第250話 結晶のベロニカ VS 噛碎のアップル③
~クロヴィス郊外~
「ベロニカアアアァァーーッ!!」
冴えわたるアップルの拳、縦横無尽に繰り出されるアップルの暴力にただひたすら防戦一方のベロニカ。
この時、傍から見たらアップル優勢に思えていたが、その実アップルは焦っていた。
ベロニカの目が勝負を諦めている者の目ではなかったからだ。
ベロニカの奴まだ何かを狙っている―――戦闘のプロフェッショナルである自分の直感がそう言っている。
鮫は他の魚類と同様にエラ呼吸によって、酸素を身体に取り込む。しかし、他の魚類とはエラの構造が違う。通常の魚は口とエラ蓋をポンプの代わりにして新鮮な酸素を取り入れている。しかし、鮫は他の魚類とエラの構造が異なり、縦に数個の穴が開いているだけとなっている為、ポンプのように動かすことができない。
鮫は常に動き続けて新鮮な酸素を取り入れる必要がある。
よく世間で言われている鮫が泳ぎ続けなければ死ぬと言われているのはこう言った呼吸法による理由があるのだ。
アップルは鮫の魚人であるため、水中でこのエラ呼吸を行うこともできる。アップルのエラは両腕の上腕部から鎖骨に掛けて、縦の数本の傷のように付いている。しかし、普段陸上ではヒト型の生物として肺呼吸を行っている。
オプションzの独リンゴ―――アップル自身が禁断の果実と称したこの金色のリンゴは齧ると一分間だけ身体能力を最大限まで引き出す物である。正確にはこの独リンゴ、陸上でもアップルに海水の中にいる時と同じレベルでのパフォーマンスを引き出すことが出来る代物なのだ。
『先祖返り』を能動的に発生させる能力。それがオプションzの独リンゴの正体だ。
元々、魚人の先祖は海底で暮らしていた魚類が突然変異によって生まれたとされている。彼らの水中での戦闘力は陸上での比ではない。
つまり、今のアップルは陸上で活動しながらもその身体能力は水中にいる時の状態となる。勿論、呼吸方法はエラ呼吸になる為、両腕に付いたエラをポンプのように動かす為には常に腕を動かし続けてないとダメなのだ。
コレが、アップルが自慢の牙を使った攻撃ではなく、拳でベロニカを殴り続けている理由。
勿論、噛みつくことが出来ないわけではないが、連発して行うことは出来ない。
それでもアップルがこの禁断の果実を使用したのは、その圧倒的な身体能力の向上を求めた他にない。
アップルの噛みつきが使えないかもしれないというベロニカの読みは当たらずとも遠からずである。
何で、コイツはまだ耐えられているんだ―――いくらガードをしているからと言っても、流石に自分のパンチを既に数百発近く受けてまだ立っているベロニカに対して疑問を抱く。ベロニカは魔法型の戦士のハズ、いくら何でも物理型の自分の攻撃をこんなに耐えられるハズないのだ。
ベロニカの発動した《無痛の指輪》の効果により、痛みを一定時間シャットアウトしている為、ベロニカは痛みのショックによる気絶の可能性を排除している。
「テメェは何でまだ立ってんだヨオオオッォーーーッ!!」
さらに激しさを増す、アップルの猛攻。
「フッ、そんなへなちょこパンチじゃ私は倒せないわよ!」
口からタラりと血を流しながら、さらにアップルを煽るベロニカ。感情的になり易いアップル相手には心理的な面で揺さぶりを掛けるのは有効との判断。
「クソがアアァァァーーーッ!!!!」
ベロニカの煽りに激昂するアップル。
それによる感情に任せた左右からの大振り。
数百発間近で見た事によって、慣れたベロニカの魔眼。
"条件は揃った"
その瞬間を六魔将配下最強の一角と噂されるベロニカは見逃すハズが無かった。
「ハアアアァァァーーーーッ!!!」
ベロニカの両腕の軌跡を先回りして、ベロニカの両手がアップルの拳を掴む。
「水晶結合ォォォーーーッ!!!」
ベロニカが叫ぶと同時に、ベロニカの胸の魔石が赤く光った。
水晶族特有の胸の魔石だ。ベロニカの声に反応しているようだった。
その声と共にベロニカの両腕はキラキラと光るクリスタルと化していく。そのクリスタルはアップルの両腕と同化していく。ベロニカの両腕とアップルの両腕がくっついた状態になった。
ベロニカのスキル《水晶結合》が発動したのだ。このスキルは自身と他の生命体、物質を繋ぎ合わせ一つの結晶へと変えるのだ。
ベロニカの両腕とアップルの両腕を結晶化させた。
この距離なら、発動まで一瞬、アップルの超スピードでも防げない。
「テメェー!!なんてことしてくれんだァーー!!」
さらに怒り狂うアップル。
額にはいくつもの浮き出る血管にピクピクと動く目蓋。
両腕を封じられたアップルは必死にもがくが同化した両腕は一切動かない。どちらかの両腕を切断しない限り、ここから動けないことを悟る。
「ベロニカ!!死ねェェーーーーッ!!!」
ベロニカの頭上にはベロニカの頭に齧り付こうとするアップルの牙が迫っていた。
ついに、ベロニカの自慢の齧攻牙が発動された。
「両腕が使えねェならこのままテメェを噛み砕くだけだッ!!」
「齧攻牙―――《粉砕》!!」
「蹴りでも魔法でもなく、ただその自慢の牙を私に向けてくる」
「さっき、貴方が金色の独リンゴを食べた時は噛みつきが出来ないのかもとも思ったけど、やはり両腕を封じられた貴方が次に取る行動はソレだと思ったわ!」
「な、何だとォ!?」
「ユニークスキル:物質融合!!」
「お手製起爆剤×爆撃虫(大) = 隠遁爆弾!!」
突如、ベロニカの足元にダイナマイトのような形状の物が現れる。
ベロニカはソレを何の躊躇もなく、アップルの口目掛けて蹴り飛ばす。
「ホントは力に絶対の信頼を置く、貴方達を完全に否定するつもりはないのよ!」
「だって、私達水晶族だって、強大な力を持つエレナ御姉様の庇護を頼ったんですもの!!」
「でもね、私は力が全てではないと思ってる!頼れる仲間や家族、知識や道具、己の信条・・・他にも色々大切な事がある!」
「ハッキリ言うわ!!貴方がそれらを蔑ろにしている限り私には勝てないッ!!!」
「ングッ・・・!?」
アップルは突然の出来事に戸惑う。
"ドンッ!!!"
数キロ先まで聴こえる程の耳を劈くような爆音。
口を上に開けたまま、気絶するアップル。
アップルの口から立ち上る夥しい程の硝煙。
「グっ・・・ガッ・・・ア"ァ・・・」
「へドン火山で採取できる爆撃虫、その素早い動きと周りの景色に同化して隠れることから陰爆虫とも言われるレアな虫と私のお手製起爆剤を掛け合わせた特製爆弾。」
「初めから貴方のその大きな口に放り込むつもりだったのよ!アップルッ!!」
六魔将エレナの配下ベロニカと六魔将アドラメレクの配下アップル―――その死闘を制したのはベロニカだった。