第401話 【第弐回戦】銀獅子姫 リオン VS 擬態の仕事人 百鬼 紗霧⑫
【第二ラウンド裏】
~匣内部 第弐階層 戦場~
リオン姫・・・・。
何で―――
何で貴方はこうも―――
私が捨てたモノを・・・・持っているんですか!?
百鬼の華奢な身体に同じ丈程の金槌が腹部にクリーンヒット。
百鬼を防御し切れない程の衝撃が襲う。
太い大木にその身を打ち付け、打ち付けられた大木はぶつかった衝撃で倒れる。
「・・ハァ、ハァ・・・・。」
「私はまだやれる―――」
内臓がいくつか傷つけられたみたいだ。
上手く呼吸が出来ない様子の百鬼。
「歌の・・・力で、人が・・・強くなるハズなんて・・・・ないのに。」
リオンの歌を聴いた兵士たちの力が明らかに増幅した。
一人一人の兵士のレベル60がいいところだったのに、それが70オーバーまで跳ね上がっている。
レベル60までなら百鬼一人でも相手が出来た。
だが、レベル70オーバーともなると、レベル85の百鬼でもそう簡単にはいかなくなる。
「信頼の力だ―――」
「私は先の闘いで拾った『信頼の権限』をたった今使用した。」
気のせいかもしれないが、百鬼にはこの時、リオンが銀色のオーラを纏っているように見えた。
「・・・・それのせい?」
「それもあるだろう―――」
「だが、それだけではない!!」
「私が彼らを信じたから彼らもそれに応えたくれたのだッ!!」
追い込まれているのは百鬼の方だった。
これが"個"の力のみを信じ、己の道を突き進んできた彼女の末路なのだろうか。
追い詰められた百鬼に過去の記憶が蘇る。
◆◆◆
百鬼 紗霧16歳の夏。
「君―――」
「可愛いね!ボクこの先の事務所でこういうことやってるんだけど、興味ないかな?」
それは偶然、街を歩いていた時のことだった。
アイドルのスカウトマンと名乗る男が私に声を掛けてきた。
最近新規アイドルグループを発足させようとその事務所は力を入れているとのことだった。
そのグループメンバーを集める為、各地でスカウト活動をして、若い女の子に声を掛けていた。
私もその一人に選ばれたということらしい。
ほんの気まぐれみたいなものだった。
それまでの私はこれといって何か自慢の出来るモノも持ち合わせておらず、強いて言えばその場の空気に合わせて行動するのが得意というくらいだった。
「分かりました―――」
「私もアイドルになります!」
今にして思えば、大した覚悟などなく、何となくで始めた活動だった。
歌やダンスに演技に至るまで、厳しいレッスンがその日から始まった。
始めて行くうちに段々と自分に自信がついてきた。
やってみて気付いたのだが、自分はどうやら人よりも飲み込みが早いらしい。
それに体力もあった。
激しいダンスレッスンで他の人が終わった後ぶっ倒れるようなことがあっても、自分は少しの息切れ程度で済んでいた。
そんなこんなで、厳しいレッスンに耐え、スカウトされてから一年後―――
私たちのグループは表舞台へと躍り出た。
大企業の宣伝効果もあったのだろう。
私たちのグループはあっという間に大人気アイドルグループへと昇華した。
「明日香―――」
「ホント凄いよねー」
グループの一人が私にそう言ってきた。
明日香とは、私たちのグループのリーダーを務めていた女の子だ。
活発で熱心な本当に歌を歌うことが好きで、誰よりも努力家だった。
誰にでも優しく、グループのメンバーだけでなくファンからも好かれている。
常にセンターで私たちを引っ張ってくれていた。
そんな明日香のことを私も好きだった―――
「ねぇ―――」
「紗霧はさ、もっと前に出てみたら?」
レッスンの時、不意に明日香が隣で言ってきた。
「えっ?」
どういう意味だろう?
私はそう思った。
「ホントはさ、私なんかよりもよっぽど、凄いの知ってるんだよ?」
「それなのに、誰かに気を遣って、他の人に合わせてるよね?」
明日香はそう言ってきた。
そんなことはないだろうと自分では思っていたが、明日香の眼は本気だった。
「そ、そんなことないよ―――」
謙遜しているつもりはないが、尊敬している明日香に言われるとちょっと恥ずかしい。
「そうかな~~?」
「まぁ、前に出たいと思ったら、遠慮なく出てきてもいいんだよ?」
「私たちは同じ仲間であると共にライバルなんだから♪」
そう笑顔で話す明日香の顔を私は忘れない。
「ふふっ―――」
「うん!分かった!」
「そう思うことがあったら、私は遠慮なく明日香からセンターの座を奪ってみせるね!」
私もつられて笑うようにそう言った。
「望むところだよ―――」
「紗霧が本気出すまで私はセンターの座を誰にも譲るつもりはないから!」
明日香はハッキリとそう宣言した。
自信たっぷりな彼女。
そんな彼女を私は心の底から尊敬し、親友だと思っていた。
今にして思えばあの頃が一番、輝いていて、楽しい時期だった。
それから程なくして、段々と明日香の顔色が悪くなっていった。
アイドルとして、全国的な知名度も得て、これからという時の話だ。
チームのみんなも明日香のことを心配したが、明日香は「大丈夫だから」とそう言ってみんなに心配をかけまいとしていた。
「本当に大丈夫なの?」
二人の時、私は彼女にそう言った。
本当に大丈夫には視えなかったからだ―――
「大丈夫だって言ってるでしょ―――!!」
「ちょ、ちょっと――――」
「どこに行くの!?」
彼女はキレ気味にそう言って、レッスン場を飛び出した。
私は心配になり、そのレッスンの後、彼女の家を訪れることにした。
家のチャイムを押したが、誰も出ない。
より心配の気持ちが強くなり、私は思い切ってドアノブを回した。
家の中は暗く、静かだった。
ポチャンと水道から水が垂れる音がする。
ソーッと明日香の部屋へと上がってみた。
明日香の家には何度か遊びに来たことがある。
もし見つかっても私なら言い訳できるだろうと考えていた。
それに心配だった。
明日香のあの様子は明らかに異常だった。
あんなことで怒るような子じゃなかったのに―――
私が明日香の部屋に入った時、私は後悔した。
「な、何で・・・・!?」
「明日香―――ッ」
明日香は自分の部屋で首を吊っていた。
顔面蒼白の彼女。
既に息はなかった。
明らかな自殺だった。
急いで、警察と救急車を呼んだ。
「待ってるって言ったじゃない・・・・」
「何で死んじゃったのよ―――」
私はそう呟き、検死後の彼女の遺体の前で泣いた。
そのことがあり、私たちのアイドルグループはネットで叩かれた。
リーダーの死はチームの不仲が原因だとか、リーダーを妬んだ嫌がらせが原因だとか。
根拠のないネットのデマで私たちのグループは塵尻に解散。
私だけは事務所に残った。
そう、それはあの日、私の運命をさらに狂わせた日だ。
事務所に明日香の遺品を整理していた時だった。
奥から社長の声がした。
私がいたことに気付いていなかったのだろう。
「全く、ちょっと身体を好きに使ってやったら、あの子がまさか自殺するなんて―――」
「どーしてくれるんだ?」
えっ・・・・!?
それって、どういうこと?
私は頭で理解できなかった。
「アンタたちが金を融資してくれるっていうんだから、私はあの子を差し出した!」
社長は誰かと電話しているみたいだった。
内容をまとめると社長は金の為に明日香に枕営業のようなことをさせていたのだ。
「許せない―――!!」
私の中に怒りの感情が湧いた。
急いで、社長の部屋へ入って、私は感情のまま、明日香のことを言及した。
社長は全てを語った。
そして、云った。
その事実を知った私を追放することを―――
「この世は圧倒的な力を持つ者の前で、弱者が叫んだところで意味はないんだよ―――!!」
デブで禿げた醜い社長が私にそう告げた。
この事務所に入った時はもっと優しい人だと思っていたのに・・・・
完全に裏切られた瞬間だった。
次の日、私のことがネットに書かれた。
明日香の死は明日香のセンターの座を狙う私のせいだと。
ネットの記事に大々的に書かれていた。
「そんなことしてないのに―――」
「全部あの社長たちが悪いのに―――」
「どうして・・・どうして・・・・??」
そんなデマの記事のせいで、私は人から後ろ指を差され始めた。
部屋に引きこもることが増えたある日。
一本の電話が掛かってきた。
「紗霧君!!」
「私が悪かった!!許してくれ―――!!」
あの社長が電話越しで必死に謝ってきた。
「は?」
どうやら、私に謝罪がしたいから事務所の社長室まで来てほしいとのことだった。
私は本当は行きたくなかったし、あの人に対して恨みしかない。
でも私じゃなく、明日香に対して謝ってほしかったから―――
そのことを言う為、私は再び社長室まで来た。
ドアを開けて入ると、そこにいたのはピシッとしたダークスーツを着たオールバックの男とその男の黒い革靴を必死に舐める禿げデブ社長の姿だった。
「やぁ―――」
「君が百鬼 紗霧君だね?」
白髪交じりの男が笑顔でそう言ってきた。
この人知っている。
有名な人だ。
そうだ、あの世界的有名な大企業『天童グループ』の社長 天童 真だ。
そこにいたのは誰もが知っている男。この世界の覇王とまで言われた天童 真だった。
「実は君に―――」
「紗霧君―――」
「助けてくれ―――!!」
禿げデブ社長が泣きながら、そう訴えてきた。
「誰が私が話している時に遮っていいと言ったかな?」
真が禿げデブ社長を睨みつける。
「ヒイイィィーーッ!!!」
禿げデブ社長の叫び声が響く。明らかに真に対して怯えている。
真は禿げデブ社長を軽く蹴飛ばす。
禿げデブ社長の腹に溜まっていた胃液が逆流して、床にぶちまけられた。
「私はこの事務所を買収した―――」
「この男はもはや社長などではない!!」
「えっ!?」
「君は嵌められた―――」
「だから私が君を救い出してあげよう―――」
真は少し笑っていた。
「紗霧君~~??」
禿げデブ社長のみっともない姿が映る。
「手始めに君の親友の明日香君を精神的に追い詰め、自殺に追いやったこの男を君はどうしたい?」
真が百鬼にそう問いかけた。
「どうしたいって・・・・?」
私は一歩後ろに下がった。
「遠慮はしなくていい―――」
「前に出たいと思ったら、遠慮なく出てきてもいいんだぞ?」
真がそう言って、手を差し出した。
「そ、それは明日香の・・・・」
「私はこの豚を殺したい―――!!」
「この豚だけじゃない!!」
「明日香を死に追いやった、クソ男どもを根絶やしにしたいッ!!」
怒りの感情が百鬼を支配した。
「な、なにを言ってるんだ?」
「紗霧君―――」
禿げデブ社長は紗霧の言葉に恐怖を覚え、失禁していた。
「素晴らしい―――」
「よく言った!」
「この男は君という素晴らしい逸材をあろうことかダメにしようとした愚か者だが、一つだけ真実を言った。」
「『この世は圧倒的な力を持つ者の前で、弱者が叫んだところで意味はないんだ』と―――」
「止めてくれ・・・・」
「止めてくれエェェーーーッ!!」
響くは豚の声、横たわるは死体のみ。
この時、私の中で何かが壊れた―――