第399話 【第弐回戦】銀獅子姫 リオン VS 擬態の仕事人 百鬼 紗霧⑪
【第二ラウンド裏】
~匣内部 第弐階層 観戦室~
「擬態する気体・・・?」
「それがあの女の能力だってのかよ―――?」
リオンと百鬼の管理戦争を観戦する新。ついに百鬼のユニークスキルの名前が判明する。
モニター越しで闘いの行方を見る進達。
「百鬼は擬態の天才だからなァ~~」
「アイツは他者に対してその場にいることに違和感を与えない―――」
「そこにいても、誰を攻撃しても、誰を殺しても、誰にも違和感を与えねェ。」
「その場に"馴染む"っていう適応力は誰にもマネできねぇさ。」
「それに百鬼は、オレっち達が受けた対異世界用特殊プログラムで唯一高等の魔術師1000人、ミスリル製のフル装備を付けた騎士2000人を相手にたった一人で殲滅した女だ―――」
得意げに話す鍜治原。
「さっきの赤目の静寂の暗殺者に似ているが、あちらとは違い、認識は出来るが、誰にも違和感を与えないということだな。」
進が鍜治原の話に混ざる。
「進様は既にお気づきなんでしょう?」
「百鬼の能力の正体に―――」
鍜治原は進の顔を試すような目つきで見る。
鍜治原は常に相手を見定めることを行っている。自分にとって利用できるかどうか、価値があるかどうか。その職業病ともいえる姿勢がこういった会話の中でも時折顔を見せる。
「元々、百鬼を天童グループにスカウトしたのは父さんだ。」
「彼女の中に眠る潜在的才能は父さんが良く知っていた。」
「オレはこの闘いで、彼女が戦闘するまでそこまで彼女の戦闘スタイルを知らなかった。」
「だが、今回この第弐回戦を見て分かった―――」
「百鬼の能力―――」
「擬態する気体は、"空気中に細菌を生成し操る"能力だな?」
「ザッツ、ライト!」
「流石は進様だァ。」
歯茎を見せ、悪そうな笑顔で答える鍜治原。
「細菌だぁ?」
「なんで、それが腕を凍らせたり、鉄を錆びさせたりできんだよ―――」
新にはそこが疑問だった。
これまでのリオンと百鬼の闘い。百鬼はあまりにも自然な動作でリオンの腕を凍らせたり、剣を錆び付かせて切断した。
あの芸当は魔力を伴った魔法などではない。
「細菌とは目に見えない微生物だ。」
「剣を錆びさせたのは、金属を腐食させる微生物を剣の表面に生み出した―――」
「腕を凍らせたのは、氷結剤としての特性を持つ微生物をリオンの腕に生み出した―――」
進はそう説明した。
実際にそういった類の微生物は存在する。
鉄が酸化するのを急激に促進する「メタン生成菌」や氷の凍結温度を上げる「氷核活性細菌」といった細菌たちである。
勿論、百鬼がこれらの細菌をそのまま操っているのか、もしくは現実世界には存在しない細菌を操っているのかは不明であるが、彼女は進が推測したように『目に見えない微生物』を操っていた。
「なるほど―――」
「良くは分からねェが、あの女はそんな能力があるんだな。」
新も無理やり納得したような顔をしていた。
「だけどよぉ―――」
「リオンちゃんは辛うじてだけど、気付いていたじゃねェか―――」
「最初の不意打ちの時によぉ。」
そうだ―――
リオンは第二ラウンド表の終盤。
百鬼の不意打ちに気付けた。
「アレは恐らく、"リズムの変化"に気付いたからだな―――」
「リズムゥ?」
「リオンは闘いの中で、相手のリズムや呼吸を注視する節がある。」
「多分、歌を歌うのが好きだから、自然と身に付いたものなのだろうが―――」
「そこでギリギリだったが、気付いたんだろうな。」
「いつもと風のリズムが少し違うってことに―――」
「そんなことで失敗したってことかァ~?」
鍜治原の表情がまた歪む。
進の解説も終わり、皆はモニターに顔を向け、勝負の行方を見届ける。
~匣内部 第弐階層 戦場~
「私の能力がどんなものであれ―――」
「私は貴方に勝利します。」
自信に満ち溢れた百鬼。
彼女はこの闘いで何を想うか。
リオンの前でリオンを守るように取り囲む西軍の兵士たちを見て、何を感じるか。
「そうはさせんッ!!」
圧倒的力量差を見せつけたにも関わらず、未だ闘志を失わないリオンの瞳を見て、どんな記憶が蘇るか。
「下らないです―――」
「人は生きている内に何をしたかでその人生の価値が決まるッ!!」
「百鬼殿は何のために闘うのだ?」
リオンは不意にそう思って百鬼に尋ねた。
彼女のような若い娘が何故、ここまでの力を付けたのか気になった。
「私は社長の理想を実現させる為、闘うッ!!」
「それが社長に出来る最大の恩返しなんですッ!!」
再び、戦闘が開始された。
目の前に立ち塞がる西軍の兵士たちを薙ぎ払い、その中心にいるリオンを狙う。
もはや不意打ちは意味がない。
リオンは気付いていた。
もはや違和感を与えない擬態はリオンには通用しないことを。
だから真っ向勝負に打って出た。
元より、それだけの力はある。
少しの工夫と頭を使えば、第一ラウンド裏でやってのけたような百鬼一人で兵士を殲滅することだって、彼女にとってはそこまで難しくはなかった。
しかし、リオンが先導者として前へ立ったことで空気感が一変した。
「私は勝つ―――!!」
「絶対に勝たなければいけないッ!!」
「赤目さんは言っていた『仕事人が第一に殺すべき相手は、自分の甘えた感情』だと。」
百鬼の覚悟の大きさは敵であるリオンだって分かる。
「百鬼殿の覚悟の大きさは伝わった―――」
「しかし、私とて絶対に負けられない―――」
「聖王国の多くの民は今も傷ついている!」
「進の父上にどんな思惑があるかは分からないが、それでも罪無き人たちが苦しむ姿など一国の姫として見過ごす訳にはいかないッ!!」
「どれだけ強がりを言おうが、武器を失った貴方は私には絶対に勝てないッ!!」
もう少しでリオンの懐というところまで歩を進めた。
あと少し―――
距離にして数メートル。
後は重装歩兵が二体。
コイツ等を吹き飛ばせば、リオンの首が獲れる。
「武器を失った―――?」
「あの剣のことを言っているならそれは間違っているぞ」
「百鬼殿ッ!!」
「何ッ!?」
咄嗟のことでリオンの言葉を理解できない百鬼。
「アァ~~~♪」
「ラララァ~~~♪」
この戦場で歌・・・・?
稲妻のような衝撃。
突然のことで全身を鳥肌が走る。
リオンの歌声が周囲に響いた。
「血迷ったか!?」
武器を失い、力では圧倒的に自分に及ばない。
リオンを殺すことなど容易い―――
とそう思っていた。
しかし、次の瞬間―――
目の前の重装歩兵達の眼の色が変わった。
「えっ―――!?」
重装歩兵が持っていた大型の金槌が百鬼を捉えた―――
「グフッ―――!!」
百鬼はこの闘いで初めて血を吐いた。




