第232話 エレベーターに乗ったら異世界に来て英雄になっていた件②
~クロヴィス城 屋外訓練場~
進を囲むように大勢のクロヴィスの兵士達が立っており、進の目の前には太い円柱状の丸太に太い縄をグルグルに巻いた練習用の打ち込み台が置いてある。
「それじゃあ、進さん!お願いします!!」
オレの剣術が見たいと言うリクエストがあり、朝一番でみんなの前で実演することになってしまった。
オレの剣術は見世物ではないのだが...。
オレは少し面倒に感じていたが、他の者の剣術へのモチベーションが上がるならと思い、やってみることにした。とは言っても、天童流剣術を使うわけではない。天童流剣術は呪われた剣術なので、こんな場所では使わない。
ただの居合斬りから高速に斬り込んでやるくらいでいいかと考えていた。
オレは収納のスキルで日本刀を取り出し、居合斬りの構えを取った。
ふぅーー。
ふぅーー。
静かに一呼吸、二呼吸とリズムを取り、周囲の雑音を遮断する。
雑念を捨て、目の前の丸太のみに意識を集中していた。
「ハアアァァーーーーッ!!!!」
勢いよくオレは鞘から刀身を引き抜いた。その間、僅か0.00001秒―――もはや人間業でなく、周りにいた誰の目にも映らない。
目の前の丸太はスパっとまるで大根のように綺麗に真っ二つに切れた。
周りにいた兵士たちがおぉーーと声を上げるよりも早く、進の持っている刀は、二つに斬れ空中へと飛び上がった丸太を高速で細切れにしていった。
「フゥゥゥ―――!!ハイッ!終わりましたッ!!」
そう言うと、進は先ほど切り抜いた日本刀を鞘に戻した。
「えっ...!?」
進の剣術を初めて見た兵士の一人がそう声を漏らした。まるで分からなかった進の動き―――まるで手品師が目の前で手品を実演したのに何が起こったのか理解が追い付かないかのような反応を示した。
進の頭上から先ほどまで丸太だった物がパラパラと砂みたいに降り注ぐ。数秒前までそこにあったはずの太い丸太が今はその姿形もない。その兵士にしてみたらホントに魔法でも使われたかのような気分になっていた。
「「「オオォォォ―――!!!進さんスゲェェーーー!!!!」」」
皆が声を上げて、進の近くに寄ってきた。コレが自分たちの国を救ってくれた英雄の力なのだと実感したのだ。
こんなに速く鋭く斬り込める戦士を他に知らない。
たまに進はこうやって、クロヴィスの若い兵士たちに自分の剣技を実演して見せていた。進自身は当たり前のことをしているだけのつもりだったが、進の知らないところで、クロヴィスの兵士たちの間ではその実力のヤバさが伝え広がっていくことになっていく。そのことを進が知るのはまた先のことであるのだが...。
「ススムさ~~~んッ!!」
兵士たちを掻き分けて、聞き覚えのある声が聴こえてきた。
この声はマリーだ。
マリーは汗まみれになりながら、進の前へとやって来た。
「おはようございます!!ススムさんッ!!」
「今日も稽古お願いしますッ!!」
オレとマリーは毎朝早く、剣の打ち込みの鍛錬を行っている。一応これでもマリーの師匠ってことになっている。ちゃんとマリーを一人でも闘えるようにしてやろうと決めているからな。とは言っても、すでにマリーの戦闘力はこの世界でも最強クラスになっている様だが、本人はまだそこまで自覚がないようだ。
「そうだな!じゃあいつものように実践の訓練をしようか!」
そう言って、オレは再び、鞘から刀身を引き抜く。
「これからオレとマリーは剣の訓練をするから、他の人達は解散してもらえるかな?」
「分かりました!!」
周りにいた兵士たちにそうお願いすると、兵士たちは素直にその場から離れてくれた。
兵士たちが皆いなくなったことを確認すると、さっきまで賑わっていた周囲はオレとマリーの二人になり静かな空間となっていた。
「それじゃあ、ススムさん!行きますよ!!」
「今日こそ、天童流剣術を使わせますからッ!!」
マリーの方は既にやる気満々でレイピアをオレに向けていた。
「いつでも掛かってきていいぞ!天童流剣術は使う気はないが...!」
天童流剣術は鍛錬中に使用することはないといつも言っているのだが、そのせいでマリーには本気を出していないと思われている。
マリーは左足で地面を思いっきり蹴り、飛び上がった。
レイピアを横から薙ぎ払うように斬り込んできた。
しかし見たところ、これはフェイント―――本命は、オレがガードすることを見越して、空中での蹴り上げ、からの魔法であると判断する。
オレは敢えて、その誘いに乗ってやる。
オレはマリーの薙ぎ払いをガードし、マリーが蹴り上げるのを待つ。
すると、オレの予想通りマリーは蹴り上げてきた。
しかも、靴の裏にあらかじめ砂を付けていたようで同時にオレへの目くらましを考えていたようだ。オレの顔に大量の砂が直撃する。昔に比べてこういった対人戦用の戦術を使うことが出来るようになったのは大分進歩したと感じる。
しかし、まだオレの想定の範囲内である。
「青魔法:水龍大蛇!!」
マリーの左手から瞬時に魔導陣が展開され、大蛇を象った水の塊がオレへと向けて放たれた。
「チッ!!」
オレは左手にも収納のスキルから取り出した刀を準備し、鞘から引き抜き、大蛇を切り刻む。すると、その大蛇の背後からさらに二匹の大蛇が顔を出す。
「一匹だと思いました?残念ッ!!」
「ススムさん相手ならさらに2匹は用意しないといけないと思いましたので!!」
ずいぶん戦闘が上手くなったものじゃないか!!
オレは心の底からそう感じていた。初めてロレーヌ村で出会った時とはまるで別人じゃないか。
オレは弟子の成長が微笑ましくも嬉しく感じていた。
しかし、師匠としてはまだまだ負けるわけには行かない。
「ずいぶんやるようにはなったが、まだまだ甘いなッ!!」
オレは右足から魔導陣を展開し、魔法を唱えた。
「空魔法:空間削除!!」
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《空魔法:空間削除》
対象の空間に特定の長さの立方体の空間を削り取る魔法。
ただし、生命や物質を削り取ることはできない。
あくまで何もない空間を削ることしかできない。
範囲は使用者のスキルレベルによる。
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この魔法により、マリーの飛び上がっている空間を削除したのだ。
「えっ!?」
マリーはいきなり自分の目線が低くなり、困惑していたが、すぐに体勢を立て直そうと剣を構えたが、その一瞬が命取りだった。
既にオレはマリーの目の前から姿を消し、背後へと忍び寄っていたのだ。
「ハイ!オレの勝ちだッ!!」
オレは手刀をマリーの首元に当て、勝利宣言をした。
「そっ、そんな~~!!」
マリーは悔しそうに声を上げ、その場へ膝を着いた。
マリーは負けはしたが、毎日毎日折れずに闘志を持ってオレに挑んでくるのは本当にすごいと思う。
元の世界でオレに試合を挑んでくるヤツは大抵プライドが高く、オレに一回負けると悔しくてそれ以降挑んでこないのだが、そいつ等とは違いマリーは毎日オレに挑んでくる。そういったマインドは戦闘において大切だと思うし、そこに関していつもマリーを思いっきり褒めているつもりだ。
「マリー!そんなに落ち込むな!!いつもよりいい動きをしていたぞ!!」
「オレがまた魔法やスキルの使い方を教えるから一緒に強くなろうなッ!!」
オレが励ましも含めてそう言うと、マリーは顔を少し赤らめ、ハイッ!!と大きな返事をした。
「お腹も空いたし、フラムさんとリオンを呼んでご飯にしようか!!」
オレは地面に膝を着いていたマリーに手を差し伸べ、そう提案した。
「そうですね!!行きましょうか!!」
数秒前まで落ち込んでいたマリーは一気に機嫌を取り戻し、ニコニコとまぶしい位の笑顔を向けてきた。
こうしてオレ達はフラムさんとリオンを呼んで朝ごはんを取る為、城内へと戻った。