第244話 疑似クエスト②
~疑似クエスト 受付~
「それではお客様こちらの扉から目的の場所へ行けます―――」
にこやかな笑顔をお客に向け、各クエストへ向かうための扉へと案内する女性。
疑似クエスト受付嬢ベロニカは絶えることのない来客の対応に勤しんでいた。六魔将のエレナの配下である彼女はエレナの命により、このクロヴィスで開かれている"祭り"の出店として『疑似クエスト』の受付嬢を任されていた。
「一体、何人来るのよ・・・。」
ボソリと誰にも聞こえない程度の声で呟く彼女。
昨日から開催されたこのクロヴィス祭―――最初、この店への客の出入りは殆どなかったが、冒険者たちの口コミであそこでゲットできるアイテムは他じゃ手に入らないレア物ばかりという噂が瞬く間に広がり、昨日の昼頃からひっきりなしにお客の対応をしなくてはならなくなった。
全く...人間というのは底なしの欲望を持っている。
楽して安全に珍しいアイテムが手に入ると分かれば、砂糖に群がるアリのようにこぞってやって来た。
ここのクエストで入手できる景品の殆どは、あのエレナ御姉様が片手間で作った魔法アイテムばかり。上級魔族の私からしてみたら、それほど珍しい物でも何でもない。しかし、それを手に入れた人間共はまるでアホみたいに喜んでいる。
実に滑稽な事だ・・・。
人間や獣人たちのような他種族の相手にニコニコと接客対応など、本来ならばやりたくなどない。
しかし、コレはエレナ御姉様直々の命令。断る選択肢などありはしない。命令されたことには忠実にこなす。それが、エレナ御姉様一番のシモベである私の役割であり、存在意義。今回はあの人間の少年―――"テンドウ ススム"の企画とエレナ御姉様の協力でこのような娯楽が出来上がった。正直、あのテンドウススムとかいう少年にはあまり関わりたくない。
あの少年には、何かとてつもない"ヤバさ"を感じる。
あの未央様との戦闘を間近で見た時、私の全身に今まで感じたことのないような寒気が走ったことを今でも覚えている。
「べ、ベロニカお姉さま~!!」
店の奥から慣れ親しんだ女性の声がする。この声はいつもオドオドしている私の妹であるルミナスのものだ。
妹と言っても、実の妹ではない。私たちはエレナ御姉様も含め、互いに姉妹のように振舞っている。皆、血が繋がっている訳でもなく、実の姉妹という訳でもない。
それでも私たちは互いに実の姉妹のように思い合っている。
「どうしたの?ルミナス!」
ルミナスはいつも何かに怯えたように振舞っている。彼女自身、六魔将には及ばないものの、相当な力を持っているというのに何をそんなに怯えることが在るだろうかといつも不思議に思っている。
以前、聞いてみたことがある。
何をそんなに怯えたような振る舞いをしているのかと・・・。
そうしたら、この性格は種族的なモノだから自分ではどうにもできないと言っていた。
「そろそろ、交代しようかと思って・・・。」
ずっと接客をしていたため、あまり意識をしていなかったが、もう昼を過ぎているようだ。
「お、奥にナデシコもいるから・・・。」
ルミナスは小さな声でそう言うと、スッと受付の席へと座った。
普段からエレナ御姉様のお店の店番をしているルミナスの受付嬢姿は案外、板についている。実際、私よりもよく働いてくれるからルミナスにはいつも感謝している。
「それじゃ、私はナデシコの様子を見てくるから、ルミナスも頑張って!」
ベロニカは、店の奥へと入っていった。
~疑似空間 賽の迷路~
グレッグ達は、賽の迷路にて、4ターン目に突入していた。
1ターン目は、レアトレントの集団を討伐し、マレーのハチミツを入手。
2ターン目は、宝箱の部屋で止まり、《スタミナリング》を入手していた。
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《スタミナリング》
装着した者の体力を100上昇させ、自動で体力が回復する
スキルを付与する。
通常の村人がコレを付けた場合、
10時間以上走っても息一つ切らすことがなくなる優れ物。
戦士や武闘家におススメの一品。
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「オイオイ・・・2ターン目にして、トンでもねェアイテムが出ちまったなぁ!!」
思わず、嬉しそうな声が漏れるグレッグ。
彼がこんなに上機嫌なのは、宝箱に入っていたこのアイテム―――説明文を見る限り滅茶苦茶便利なアイテムが原因だ。
武闘家である自分にこのスタミナリングを装備するだけで、相当な戦力アップとなる。これならBランク冒険者になることも夢ではない。自分が着けずとも、街でコレを売るだけで暫く遊べるんじゃないかと思わせる程、このアイテムの力は凄い。
道中で手に入ったアイテムがこれほどなら、クリア時に手に入る景品は一体どれ程なのだろうか・・・?
そんな期待を胸に膨らませ、4ターン目の賽を振る態勢に入るグレッグ。
3ターン目を終えて、分かったことがある。
一つ目は、同じターン中に通った、扉を再度通っても賽の目は減らないということだ。逆にターンが変われば、再度通った部屋に入ると賽の目は減るようだ。
二つ目は、再度通った部屋の敵やアイテムは復活しないということだ。3ターン目で1ターン目に止まった部屋と同じ所に止まっても敵はおらず、再度賽の振り直しとなっている。
つまり、勝てそうにない敵と遭遇した場合、一度通った部屋に逃げ込めば、とりあえずの安全は確保できる。
開始早々にそのことに気付いた俺達は、かなりゴールに近づいたハズだ。
「よし!俺達はクリアできる!クリアできるぞオオオォォーー!!」
気合を込めて賽を振るグレッグ。
出た目は、
"6"
コレは一番いい目だ。
なぜなら、賽の目が大きければ大きい程、危険を回避できる可能性が高いからだ。ヤバそうなモンスターの部屋に来たら、逃げればいい。宝物の部屋を見つけたら、その近辺で部屋を行ったり来たりすれば、賽の目を消費して宝物の部屋に止まることが出来る。
「よっしゃーーーああ!!来てる!来てるぜェェーー!!」
ハイテンションになるグレッグ。そして、後に続くグレッグの仲間達。
「グレッグさん!!行けますよ!コレッ!!」
「だよなぁ!!行くっきゃねぇーよな!!」
今現在いる所は、最初の部屋から右右下右に行った部屋。途中、3つほど、カギの掛かった部屋にぶつかったが、問題ねぇ。ここが5×5の部屋の集まりだって言うなら、右に3回、下に1回行けた。つまり、スタート地点は左半分、そして一番下でないことが分かった。さらに言うと、中心がゴールならば、既にゴールしていないので、俺達は真ん中でないことが分かる。
これまでの3ターンの結果から、俺達が次に進むべきは上だ。
もし俺達のいる部屋が上半分なら、必ずカギが掛かって通れなくなっている。下ならカギが掛かっているもしくは通れる。それで俺達のいる部屋の場所を把握できるはずだ。
だから次は、上
『6』―――カギが掛かっている為、賽の目が一つ減るだけ。
チッ・・・。
思わず、舌打ちをするグレッグ。
ここは上半分なのか・・・?だとしたら、下に進むのが正解だったか・・・?
いや、もう一度だ。
次は右。扉はカギが掛かっておらず開いた。
『5』―――ヘルタイガー:レベル45相当の冒険者が挑むレベルのモンスター。コレは逃げよう。
次は上だ。
グレッグは上の扉を開こうとする。
しかし、扉は開くことなく、ただ、画面に表示される賽の目が減るだけ。
『4』―――カギが掛かっている為、賽の目が一つ減るだけ。
ならば、次は下だ。
ここが右上の端なら下はいけるハズだ。
しかし、グレッグの思いも虚しく、カギが掛かっていた。
『3』―――カギが掛かっている為、賽の目が一つ減るだけ。
ダメだ・・・。
分からねぇ・・・。
俺達は右へ右へと来たわけだから右端にいることは確定している。
しかし、今が上から何番目の部屋にいるのか分からない。
段々と自信がなくなるグレッグ。
一番右の部屋で、上も下もダメだった。一番右の部屋なのだから当然、右もダメ。
これ以上、ここの部屋にいたら、ヘルタイガーと戦闘することになっちまう。それは避けなければならねぇ。
「一旦、左の部屋に戻るぞぉぉーー!!」
このターン中に通った、左の部屋なら賽の目を消費せずに行ける。そっから仕切り直しだ。
グレッグ達は一旦左の部屋へと戻ることにした。ここは上がダメだった。
つまり、下ならいけるのか・・・?
もし、通れるならここは上半分で確定だ。
グレッグは祈るようにして扉のドアノブに手を掛ける。
ガチャリ・・・。軽い感触だ。
開く・・・。
開くぞ!!
扉の先には、一人の黒いドレスで着飾った人形のように整った顔立ちの少女がいた。今まで出会ってきたモンスターたちとは全く違う。人型の敵って訳か・・・?
「またゴミムシが来たの・・・。」
「モレク様の頼みとは言え、一々こんな劣等種たちの相手をするのはメンドウなの。」
もしかして、魔族なのか・・・?
しかし、こんな幼い少女なら最初に遭遇したシュガルガンやヘルタイガーの方がよっぽど強そうだ。
『2』―――???:黒いドレス姿の魔族の少女:戦闘力不明。
しかし、相手がどんな相手でも関係ねぇ。さっきの目で下に行けることが確定したなら、次は左だ。
左がゴールなのは確定した。
俺達は左に行くだけだ。
そう思い、グレッグは左にある扉に手を掛ける。
ガチャ・・・ガチャ・・・。
「えっ・・・?」
"開かない"
『1』―――カギが掛かっている為、賽の目が一つ減るだけ。
ここがゴールの部屋と言ってもカギが掛かっていないという訳ではないのだ・・・。
つまり、別の方向から入る必要があったのか・・・。
グレッグ達は画面の表示を確認する。
画面に表示された数字は"0"
つまり、ここの敵と闘わなくてはならない・・・。
「モレク様から殺しても問題ないって言われてるの!」
「久しぶりに思いっきり殺せるの!!久しぶりの殺戮楽しみなの!!」
「だからゴミムシ共も思いっきり楽しむの!!いい死に顔を期待してるの!!」
その無表情な顔から次々と吐かれる冷たい言葉、凍るような殺意。少女はどこからともなく、その身を大きく超えた黒い大鎌を取り出し、呪文を詠唱する。
「影魔法:大影喰らい!!」
「相手は魔族とは言え、こんなガキンチョだ!!恐れることはね―――」
俺はその言葉の途中から記憶がない。そこから先は何をされたのか分からない。
俺達はあっけなく殺されたのだろう。
それ程、俺達とその女の戦闘力に差があったのだ。
気づいたら、最初に入った店の受付に立っていた。『身が転の石』の効果により、俺達は戻って来ていたのだ。
「お、お客様・・・惜しかったですね・・・。」
戻ってくるとさっきの毅然とした受付嬢ではなくどこかオドオドとした女性に変わっていた。
「クッソオオオォォーーー!!」
「くやしいーーー!!」
「もう一度だ!!もう一度挑戦させてくれ!!」
グレッグはその受付嬢に頼んだ。
「えっーーっと・・・でしたらまた最後尾に並んでもらえますか?」
ルミナスはグレッグにそう答えた。
「おっし!!野郎ども!次こそはクリアするぞーー!!」
ルミナスの言う通り、グレッグは店から出て、再び最後尾へと並び直すのだった。初め来た時よりもさらに長くなった行列に文句一つ言うことなく並ぶ。なぜなら、グレッグ達はこの『疑似クエスト』の楽しさにハマっていたから。