第287話 自己紹介
~シュトリカム砦 周辺~
「みんな、少しいいかな―――?」
聖王国へ戻る為、馬に乗り込もうとする直前、サリオスは真達へ声を掛ける。
目的は、進達から引き抜いたマリーを他の者達へ紹介する為だ。
「彼女の名前はマリー―――あの少年の仲間だった少女だ。」
「そして、彼女を神殿騎士の団長に迎え入れようと思う。」
「ちょうどガリア君のいない第七師団の団長が空いていたからね。」
それは意外な提案だった。
女性であり、しかもまだ20歳も超えていないような少女が神殿騎士?
「サリオス~~それはいくら何でも無茶じゃないかな~~!?」
グレガーが口を挟む。
普段の会議ではサリオスの言葉に異を唱えることのないグレガーだが、この時ばかりは口を出してきた。
「ちょっと―――!?」
「サリオスさん―――」
一番驚いていたのは、他でもないマリー自身。
自分に付いてきたら、異次元を渡ることの出来る力を行使するという条件だったから付いてきたのだ。
それなのに自分が神殿騎士の団長?
何かの冗談か?
無理に決まっている。元々、自分はただの村娘。
それが人種最強とも呼び名の高い『神殿騎士』になるなんて思ってもみなかった。
「私にはそんなことムリですッ!!」
「貴方はただ付いてきてくれとしか言わなかったじゃないですか!?」
サリオスはそう訴えるマリーの肩をグイッと引き寄せ、顔を近づけ、こう囁く。
「私も元々は、君と同じように弱かった―――」
「誰よりも望んだ。」
「誰よりも努力した。」
「誰よりも強くなろうとした。」
「だけど―――なれなかった。」
「神様は私に何かを持つことをお許しにはならなかった。」
「私以外の神殿騎士達は皆、特殊な才能を持っている。」
「だが、今その頂点に立っているのはこの何も持たなかった私だ。」
「君には神殿騎士の団長をやってもらう。ただ、別に闘わなくてもいい。」
「形だけだ。」
「それが君を異世界へ渡らせる条件。」
「それに私の眼は節穴じゃない―――君が並みの騎士よりも遥かにデキることくらい見抜いているさ。」
「わ、分かりました―――でもホントに貴方はススムさんのいた異世界へ行く方法を知ってるんですよね。」
「あぁ―――まぁ正確には私が出来るわけではないが、その力を持っている人を紹介は出来る。」
「その点に関しては心配は無用さ!」
「・・・・・」
無言でサリオスの眼をじっと見つめるマリー。勢いでサリオスに付いてきてしまったが、進のいた異世界へ行く方法に対しても現状半信半疑の状態。
「信用していないのかい?」
「なら、あそこにいる人に聞いてみるといい―――」
「彼はこの世界と彼のいた世界へ今まで何度も行き来している経験を持っている。」
「それに彼は君の好きなあの英雄様の父親だそうだ―――」
サリオスは真の方へと目を向ける。
サリオスの目配らせに気付く真。
特に反応を返すこともなく、反対の方向を眺め始める。サリオスの企みを邪魔をするつもりもないが、積極的に協力をするつもりもない。どっちにしろ、サリオスに付いて行けば、あの男に辿り着く。真にしてみたらそれが一番の近道なのだ。
「えっーーー!?」
マリーは当然驚く。
まさか、目の前にいる男が進の実の父親だとは思ってもみなかったのだから。
確かに似ているといえば、似ている。
進がもっと歳を重ねたらこういう風になるだろう。
いまだって、雰囲気とかはそっくりだ。
まるで何者も寄せ付けない、己の信じた道を突き進むような強さを感じる。
マリーが真を眺めていると、今度は横からアンジェが口を挟んできた。
「サリオス―――いきなりそのような娘を神殿騎士・・・それも団長にするとは正気か?」
アンジェは神殿騎士団長クラスの中で唯一の女性。
通常騎士とは男がなるものだからこそ、彼女は騎士として認められる為、人の何倍も努力した。
そんな彼女がポッと出のこんな年端も行かぬ少女を認めるわけがない。
ただ、サリオスの人を見る目に関してはアンジェも認めている。そんな彼が推薦をしているのだから、ある程度は我慢をするつもりだった。
「当然、私は正気だよ―――」
「君は感じないかい?このマリーの力を!!」
そのサリオスの言葉を信じ、マリーを見てみる。
アンジェの目は視た者のストレス値を数値で知ることが出来る。
どんな者も緊張というモノは必ずするというモノ。
それならばこんな年端も行かぬ少女は、この強者揃いの面々の中、緊張で立っているのがやっとのハズだ。
見極めてやろう―――
そう思って視たマリーのストレス値は、『5%』だった。
自分の家でリラックスしている時のストレス値の平均が15%なのに対して、現状の彼女のストレス値はたったの5%。
いくら何でも緊張が無さすぎる。
どんなトレーニングを積んだら、ここまでこの重圧下でリラックスが出来るのか。
確かにサリオスの言う通り、只者ではないようだ。
「ん?じゃあアンジェも納得してくれたみたいだね!!」
「それじゃあ、聖王国に戻ろうか―――」
聖王国へ戻る為、馬を走らせるサリオス一行。
サリオスの乗る馬にマリーも一緒に騎乗する。
馬を走らせる中、サリオスは《念話》のスキルを会話を試みる。
―――君の息子と言えど君の前では手も足も出なかったようだね。
何だ。見ていたのか―――
―――まぁね。君の力がどれ程のモノか知っておく必要があった。
助平なヤツだ。大方、盗聴用のスキルといった所か。―――
―――フフ、そんなところさ。
まぁ、構わんさ。結局、私の力は既に視えざる者に知られているからな。―――
それより貴様は一つ勘違いをしているぞ。―――
―――勘違い?
サリオス、貴様から見た私の子ども達は、私の圧倒的な力に為す術もなくやられたように視えただろうが、その実それは間違っている。―――
―――どういうことだい?
幼少期から私は進と修行を付けてきた。そして、今日初めてお互いがお互いの本物の殺意をぶつけ合って立ち会った。―――
真剣での斬り合い。いくら私の天剣-童子切や進の天満雪月花の切れ味が良くても人体を両断するにはそもそも達人の域でなければならない。それをあそこまで激しく斬り合って、何も理由がなくお互いに刃こぼれ一つせずにできると思うか?―――
―――それってまさか・・・。
私は戦闘の終盤、刃こぼれの恐れを感じ取り、《刀身強化》のスキルをダウンロード&インストールした。そして、最後にヤツに奥義を放った。進は見えないながら、自らの刀身で防御しようとした。私はその刀ごと斬り落とすつもりで放ったが、結果としてヤツの刀が折れることなく、進は絶命を避けた。―――
つまり、進は私との闘いの最中・・・いや、今回の闘いよりもっと以前か、《刀身強化》に似たスキルを自らの内に獲得していたと見るのが自然だ。
―――そんなことが在り得るのかい?それに私が見た彼のスキルの一覧にそんなスキルはなかったぞ!
フフフ・・・それが"最強の細胞"の恐ろしいところだ。スキルの一覧に視えていないという事は、この世界のシステムに存在しない『スキル』ということになる。AとBの異なる事象がぶつかり合った時にそれに適応するために進化を繰り返す細胞。それが最強の細胞の正体だ。ちなみに天童流剣術もその一つだ。故に天童流剣術は《鑑定》のスキルで名前が表示されない―――
―――ってことはあの君の息子は実際に《鑑定》のスキルで視えるスキルよりも数多くのスキルを所持しているってことになるのか!?
まぁ簡単に言えばそういうことだ。ただ、あの様子だと、進自身も自覚はしていないようだがな。―――
進自身は圧倒的な力で私にやられたという感覚だろうが、私はそうは思わん。次に立ち会った時、勝敗はどうなっているか分からないぞ。―――
私は、この時そのテンドウ ススムの底知れぬ力に鳥肌が立ったことを覚えている。
そして、頭の中で会話をしているこの時の真の様子が、どこか嬉しそうだったこともまた印象的だった。