第222話 エレベーターに乗ったら異世界に来て勇者として召喚された件③【天童 真side】
~天童グループ本社ビル1階 エントランス~
アドミニストレータの命により、進と新の父親 天童 真を異世界ヌバモンドへと送ることになった。
天童グループの本社ビル1階 エントランス、真のスキルによって、ここで働く従業員たちは記憶操作及び、眠らされていた。
ここで行われている二人のやり取りを聞いている者は一人も存在していない。
「こちらのエレベーターから、ヌバモンドへと行くことができます!」
普段から自身は勿論、当社の社員の皆が利用しているエレベーター―――ここから異世界ヌバモンドへと向かうことができる。
「行き方は...。」
鏡花がそう言いかけた、その時真は右手を鏡花の目の前に突き出す。
「行き方は、監視カメラの過去映像を見て知っている!」
真は普段からエレベーターに仕掛けてある監視カメラの映像から、異世界ヌバモンドへの行く方法を把握していた。自社に設置されている監視カメラのデータを全て網羅しているのだ。この男にとって、この会社は自身の庭のようなモノである。
つまり、未央、進、新の3人がここから異世界ヌバモンドへ行ったことは既知の出来事なのだ。それを知っていながら、今の今まで何も対応を行っていなかったのは、朝霧鏡花、つまりアドミニストレータの眷属が自分の元を訪れることを予測していたからに他ならない。
「それよりも私が向こうの世界に行った後、貴様が我が社に手を出さないという保証は...あるのかね?」
自身がこの世界から一旦いなくなれば、鏡花クラスの異能力者からこの本社ビルを守る者がいなくなる。物理的に壊され、社員の命を奪われる―――真はそのことを危惧していた。
「私が狙っているのは、あくまで天童 真―――貴方一人です!無暗にここの人たち、このビルに手を出さないことは約束しましょう!」
「それに、貴方自身分かっているでしょう?この会社を潰した程度では天童 真という存在自体は一切揺るがないということを!」
「フッ!確かにここを潰された程度では、私自身そこまで痛くはないッ!」
「せいぜい計画が少し遅れる程度だ!」
「それにしても意外でしたわ!」
「自分の息子すら実験の対象にするような方が、自社の社員の命を優先するなんてッ!」
鏡花にとっても賭けだったのだ。真が自社の社員の命よりも鏡花の命を奪うことを優先していたら自分は今ここに立っていなかっただろう。
「ふぅ~~!!」
真は再び、タバコに火を付け一服して、口を開く。
「私は利用価値のない人間は容赦なく斬り捨てる!」
「逆に利用価値のある人間に対してはそれに相当する恩恵を与える―――それこそが支配者としての矜持と考えているッ!!」
「ここで働く者は全て私が厳選して選び抜いた優秀な者だ。一人でも欠ければ、それは会社全体の利益の損失に繋がる。そんなことはあってはならないのだッ!!」
「彼らはこの私に忠誠を誓った者達―――つまり、私という舟を信じて乗って来た者達だッ!!」
「ならば、彼らの働きに対して相応の恩恵を与え、彼らの生命を保証することこそが私の役目なのだよ!」
利用価値のないモノは家族だろうと容赦なく捨て、利用価値がある内は適度な飴―――金、名声、地位、やりがいを与え働かせる超合理主義。これが、真の考える支配者としての考えなのだ。
真は動いたことで塵の付いたスーツを手で払いながら、エレベーターの方へと向かって行った。
チンというベルが鳴り、エレベーターの扉が開く。真は足を運び、都市伝説の異世界へと行く方法に沿ってエレベーターのボタンを押していく。
ウィー―ンというエレベーターの駆動音が響く。幸運にも他の誰も乗ってこない。いや、アドミニストレータの力が働いていると見るべきか。
真は常に思考を張り巡らせている。自分がいない期間もこの会社には優秀な社員は数多く存在するから問題ないと考えている。ヌバモンドへ行き、会社を留守にすることに備えて、そういう事態に対するマニュアルを作成していた程だ。
そうこう考えている内に、謎の若い女が乗ってくるという問題の5階へとやってきた。
しかし、誰も乗ってこない。
進達が異世界へと向かっていた時のエレベーターの監視カメラの映像―――この5階で急に映像が乱れていた。
映像の一部だけが砂嵐になっている。そこに何かが立っていることだけは分かる。しかし、その者の容姿などは把握できなかった。
恐らく、その者がアドミニストレータ、女神アークだと真は推測していた。
しかし、問題の5階で誰も乗ってこない。
真はそのまま、1階のボタンを押す。
しかし、エレベーターの階数表示は下ではなく、上へと向かっていた。
その時だった。
真の背後から只ならぬ気配がするのだ。
真は《鷹の目》のスキルで背後を確認しようとするが、スキルの使用ができない。
「ここでは、私以外のスキルの使用はできないわよ!」
アドミニストレータの不気味な声がエレベーター内に響く。
真は後ろを振り返り、口を開こうとする。
しかし、金縛りにでも掛けられたように身体は動かず、真の唇はチャックのように変化しており、喋ることができなくなっていた。
「スキル:身体行動停止」
「スキル:鼠捕り」
真の身体は完全に動けない。スキルも使えない。喋ることもできない。思考することしかできない状況になっていた。
「私は前から貴方のことを知っていたし、貴方も私のことは知っていたハズ!」
「でも会うのは初めてね!」
「はじめまして、天童 真!私はアドミニストレータ...貴方は女神アークと言っているわね。」
返事をすることもできない真は考える。
女神アークか...。
旧約聖書の創世記に出てくる舟、ノアの箱舟―――世界の大洪水から人々を守るために乗った舟とされている。
そのノアの箱舟を英訳すると、Noah's Arkとなる。
アークとは箱舟を意味する言葉。
このエレベーターで異世界に行く術は元の世界での辛い現実から逃げる為に、女神アークが用意した救済の箱舟ということになる。
「天童 真!!よく聞きなさい!」
「これから、貴方はヌバモンドで勇者として召喚されるわ!」
「そして、貴方はこれから出会うわ!本物の聖女に!!」
「それから貴方がどう考え、どう行動するのか...!それは貴方自身で選択しなさい!!」
「コレは貴方自身の物語でもあるのだから...。」
そう言い残すと、フッとアドミニストレータは煙のように消え、チンというエレベーターのベルの音と共に目的地へ到着し、エレベーターの扉が開いた。