第271話 言騙し打ち
~シュトリカム砦内~
シュトリカム砦に突如として現れた進の父親であり、自分たちの世界から召喚された勇者 天童 真。
一瞬で、かつて死闘を繰り広げたジャハンナムの5人を斬り伏せるその実力。
新を支配したその気持ちは実にシンプル。
"あの男と闘ってみてェ"
今までの人生で何故俺の前に出てこなかっただとか、お袋の事は捨てたのかとか、聞きたいことは山ほどあるが、そんなことが吹き飛ぶ程、新に流れる戦闘狂の血がそう思わせていた。
唯我 新にとっては初めて対面した男である。勿論、街中の駅やビルに貼り出されている企業広告やTVやネット、書籍に至るまで取り沙汰される真の事を新も知っている。
自らの父親と言われてもいまいち実感がない。
でも一つだけやりたいことが在った。
"アイツは一発殴らなきゃ気が済まねぇ!!"
ってことだ。
どんな理由があろうとも俺だけじゃなく、お袋の事もほったらかしにしたことには変わらねぇ・・・。
だったら、何があろうとも俺はアイツを一発殴る。
それからだ。闘り合うのは。
しかし、現状ガイウスとの戦闘の傷が癒え切っていない。まだ全身に激痛が走っている。いくら新の《超人》の能力によって身体を超速再生しているとはいえ、あのレベルの相手とまとも戦闘は出来ない。
「チッ・・・まだ全身がイテェや・・・」
新は何とか立ち上がる。
その新の前には進が立つ。
天童はどうやらあの怪物と闘り合う気の様だ。
そんな天童の背中が大きいと感じてしまった。
天童の方が自分よりもよっぽどあの男に対して思う所があるハズだ。俺は今の今まであの男と会ったことが無いんだから。本当に殴りたいのは俺なんかより天童の方だ。
―――そんな時だった。
新の近くに一人の男が近づく気配。
「オイ!コレはどういうことだ!!」
「答えろ!グレガーッ!!」
一部始終を見ていたアルマンは、こちらに近づく男に向け言葉を放つ。
新達に近づくは神殿騎士第五師団団長グレガー-デ-マグディンガー。いつもヘラヘラしているこの男がアルマンは不気味で仕方なかった。
「どういうこと?うーーん、それって何のことぉ?」
グレガーは両腕を組みながら、首を傾げる動作をする。
「ふざけるな!!」
「サリオスやグレガー、それに聖女様までが戦場に現れるなどただ事ではない!!」
サリオスやグレガーは基本的に自らが戦場に赴くことはない。古くからの付き合いであるアルマンはそのことを知っていた。
しかも世界の宝である聖女様まで聖王国を出てこんな血の匂いが漂う戦場へ来るなど、ただ事ではない。
「あぁーーあ、なんだそんなことかぁ。」
「そりゃ来るでしょ!みんな例の"英雄"様をこの目で一目見たかったんだ!」
「うーん感想は思ったより、幼い?でもアレは強いね!多分ボクが何十人掛かっても勝てない!」
そんなことで聖女様まで来るわけがない。アルマンはハッキリとそれだけは言えた。恐らく、あのとてつもない重圧感を放つ黒服の男が関係してると考えた。
「ッーーー!?そうか!」
「あの男が聖王国に召喚されたという例の勇者か!?」
そう考えれば、聖女様がこんな所にまで現れた理由も何となく考えられる。
「ぴんぽーん!!ぱちぱちぱち!!」
「アルマン!それ―――せいかいだよ~~!!」
グレガーは両手で拍手を繰り返す。
「ならばサリオスに伝えろ!!」
「俺はあの"テンドウ ススム"という少年に敗けた!!」
「俺は敗けたんだ!!だからケジメは俺が付けると!!」
アルマンは未央の事は何も言わなかった。6名の上級魔族を従えるあの少女が本当に魔王である疑いは残るが、確証は何一つない。あの少女をどうするかはまた別途議題に上げればいいと考えていた。いや、というよりもただ逃げたかっただけかもしれない。あの魔力を間近で感じてしまったことで、自分の中で向き合いたくないだけなのを都合よく先延ばしにしているだけだ。
それよりも今は自分が纏めている第六師団の部下達を何とかしたいと考えていた。
現状、表に出ている者達約数十名は皆、あの少女の魔法によって眠らされていた。あのままでは闘いに巻き込まれたとき、無防備にやられてしまう。
部下を見殺しにするのだけは何とかして阻止したい。サリオスやグレガー、それにあの勇者がいてはあの少女やススム達と激しい戦闘に発展してもおかしくはない。その戦闘に部下たちを巻き込みたくない。だから、グレガー達には今は撤退してもらわねば困るのだ。
「ケジメって・・・!」
「誰もそんな事期待して無いんじゃないのぉ?」
「黙れ!コレは俺の闘いだ!!!」
「貴様たちは帰れと言っているのだ!!」
「助けに来た仲間に対してそれは無いんじゃない?」
「仲間だとぉ?」
「貴様のようないつもヘラヘラした信用できない男など仲間だと思ったことはないッ!!」
「おおぉっと・・・アルマンもヒドイこと言うなぁ~~~!!」
「まぁでもいいや・・・」
「ボクは嫌われるの慣れてるしッ!!」
人間死ぬときは一瞬なのかもしれない。
瞬き一つしている間に人の命が一つ消えることだってある。
アルマンは瞬きしたほんの微かな時間―――アルマンの眼に映ったのは日の光に反射する大量の汗と血飛沫。
そして、巨大な肉壁―――アルマンのかつての師匠であるガイウス-ド-ディビアン。
まるで自分を庇うように前に立っている。その上半身から血でポタポタと流れている。
「―――ハッ??」
ドサッ―――!!
巨人のような体躯のガイウスが土埃を巻き上げ、地に倒れ伏す。
何が起きたのか分からなかった。
ただ、これだけは言える。
グレガーが俺を攻撃してきて、その攻撃を認識できない俺をあの人が庇ったんだ・・・。
「あ~~あ、やっぱり庇っちゃったか!!」
右手を額に当て、そのまま髪をかきあげるグレガー。
この時、異常に発達した感覚器官を持つ新はすぐに気付いた。
既にガイウスの命が消えていることに。
既に新との戦闘で疲弊、満身創痍だったとは言え、あんな一瞬で殺される程、拳聖ガイウスは軟ではないと新もアルマンも思っていた。
しかし、グレガーの一撃から倒れて数秒してもガイウスは立ち上がらない。
かつて英雄とまで云われたこの男がこんな姿に・・・。
「オィ・・・!!ウソだろ・・・ォ!?」
「何で俺を庇ったッーーーッ!?」
勝手に死ぬわけないと思ってた。かつて戦場で見たその雄々しくて猛々しい姿で戦場を駆け抜けるアンタは俺の憧れだった。どんな武器も魔法もスキルもアンタの拳の前では意味をなさず、砕かれるってそう思い込んでいた。
アンタが部下を何十人殺しても俺はアンタの実力だけは疑わなかった。
絶対に倒れないって。
何があっても死なないって。
「アンタはどんな状況でも立ち上がる俺達のヒーローだろッ!!」
アルマンは必死に叫ぶ。
少しでもいい。
意識のないガイウスに少しでも自分の声が届くように。
「俺はアンタにまだ言ってやりたいことが山ほどあったんだよォーーーッ!!」
「それなのに勝手に死んでんじゃねェよーーーッ!!」
「オイッ!!オイッ!!聴こえてんのかよ!!」
「師匠ォォーーーーーッ!!!!」
そんなアルマンの悲しみの声に冷たくなっていくガイウスが反応を示すことはなかった。
「んーーームリじゃないかな~~??」
「だって、ボクの技を喰らったんだ!」
「それにもう死にかけだったし!!」
全く表情を変えないグレガー。
「何で・・・殺した?」
唯我 新は怒りの眼をグレガーに向ける。
「何でって?何でかな・・・?」
「あーーそうだ!!今日は天気がいいから殺した!雲一つない快晴だから気持ちよく・・・ね?」
「これじゃダメかな?」
「ッーーー!!!」
全身が痛いとかそんなことどうでもいい。
単純にこの男を殴りたいと思った―――それだけでいい。
いや、それでいい。
グニュッと生暖かい感触が新の握り拳に残った。
それはまるで紙を殴っているような感触だった。ガイウスを殴った時はまるで分厚いゴムの塊を殴っているような感触だったが、この男は全くの真逆。
ペラペラの紙を殴ったみたいな感触。
全く鍛えていない男を殴った時と同じ感触だ。
「なんだぁこりゃ??」
新はそう呟いていた。




