第289話 始動
~暗黒大陸 魔王城~
強い者だけが生き残ることを許される大地―――暗黒大陸。
他種族と比べ高い魔力を誇る魔族達の巣窟。以前は魔王となった未央がこの地を治めていたが、サンドルによって、王権が奪われたため、現在はサンドルが実質的な支配者となっている。
リカントのいた時代は、好戦的な魔族達をその圧倒的な力で抑圧していたが、今やその枷はない。
この地で隠れてひっそりと暮らしていた温厚な魔族達はサンドルが下克上を果たした時点でこの地で住む事が出来なくなったため、否応なくリカント達のいるクロヴィスへ難民という形で流入するほかなかった。
幸いなことに彼らは力は弱い者がほとんどだが、生きる術に関しては目を見張るものがあった。
鎖のなくなった好戦的な魔族達を残したこの暗黒大陸は、これから他の種族たちの領土へ戦略戦争を仕掛ける。それは誰の目から見ても明らかだった―――
「いやーーそれにしてもまさか浮くとは思わなかったぜーー!!」
「これも偉大なるハイロン様の御業だ。」
「俺達のような下級兵士には分からない領域なのだよ。」
そんな話をするゴーストとスケルトンの二人組。彼らはこの急激な体制の変化によって、兵を必要とする魔王軍の志願者である。その兵士として志願をする為、今日はこの魔王城へとやってきた。
これからこの魔王城で兵士として登用をされる為の試験が行われる。
サンドルが未央の王権を奪い、彼らが暗黒大陸に戻って初めに行ったことはこの大陸の浮遊。暗黒大陸の大きさは約800万キロ平方メートル。だいたいオーストラリアに匹敵する程の面積を誇る。
そんな広大な地を高位リッチであるハイロンは長年の研究の末生み出したある装置によって、浮遊させたのだ。
浮いた暗黒大陸は外敵の侵入を防ぐため、サンドルの膨大な魔力によって生み出された結界によって守られている。
混沌の時代を求めるサンドル―――彼はこの先一体どこを目指すのか。
それは、彼にしか分からない。
そして、彼の行く道を全面的にサポートをする同じ六魔将のアドラメレクとハイロン。
まさに伝説級の怪物の三人。
その配下として、これから闘いに参加できるのだ。
魔王軍に志願をする者も少なくはない。
会場へ向かうスケルトンとゴースト。
そんな二人の目の前をスッと白髪の少年が横切る。
「オイ・・・!そっちは試験会場じゃねぇーぜ!!」
少し荒っぽいスケルトンは声を上げた。その少年を自分と同じ受験者だと思ったのだ。
見た感じまだ15歳くらいの人間の少年にしか見えない。
「てか、アンタ本当に魔族かぁ・・・!?」
スケルトンはその見た目に疑問を持った。まさかこの暗黒大陸に人間がいるハズが無い。人間っぽい魔族は比較的にいるが皆頭に角があったり、尻尾があったり、身体に入れ墨のような文様があったりするので、人間とは区別がつくが、この少年にはそれがない。
まぶしく感じる程の真っ白な少年。
「虚無に何か用かな?」
その少年は少し微笑みながら、答えた。
「バカ野郎ォォーーーッ!!」
ゴーストの方が慌てて、スケルトンの頭を掴み下げさせた。
「な、何すんだよ!?」
「この方は・・・あの六魔将を除いた魔族の最強の一角"虚無"のヌル様だ!!」
「そんなことも知らないのかッ!?」
「この方があのヌル様・・・?」
「うん!虚無はヌルだよ。」
「こ、これはとんだ無礼をッ!!!!」
二人は必死に謝った。
もし、この方が怒ったなら自分たちの命などろうそくの火のように簡単に消える。
この弱肉強食の暗黒大陸では弱者の生物の命などそれくらい軽いのだ。
「別に構わないよ・・・それより虚無はこれからこっちに用があるから行くね。」
右手を上げると、ヌルはそのまま振り返ることなくその場を立ち去った。
その姿が完全に視えなくなるまで、スケルトンとゴーストの二人組は頭を下げ続けた。
「すっげーカッコよかったな・・・!?」
「まさかあれほどの大物と出逢えるとは・・・今日は何て良き日なんだ!!」
スケルトンとゴーストは顔を見合わせて、感動を分かち合っていた。
◆◆◆
~魔王城 11階 魔神の正殿~
「遅カッタジャナイカ―――」
「少し、ベロニカと話していてね―――」
魔王城11階、ココは六魔将の一人アドラメレクが管理する階。アドラメレクは普段はココで魔王軍での仕事を行っている。
今日はココを訪れた二人がいる。
一人は虚無のヌル。
そして、もう一人は殲滅のディアブロ。
アドラメレクはこの二人に事前にある命令を出していた。
「アドラメレク様―――ただいま、ヌル、ディアブロ戻りました。」
「報告を聞こうか―――」
アドラメレクを前に跪く二人。
「先に命じられていた西の大国『魔導国』と南の大国『ブロワ王国』二つの壊滅―――完了いたしました。」
「こちらがその二国の王権となります。」
アドラメレクに二つの王権を差し出す。
ヌルとディアブロはたった一晩でこの大国を滅ぼしてしまった。
「それで―――どうだった―――?」
「二人とも久しぶりの戦闘だったのだろう?」
「リカントやあの小娘に押さえつけられ、命を奪うことが中々できなかったのだからな。」
「全ク問題二ナリマセンデシタ。」
「簡単に感想を言うと・・・虚無もつまらなかった。」
「あの程度じゃ虚無は全く満たされない。」
「それで―――ヌルにはもう一つ命令を下したハズだが・・・?」
「はい。アップルの抹殺の方も完了いたしました。」
「途中、ベロニカにも遭遇しましたが、何も問題なく遂行いたしました。」
「ベロニカ―――ほう、エレナの配下のアイツか。」
「本当はアイツも俺の配下に入って欲しかったが・・・エレナの側に付いてしまった。」
「まぁいずれ、奴らも俺が直々に潰すから関係ないか。」
「報告は以上となります―――」
ヌルとディアブロは立ち上がる。
「まだ闘えるか―――?」
アドラメレクは二人に尋ねる。
「もっと満たされたい―――」
「俺モモット殺シタイ。」
「そうか―――であれば、お前ら二人に次の命令を下す。」
「今度の命令は、お前ら二人だけではなく、ジャック、シエル、ハイバネートの三人にも行ってもらう。」
「へぇ・・・まさに総力を費やすって感じですね―――」
「その命令を果たせば虚無は満たされますか―――?」
「あぁ、今回の命令は恐らく、お前も満たされる。」
「次に行ってほしいところは、エルフの国『ガラドミア』だ!!」
「エルフの国『ガラドミア』・・・?そこは、確か未開の地って聞いたけど。」
地図上だと大体の位置は乗っているが、そこはエルフたちしか入ることの出来ない楽園と言われている。
そこのエルフの女王も王権を持っているらしいが、なにせどこにあるか分からない国で入ることも出来なければ、如何に力の大きい魔族と言えども手を出すことが出来ない。
「あそこは謎が多い。俺でも分からないことがたくさんある。」
「しかしだ―――先日ある知らせが俺に入った。」
「見つかったのだ―――ガラドミアへ行くことの出来るカギが―――」
「へぇ―――」
「参考までに聞きたいですがどうやって?」
「俺は一人の人間と取引をしていてな。その男からの情報だ!!」
「お前たちにはそこにいって王権を回収してもらう。」
「分かりました。」
「了解!!」
アドラメレクからの命令を聞いたヌルとディアブロは早速動き出す為、アドラメレクの前から立ち去る。
「ふむ。今回、俺達がガラドミアへ攻撃を仕掛けることで気になる点はやはりリカント達の動きだな。」
「本当はアイツの事も殺しておきたいところだが、俺が行っても返り討ちになる可能性の方が高い。」
「サンドルの旦那に言っても、リカントのヤツには手を出すなの一点張り―――さて、どうするか。」
アドラメレクは暗躍する。
それは暴力を至高のものへとする為。
人々に畏怖の念を抱かせる為。
自分がかつて、憧れたサンドルという存在を伝説から神話へと押し上げる為。
何よりも信じていることは暴力であるから―――