いや~~コイツァ驚いたぜェーー!!」
「生物学は専門外なんだがなァ~~」
「コレが人類の進化の先だと思うと、同じ人類として感動というか―――」
「少し思うところも出てくるってもんだァ~~~」
両手を横に広げ、変化したそれを称賛する。
鍜治原は仕事柄、よく建前で会話を進めることがあるが、これは本心から出た言葉だった。
ただ、素直に同じ人類として腹の底から出てしまった。
それほど、今の新は興味深い。
「・・・・。」
しかし、それにとって鍜治原の言葉などどうだっていい―――
既に攻撃を再開していた。
「時間からの解放・ナックル!!」
それは右手で空中を叩く。
パリンっ!!と音を立てて、ガラスが割れたような音が響いた。
そして、その音と共に時が止まる―――
それは静止した時間の中を"自由"に歩く。
時間による束縛からの解放。
それは鍜治原の前までやって来る。
「天童グループ人事部 部長 鍜治原 望―――」
「これで終わりだ―――!!」
「恐怖からの解放・ナックル!!」
それは鍜治原に向けて拳を撃ち放った。
防御無視、スキル無効の一撃を右頬に抉るように―――
止まった時間の中、スローモーションで、鍜治原の顔が歪む。
どんな生物も無防備にその一撃を喰らえば、一たまりもない。
SS級の怪物である紅いミノタウロスでさえ倒れた。
しかし―――
鍜治原という男、こんな時の為に備えていた。
「ッ―――!?」
それは鍜治原という男の評価を見直すことになる。
人類がここまでのことをするのかと。
鍜治原への攻撃のインパクトの瞬間。
それの目の前がピカっと光る。
「爆発の式紙っ・・・・!?」
「一体いつ・・・!?」
ドカンとそれの右肩辺りが盛大に爆発する。
その衝撃で止まった時間が元に戻る―――
「グオオオォォォーーーッ!!」
それの恐怖からの解放・ナックルをダイレクトに受けた鍜治原は叫び声を上げ、口と鼻から血を流し、吹っ飛んだ。
だが、逆に言えばその程度で済んだのは鍜治原の備えがあったからこそ。
止まった時間の中、それの一撃を耐えられる者は存在しない。
「へっ・・・・へへへ―――」
薄気味悪い笑い声を上げ、鍜治原は立ち上がる。
「まさか―――」
「念のために仕込んだ、式紙を使うことになるとはな~~~」
「驚いたぜェーー!!」
鍜治原はこの勝負の開始前、そう新との勝負の勝ちを金で得ようと持ちかけたあの時、不自然に新の肩に手を回し、耳打ちをした。
鍜治原はその瞬間、新の身体に気付かれないように爆発の式紙を仕込んだ。
その敵対する者に対して、肩に手を回すという不自然さを彼は金で解決するという他者に聞かれたくない話を新に持ちかけるという用件で払拭した。
もしもの時の保険として、彼は備えていたのだ―――
それが彼の命を救った。
「まさか―――」
「勝負が始まる前、既に仕込んでいたとはな―――」
それは素直に感心した。人類という存在は自分の下だと思っていた。いくら鍜治原達が新人類だとしてもそれはあくまで自分のコピー、模倣に過ぎない。能力で云ったら自分には遠く及ばないだろうとそう思っていたからこそ、この鍜治原の行動には驚かされた。
「だから言ってんだよ―――」
「勝つ為にはどんなことだってしなきゃいけねェーんだ!!」
「勝たなきゃゴミだッ!!それ以外の何者でもねェ!!」
「こちとら甘えた考えなんてとうの昔に棄ててんだよォ!!」
「それが仕事人ってもんだァ!!」
勝つ為、目的を達する為に何をしなくてはいけないか、それを見据えて突き進める人間。
鍜治原の眼にはまだまだ戦意が満ち足りている。
ギラギラとした獲物を狩ろうとするその眼がしっかりとそれを見据える。
「だが―――」
「同じことだ―――」
「二度目はないッ!!」
「時間からの解放・ナックル!!」
再び、それは時間を停止させる。
「化け物がよォ!!」
「人類舐めんじゃねェーぞッ!!」
「万物使いァァーー!!!」
「テメェが時間を解放するってんならオレっちは時間を支配するゥッ!!」
鍜治原は万物使いを発動させる。
勿論、鍜治原は万物使いを時間に対して使用したことはない。
彼の頭の中では出来ると思ったことしかできない。
万物使いが全てを支配できるとはいっても、これは支配できると感じ取った物しか彼は支配できない。
今、初めて支配できるか分からないモノに対して彼は万物使いを発動させていた。
「時間を捻じ曲げているのか―――」
「だが、関係ないッ!!」
「距離からの解放・ナックル!!」
それは空中を叩いた。
瞬間、鍜治原との距離が縮む。
それは己の立ち位置を"自由"にした。
「我が時間の世界に入ろうとするとは、人間にはしてはやるな―――」
「上から目線で物言ってんじゃねェーぞ!!」
「オレっちは"王"だ!!」
「テメェみてェーな化け物は"ひれ伏せ"ッ!!」
「万物使い発動ッ!!」
鍜治原はそれを支配しようとする。
万物使いの二重の発動。
鍜治原の身体に掛かる負担も大きい。
「"支配"とは"自由"の真逆だ!!」
「【オレ】は支配を好まないッ!!」
「拘束からの解放・ナックル!!」
それは自らの頭に拳を当て、支配されることを拒否する。
「ッ!?」
クソッ!
やはりコイツにオレっちの万物使いは効かないかッ!?
「これで終わりだッ―――」
「数からの制限を解き放つ―――」
「無からの解放・ナックル!!」
放たれたのは一発の拳・・・・
しかし、その拳撃は果てることなく続く無限へのラッシュ。
限りなくゼロへ続く、近似線の真逆。
無限へ続く発散。ゼロからの解放。初めは弱く、しかし、その連打は徐々に速く、鋭く、指数関数的に威力を増幅させる。
「グゥ・・・グオオォォーーッ!!!」
鍜治原はその身で無限に続くラッシュを受け止める。
オレっちは鍜治原 望―――
これまで、ずっと望んで得てきた。
望んだ物、全てを手にしてきた―――
願望は力だ―――!!
願望の無いヤツは必ず挫折し、目標を―――、生きる気力を失う。
オレっちはそんなヤツを数多く見てきた。
だからこそ、オレっちはアイツ等とは違う!!
必ず乗り越えて見せる。
「こんなもの・・・・」
「こんなもの、オレっちの万物使いで支配してやるッ!!」
「万物使いァァーー!!!」
しかし、鍜治原の万物使いでは支配できない。
それの生み出した事象は支配を嫌う。
万物使いでは支配できない。
「無駄だ・・・」
「この技をまともに受けて、生きることの出来る可能性は0だ―――」
「ク・・・クソッ!!」
鍜治原は理解したそれやそれの技に対して万物使いは無駄であると―――
だからこそ鍜治原は最後の必勝の策を使うことにした。
それの技を受ける中、血を全身から流しながら―――
鍜治原は口を開いた。
「・・・ク・・クク・・」
「いいのか?・・・このままオレっちを殺して―――」
「どうなってもいいのか?」
「現実世界にいるお前の母親が―――」
「ッ―――!?」
それは動揺した。
いや、正確にはそれの中で闘いを見守っていた新本人の心が動いた。
「なん・・・だと・・・?」