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第263話 無邪気な暴力と無意識の武


~シュトリカム砦内~

 

 「ありがとよ・・・テメェら!」

 

 ジャハンナムの乱入により、ガイウスの身体は着実に傷付いていた。全身の骨はいくつも砕け、全身は恐ろしい内出血をしている状態。メルクロフの上限無しの反撃アンリミットカウンターは決して無駄ではなかった。

 

 ただ、惜しむべくはガイウスという男がただの激痛程度で倒れるような男ではなかったことだ。

 

 

 本来ならば一対一の喧嘩において横やりを入れられるのはあまり好きではない新だったが、今回に関していえば、感謝していた。

 

 ジャハナムの奴らは自分の事を心配して乱入したのだ。モレクの命令とは言え、メルクロフ達が自分の事を心配しているからこそ助けたということは感じ取っていた。しかも自分達よりガイウスの方が遥かに強いことは分かっていただろうに、立ち向かったのだ。

 

 それは中々できることではない。

 

 だからこそ、メルクロフ達の頑張りを無駄にはしたくないという思いが新を支配していた。

 

 

 「これほどの実力差を見せつけられながらまだ立ち向かう勇気があるとは不思議な少年だ。」

 

 

 「・・・」

 スッと右手を前に構え、左半身を少し斜めに下げる。

 

 新は戦闘再開する気満々だ。闘い始めた瞬間ときよりも闘気が溢れ出ていることをガイウスも感じ取っていた。

 

 「行くぜ・・・ッ!!」

 

 「来てみるがイイッ!!」

 

 両雄最後の激突が始まった。

 

▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 「メルクロフ!しっかりしてメルクロフ・・・!!」

 

 霞む視界の中、メルクロフの眼前に見慣れた者達の姿が映る。

 

 「う、うぅ・・・姉さん・・・!?」

 

 「はぁ・・・良かった!!ちゃんと意識はあるようね!」

 目の前には心配するメルクロフの実の姉であるモロトルフ。そして、その周りに同じように心配そうな顔をする他のジャハンナムメンバー、ヴィクトル、ベリヤ、バルバスの3人。

 

 拳聖の回し蹴りを受け、吹き飛ばされたメルクロフに対して、ヴィクトルの身体で生成した特製のポーションをメルクロフに飲ませたのだ。

 

 ハッと我に返ったメルクロフは、急いで自身の首にぶら下げていた銀の懐中時計が無事な事を確認する。

 

 戦闘中に気絶―――敵に生殺与奪を握られた状態を意味する。

 

 とどのつまりメルクロフは敗けたのだ。

 

 拳聖 ガイウスに。

 

 悔しいさがメルクロフの精神を支配する。

 

 「私は、どれ程眠っていたのだ・・・」

 パカッと懐中時計を開き、時間を確認する。

 

 あれから1分18秒が経過している。

 

 時間に厳しいメルクロフは常に時間をカウントしながら闘っている。上級魔族であるメルクロフのハイスペックな思考回路ならば簡単な事である。

 

 そのカウントが一時的とは言え、途絶えてしまったことでメルクロフは不安になっていた。

 

 「そうだ!アラタはッ!?」

 

 混濁していた記憶が徐々にハッキリしてくる。

 

  "そうだ!!自分はアラタと拳聖の闘いに割って入って、拳聖の一撃で意識が飛んだのだ。"

 

 だとすると、アラタと拳聖の闘いはどうなったというのだ?

 

 新とガイウスの闘いを見ようと立ち上がろうとする。

 

 一瞬、頭が激痛でフラッとしたが、何とか立ち上がる。

 

 「アラタは一人で闘っているのか・・・!?」

 メルクロフの目に激しい戦闘が、いや戦闘というにはあまりにも原始的な闘争が映る。

 

 「何という戦闘を―――いや、喧嘩・・をしているんだ・・・!?」

 

 まるで、石器時代に行われていた狩猟―――石を打ち欠いて作った打製石器を用いた大型動物の狩りにも似た光景。

 

 新とガイウスの間で繰り広げられていた戦闘はただの何の工夫もない殴り合い。

 

 お互いが一発受けたら、逆に相手を一発殴る、蹴るをただひたすらに行っているだけだ。

 

 アレに割って入ることなど誰が出来るだろうか。

 

 割って入ったら最後、命があるのかも分からない―――そんな命のやり取りが二人の間で行われている。

 

 故に二人の喧嘩をジャハンナムの5人はただ見守ることしかできなかった。

 

▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 あぁ―――身体が熱い。

 

 こんなにひりついた喧嘩はいつ以来だろうか。

 

 中学生の時、初めて天童と喧嘩した時以来か・・・?

 

 こちらが殴れば、殴り返される。

 

 こちらが蹴れば、蹴り返される。

 

 その繰り返し。

 

 戦術など一切ない。

 

 嗚呼・・・楽しい。いつまでもこの至福の時が続けばいいのに・・・。

 

 "超人" 唯我 新の心は底知れぬ幸福感で包まれていた。頭を使わず、ただひたすら肉体と肉体でせめぎ合う。強き者との死闘だけが、彼の快感になっていた。

 

 

 こんな至福に包まれていたのは、なにも新だけではない。

 

 ガイウスもまた同様に充実感に満ちていた。

 

 久方ぶりの熱い死闘素晴らしい充実感。

 

 「血で血を洗うような戦場を幾千も巡る人生の中で、最高に愉しい闘いに巡り合えたことに感謝を捧げる。」

 

 本来であれば、初めのような新の拳を回避しつつ、カウンターを狙うことが一番安全に勝ちを拾えると考えていた。

 

 しかし、ガイウスは見たくなったのだ。

 

 目の前の少年の可能性を。

 

 故に、新と同じ土俵に乗って、そこで完膚なきまでに叩き潰す。

 

 そして・・・自らの無力さを痛感させ、最後に殺す・・。闘争において、相手に心からの笑顔を見せることの愚かさをその身に分からせる。

 

 あくまで、殺し合いは殺し合い。

 

 例え、愉悦を感じたとしても、それを表に出してはいけない。

 

 ましてや、殺す対象に向ける笑顔ではない。

 

 しかし、この少年なら、もしかして覆すかもしれない。

 

 この自分の定説を。

 

 その可能性を見てみたいという期待も少しはあった。

 

 

 身長2m20cm、体重180kgのガイウスに対して、唯我 新の身長180cm、75kg。フィジカルでは完全に負けている。しかし、この世界はステータスが物をいう世界―――では、こういった身体的な優位性はステータスに影響を受けないのか。

 

  否、受ける。

 

 モロに影響を受けている。受けまくっている。

 

 例え、ステータスがどんなに高くても手が届かなかったら・・・身長が届かなかったら・・・攻撃は当たらない。

 

 また、この世界のステータスに戦闘経験という項目は存在しない。つまり、どんなに威力が高くても、どんなに早い攻撃でも、当たらなければ意味がない。戦闘における経験というのは、攻撃の精度や動作の効率化、相手の出方に対する経験値等が考えられる。スキルのレベルはあくまでも数字上の話であり、実際の戦闘において、決定的な差になり得ないことがある。ハイスペックなスポーツカーを持っていたとしても運転手が下手では勝負には勝てないと言えば分かりやすいか。

 

 故に過去を振り返ると、進が格上相手を相手取った時にもギリギリで勝ってきたこともあり得ない話では無いのだ。

 

 これらは鑑みると、フィジカル、戦闘経験値の面ではガイウスが圧倒的に有利、スキルの面では新が有利、さらにガイウスは先刻のメルクロフの上限無しの反撃アンリミットカウンターのダメージが残っている。しかも、新は《超人》のスキルによりダメージが超回復する。従って、総合的に見ると、新の方が若干の有利である。

 

 「オラアアァァーーーッ!!」

 新の渾身の拳骨がガイウスの腹部にめり込む。ゴムのような腹筋が変形する。

 

 「フンッーーー!!」

 次は、ガイウスの番―――新の懐に入り込み、肘内を腹部にお見舞いする。

 

 「ッーーー!?」

 

 二人がこのような殴り合いを始めてからおよそ2分が経過していた。ここでガイウスはあることを感じていた。

 

  アラタの拳打が初めよりも鋭くなっている・・・?

 

 明らかに新の拳打の威力と精度が上がっているのだ。

 

 「アラタ・・・貴公はまさか、強い者と闘えば闘う程、強さを増していくタイプか!?」

 

 ガイウスは新のようなタイプを人生の内、何度か見てきたことがある。

 

 そして、この手のタイプは長い時間闘っていると非常に厄介になることを知っている。

 

 だからこそ、今。

 

 自分より弱い今その芽を摘み取ることが大切なのだ。

 

 「アラタよ・・・非常に惜しい男だ・・・君のような未来のある少年を殺さなければいけないのは・・・。」

 

 ガイウスは、命令とはいえ、この少年を殺すことを惜しんでいた。

 

 決して冗談などではなく、本気マジだ。

 

 怯んでいる新に頭を下に向け距離を詰め、胴辺りから両手を後ろまで回して新の身体の自由を奪う。

 

 そこから自分より遥かに軽い新をひょいっと逆さにして、飛び上がった。

 

 空中で新の頭を自分の両足に挟んだまま、全体重を思いっきり地面に向ける。

 

 「オイオイ・・・これってまさか・・・」

 「パイルドライバーかッ!!!?」

 

 このまま新の頚椎と頚髄を砕いて、息の根を止める気だ。

 

  "こんなものをまともに喰らったら終わりじゃねェ―か!!?"

 

 そんな死ぬ間際というモノはある意味一瞬である。

 

 自分は生涯自由を貫いて生き抜くと・・・生きなくてはいけないと決めている唯我 新も走馬灯のようなものが脳裏を走っていた。

 

 

  "いや、コレは本当に走馬灯なのか・・・?"

 

 何かしらの意思が・・・運命めいたモノすら感じる。

 

 新が見た光景は、自分とある老人がいる道場での風景だった。

 

 その老人は新の知る人物―――合気道の達人である春園源治郎氏である。

 

 新が現実世界に居る時、一回だけ稽古を付けてくれたことがあった。その時に合気道における気の使い方を教えてもらったことがある。

 

 その時はふーん程度の認識だったが、新は自分が考えるよりも遥かに戦闘センスに優れている。それから少し意識をしていると戦闘の度に自分が"闘気"の扱いに慣れていくことを感じ始めた。

 

 しかし、新は型にはまった武術という物をあまり好きではなく、ただ、我儘に暴力を振るっている方が性に合っているのだ。だから、ガイウスが自分よりも格上だと感じた時にこの"闘気"を前面に用いて喧嘩をすることを思いついたが、実際に行動に移すことを渋ったのだ。

 

 だが、今それはない。

 

 あの時―――メルクロフが倒れた時に覚悟を決めた。絶対にどんな手を使ってもガイウスをブッ飛ばすと決めた。

 

 ならば、実現するのだ。それが漢ってモノだから。

 

 「ウオオオオォォォ―――ッ!!」

 

 新は自分の両足に今まで貯めていた闘気を一気に開放する。

 

 「何!?いつの間にこれほどの"闘気"を!?」

 

 ガイウスに悟られないように少しずつ、少しずつ貯めていた。

 

 最後の一撃の為に。

 

 頭で考えていたわけではない。ただ、何となくそうしようと決めていた。

 

 生存本能だったのかもしれない。

 

 頭の中で生きろとそう誰かが、言ってるような。

 

 

  「いいかガイウス!よく聴けッ!!!」

  「オレはなぁ・・・"自由"を奪われるのが大っ嫌いなんだッ!!!!」

 

  "全力全開だッ!!"

  "今度はテメェーが地獄を見やがれェ!!!"

 

  "ガイウス―――テメェ―はあの硬ェ城壁に全速力であの城壁まで突っ込めや!!"

 超人のスキルが発動する。

 

 新が思ったことを実現する力だ。

 

 実現するために必要な身体能力を提供する究極の自己暗示スキル。

 

 「ウッ・・・ヌウッ・・・!?」

 

 ムリヤリ引きはがそうとしても、空気抵抗と新に胴を掴まれて引き離せない。

 

 「終わりだアアアァァーーーーッ!!!!」

 「メテオインパクトオオォォォーーーーッ!!!!」

 まるで流星群の如き、スピードで突き進む新とガイウス―――ガイウスの背後には分厚い砦の壁。このまま、ガイウスを壁ごとブチ当てる。

 

 「グオオオォォっーーーッ!!!!」

 

 新とガイウスは壁を突き抜け、砦内を一直線で突き進む。

 

 とてつもない空気摩擦とガイウスの両足が擦り切れるかって位熱い。地面との摩擦で火花が散っている。

 

 「グッ・・・少年よ!」

 「見事だ・・・!!」

 

 そのまま砦内を突き破って反対側に出た二人は反対側の砦を取り囲む壁に衝突させた。この時、ガイウスの身体は限界を迎えていた。

 

 最後の攻撃の前から新の拳打を受け過ぎたのだ。

 

 新の攻撃は防御を貫通して全てを破壊する。それは拳聖とて例外ではない。

 

 それでも殴り続けた拳聖は流石というべきだろう。

 

 「フゥーーー!」

 「オラよっと!」

 両手をパンパンと叩く。

 

 「勝ったぞ!勝ってやったぞッ!!!」

 「オラァ!!!」

 

 

 動かなくなったガイウスを引きずり、元の場所へと戻ろうとする新。

 

 ガイウスと新の喧嘩に決着がついた。しかし、新はこの時妙な胸騒ぎを感じていた。

 

 目の前のガイウスとは比べ物にならない程の脅威が差し迫っているそんな気配を。

 

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