第214話 【番外編】不良少年と優良少女 ~昼飯は食いたい編~
~大和町 岩見ハイツ 201号室~
大和町住宅街、そこの一角に建てられている岩見ハイツ、そこの201号室に唯我新とその母親 日向が住んでいる。
今日も普段と変わらない朝―――カーテンの隙間から太陽の光が入ってきて、気持ちよさそうに寝ている新の顔を照らす。
新の母親である日向は、新よりも早く起きて朝食の準備をする。彼女は、貧しいながらも女手一つでここまで新を育ててきたのだ。
「コラッーー!!新ァーー!!起きなさーーい!!」
「遅刻するわよーー!!」
隣の部屋にまで聞こえる程の大きな日向の声が新を起こす。
「ん~~もう朝か~~!!」
新は眠気眼を擦りながら、布団から出る。
新は、目の前に出された朝食を食べきると、学校に行く支度をする。今日は遅刻をせずに済みそうだななんてことを考えながら、歯を磨く。
「母さん、今日は昼から仕事だから、夜はその辺で食べて来なさい!」
そう言って、日向は新に1000円を差し出す。
「あぁ!いつもありがとな!お袋!!」
差し出された1000円を財布に入れ、お礼を言う。
こんな光景は唯我家にとっては日常なのだ。
新の母親は夜職に就いている。そこそこの稼ぎにはなるので、新の学費は何とかなっているのだ。そういった事情もある程度は理解しているので、新は母親に対してとても感謝をしている。決して、それを他の誰かに言うことはないが...。
「よし、お袋それじゃあ学校行ってくるわ!」
準備の整った新は、学校へ行くため部屋のドアを開ける。
なんとそこには、昨日の少女―――春園春奈が立っているではないか。
「今日は遅刻しないんですね!新さん!」
ニコッと笑みを新に向け、新が出てくるのを待っていたのだ。
「それじゃあ学校に行きま―――」
春奈がそれを言い切る前に、ガチャリと新は開きかけた部屋のドアを閉める。
「お袋...俺疲れてんのかな...。」
「ドアを開けたら、知った顔の美少女がいて、学校に一緒に行こうみたいなことが聞こえてきたんだが...?」
「あら、今なんか女の子の声がしなかった?」
突然の部屋の前で少女の声がしたものだから、日向は不思議そうに新の近く寄ってきた。
日向がドアを再度開けようとする。
「待て!お袋ッ!」
新はその手を押さえ、ドアを開けることを止める。
「えっ...?どうしたの新!?」
「いや、多分お袋がやろうとしてることは正しい。だが、このドアの向こう側には俺の"自由"をルールで縛ろうとする女がいる!俺はソイツと出会ってしまったら、何を言われるか分からない!だから、俺は今日はもう家を出たということにしてくれ!!」
早口でそう言うと、新は鞄と自身の靴を持ち、窓から飛び出していった。ここは二階だが、超人である新には関係ない。軽快な足取りで、電柱を踏み台にして学校まで駆け抜けていった。
「一体何なのかしら...あの子...?」
自分の息子ながら、時々、何を考えているのか分からない―――日向はそういうお年頃なのだと納得して、ドアを開けた。
「あの~新さん...いませんか?」
日向は、口にくわえていたタバコがポロっと落ちそうになる程、清楚な少女が自分の部屋の前に立っていることに驚いた。同時に新の知り合いだと知ると、無性に怒りが込み上げてきた。
なぜ、あの子はこんな良さそうな子をほったらかしにして、窓から飛び出していったのか...。
帰ったら、問い詰めないといけないと思い立った。
「あの...新さんは...?」
そんなことを考えていて、春奈の質問に中々答えない日向を見兼ねて、再度春奈は新の所在を尋ねた。
「あ~あのバカは、さっき窓から飛び出していったよ...!」
「いや、ゴメンね!せっかく来てくれたのに...。」
「後であの子には言って聞かせるから!」
日向は申し訳なさそうに答える。
「えっ~そうなんですか!」
春奈はそのことを聞いて、ビックリしていた。昨日も確かに屋根から降りてきたが、そういうことを日常的にしているとは思ってはいなかったのだから...。
~神代学園 昼休み 1年1組~
「唯我新さんはいませんかッ!!」
春奈は教室中に響くような声で尋ねた。
昨日の件と朝の件の両方を新に問い詰めないと気が済まないと思い、新のいる1年1組までやって来たのだ。
「唯我新...?」
「そういや、アイツいつも昼休みは教室にはいねーよな!」
近くにいた男子の一人が、春奈にそう答えた。
「あっ、多分調理室にいると思うよ!」
そう答えたのは、進の幼馴染、未央だった。
「そうですか...!教えて下さり、ありがとうございます!」
春奈はニコニコと返答する未央に対してお礼を言い、その場を後にしようとする。
~神代学園 昼休み 調理室~
「あ~ら~た~さん!」
春奈は声を荒げて、調理室に入る。
春奈の目の前には、調理室で料理をしている天童進とその料理を待つ唯我新がいた。
「オイオイ...まさかこんなところまで来るなんて...」
超人的な感覚を持つ新は気配で早々に察知をしていたが、特に逃げる様子もなくその場を動かなかった。
「春園春奈嬢か...」
チラリと春奈を見る進、その手は調理の手を止めてはいない。特に気にする様子はない。
「オイ、新!お前のお客さんだ!お前が何とかしろ!」
「チッ、めんどくせーな!」
「で、春奈ちゃんはこんなところまで俺を追って、何の用なんだ!?」
頭をポリポリと掻き、新は尋ねた。かなり面倒そうな様子を出す。
「私は言ったハズです!貴方を指導しますと!!」
「だから、朝貴方が遅刻しないように家の前まで待っていたのではないですか!!」
「それなのに、貴方という人は...!!」
「なんだ!春奈はコイツの家まで押し掛けたのか!」
進は、出来立ての料理を皿に装いながら、春奈に尋ねた。
「ええ...!そうですよ!」
「あのちょっとツッコミが遅れたんですけど、なんで天童君はココで料理をしてるんですか!?」
目の前の料理を指差し、春奈は聞いてきた。
「いや、コイツが金がないとか言うから、こうして料理を作ってやることがあるんだ!」
「えっーー!何ですかその関係は!」
「天童君、道場ではあまり話さなかったですけど、まさかそんなことをしてるなんて思いませんでした!」
「オレの方こそ、春奈が新の家まで押し掛けているなんて知らなかった。」
「あの爺さんがそんなことを知ったら、何て言うか分からんぞ!」
「家を押し掛けたって、ただ新さんが遅刻しないように待っていただけです!!」
春奈は手をブンブン振りながら、否定する。
「う~ん、うめぇ!やっぱ天童の作る料理はサイコーだぜ!」
そんな二人のやり取りを気にする様子なく、新は目の前の料理を食べていた。
本当に自由だなコイツは...。
進は、そう感じていた。
「新さん!貴方の家にお金がないのは分かりました!そんなこともあろうかと、私が貴方の為にこの学校の制服を用意しました!」
そう言って、春奈はこの学校が指定している男子の制服を目の前に広げてきた。これを新に着せようと考えているようだ。
「はぁ~俺がそんなモノを着るわけねェだろ!」
「昨日も言ったが、学ランじゃねェと気合が入らねんだよ!」
「この学ランはなぁ...!!"俺の魂"なんだよォォーーー!!!」
口にモノを含みながら、春奈の提案を断固拒否した。
「貴方って人は...」
あっさりと拒否する新に呆れる春奈。
「あの...天童君からも何か言ってやってください!」
そう言われてもオレも少し困る。しかし、コレも新を更生させるいい機会なのかもと思った。
「オイ!新...春奈嬢の言うことを聞かないなら...」
「もう昼飯は作らんぞ!!」
そう言った瞬間―――新の持つ箸の動きが止まる。
「マ、マジ...??」
青ざめた表情の新―――新にとって、オレの作る料理はそこまで価値あるものなのかと、若干オレは引いた。
「し、し、し、しょーがねェなぁ!着てやるから貸してみろ!!」
新は学ランを脱ぎ捨て、春奈の持つ制服に袖を通す。
「あの学ランはアイツの魂じゃなかったのか...」
オレはそう呟かずにはいられなかった。
新は春奈の指導を受け入れることにしたのだ。
オレの料理を食べ続けたいと思う一心で...。