第211話 裏切りのサンドル
~クロヴィス城 城内~
「サンドルッーーーー!!!!」
オレはそう叫ぶと同時にサンドルに斬りかかる為、剣を引き抜こうとする。しかし、それよりも早く駆け抜ける影が一つあった。
六魔将の一人、リカントである。
「サンドルッ!!貴様、何をやったか分かっているのかァ!!」
リカントはサンドルを切り裂こうと爪を立てる。
「二人とも...喧嘩は...止めて...」
口からダラダラと血を流しながら、未央はそう囁く。その声は今にも消えそうなほど弱々しい。
「おっと!テメェの攻撃が厄介だってのはイヤって程、知ってからな...」
「王権の名の下、命ずる!リカント―――テメェは俺様に、いや俺様達に攻撃するなッ!!」
「グハァ!!」
サンドルは無理やり未央の身体をリカントの方へと向け、未央の身体から王権を取り出す。
キラキラと光る未央の王権―――それをサンドルは手に乗せ、六魔将全員に見えるように掲げる。
リカントの動きはピタッと止まり、微動だにしない。いや、サンドルに命じられたことによって、出来ないのである。
「サンドル!!何故、貴様が王権を持てる...?」
「貴様は未央様に...王権に忠誠を誓ったはずだろ!!」
リカントはサンドルと500年以上の付き合いになる。サンドルがアリスの持つ王権へと忠誠を誓っている所は、実際に確認している。
「はぁ?俺様が、んな素直に忠誠を誓うと思ってたのかよ!?」
「つくづくテメェはおめでたい奴だぜ!!」
「貴様ァ...!!」
リカントはサンドルを睨みつけ怒りを露わにする。
「テメェが見てたんは、俺様が精巧に作った俺様に似せたゴーレムだよ...!」
「替え玉ってやつだよ...!いつかアリスを裏切るために仕込んでおいたのさ!」
「俺様はこの小娘が気に入らなかった!だから、今この絶好のタイミングで裏切ってやるのさ!!」
「最高だろォ!?」
「グググゥ...!!」
怒りに打ち震えるが、リカントは忠誠を誓った王権を持つ者の命令には逆らえない。
「少年!!」
「私が頼む義理はないのは承知で頼むッ!!未央様を助けてくれ!!」
リカントは目の前の進に未央の命を助けることを頼んだ。プライドの高いリカントがそんな頼みごとをするのは、サンドルにとっても意外だった。それ程、この未央の命が大切だということだ。
先ほどの進と未央のやり取りを実際にこの目で見て、進の未央に対する思いを信頼したことも起因している。
「リカント...」
「任せろ!オレだって、そこのヤツには借りがあるんだ!」
「小僧ォ...今は貴様と相手をしている場合じゃない...!」
「何だと...!?」
オレの眉がピクリと動く。
「フフフ...この小娘をだな...こうしてこうするだろ?」
「オイ...まさか...ヤメロォ!!」
「ククック...ギャハハハハ!!!」
「さぁさぁ...どうする小僧ゥ...!!」
サンドルは、未央の心臓から王権を抜き去ると、未央の身体を思いっきり地面へと叩きつけようとする。
オレは飛翔のスキルを使い、全力で落ち行く未央の後を追う。
「クッソ...間に合わな...」
この速度では、未央の身体を受け止めるには足りない。オレの魔眼が、頭がその残酷な事実を告げてきた。
「こんな時こそ、頼りになる仲間だろォ!!天童!!」
「ハアアアッ!!!!」
新がベリヤの空間断絶を破壊して、割り込んできた。落ち行く未央をキャッチしたのだ。
「あっぶねぇな...あの野郎!!」
「未央ちゃんが死んだらどうすんだよ!!」
新は上空に浮かんでいるサンドルへ向かって叫んだ。
「新...ありがとう」
「本当に助かった...」
オレは地面へと着地して、急いで意識のない未央の元へと駆け寄った。
「で、実際のところ未央ちゃんは助かんのか...?」
恐る恐る、新は聞いてきた。
そんなことオレが知りたいくらいだ。魔王の身体―――実際にどれくらいの耐久力があるのか、オレにだって未知数な所がある。先の闘いでは、モレク戦の反省も生かし、オレは破滅闘気のスキルを使用しなかった。故に治癒魔法は通る。
だが...
傷口が完全に致命傷レベルにまで達している。
通常の治癒魔法では、助からないだろう...。
「オイ!天童...聴いてんのかよォ!」
返答の無い進に対してイライラが隠せない新。
「少し黙っててくれ!集中したい。」
「あぁそうかよ!じゃあ俺はどうすりゃいい暴れてりゃいいか!」
「あの上空の野郎に一発殴ってくりゃいいってのか!!」
「止めろ...新、余計にややこしくなる!!」
「チッ...」
新は舌打ちすると、黙ってしまった。
「で...実際の所、俺様に付いてくる奴はいんのかよ!?」
サンドルは他の六魔将達に向かって話しかけた。
「何の話だ...?」
リカントはそう尋ねた。
「あぁ?そんなの決まってんだろ!俺様が魔王になったら、誰が配下として付いてくるかって話だ!」
「貴様が魔王だと...?ふざけているのか!?」
リカントは叫んだ。前魔王アリスの力を引き継いだ未央以外に魔王の座はあり得ない。
リカントはそう思っていたからだ。
「アドラメレクとその配下は決定として...!」
サンドルは少し考えたようにそう呟く。
「オイ!アドラメレク!貴様はサンドル側に付くのか!?」
さらに怒りが増す、リカント―――元々この計画は、サンドル一人が考えたモノではないことを悟った。
「フッ...俺もサンドルの旦那と同じで現魔王がその小娘ってのが気に入らねぇ!!」
「だったら、いっそのことサンドルの旦那が新魔王になった方がいいと思い、俺の方から話を持ち掛けてみた!」
「そうしたら、簡単にサンドルの旦那は首を縦に振ったって訳だ!」
(まぁ保険として人間ども力も借りることになってしまったがな...。)
「俺と俺の配下はサンドルの旦那に付くことにする!!」
「俺は六魔将を抜けさせてもらおう!!」
そう言い、アドラメレクとその配下達はサンドルの側へと近寄った。
「オイ!ハイロン、エレナ!テメェらはどっちに付くんだよ!?」
「私は可愛い女の子の味方に決まってるじゃない~★」
「ネェ~!?」
エレナはぶりっ子ぶって、配下の女たちに同調を求めた。
「チッ...あのババァだけは昔から読めねぇんだよな...」
サンドルは舌打ちをしながら、今度はハイロンの方を向いた。
「ハイロン!テメェはどっちに付く!?」
ハイロンは少し、考えるような動作をしながら、どちらがよりメリットがあるか考える。
ハイロンの熟考が続く、次第に痺れを切らしたサンドルはついに口を開く。
「ハイロン!テメェがこっちに付いたら、テメェが知りたがっていた"鬼"について教えてやる!!」
その一言を聞いた瞬間―――ハイロンは目の色を変えた。
「分かった...サンドルさん...君の側に付こう...!」
死神の異名を持つリッチであるハイロンもサンドルと行動を共にすることを約束した。
「フフフ...それじゃ、俺様、アドラメレク、ハイロンとその配下達は晴れて魔王軍を抜けるわ...!!」
「これから、忙しくなっから、俺様達はこれで失礼するわ~!!」
サンドル達は手を振りながら、リカント達の前から姿を消した。
「待て!!サンドルッ!!」
リカントの叫びは虚しくコダマしただけだった。
一方、未央を治療しようとする進たちは...
「これから、未央を蘇生する...」
「天童マジかよ...!そんなことできんのかオメェ?」
驚いたように進の側へと駆け寄る新。
「あぁ...実際に行うのは初めてだが、理論は完成している...。」
以前、ガリア達、神殿騎士の基地にある資料を漁っていた時に、ベルデ卿の研究資料を見る機会があった。
そこには、死者蘇生についてビッシリと書かれていた。どうやら、戦火で家族を失った彼は、家族を蘇らせる為に狂ったように研究を重ねていたようだ。
正直、それがヒントになった。オレはその資料を基に白魔法の生命エネルギーを利用して、死者の復活ができないか、研究を始めていた。
そしてついに完成したのだ。
オレがゲオルギに操られ、マリーを刺した時にこの術を使おうとしていたが、その時は結果として使わずに済んだ。しかし、今回はそうも言ってられない。
オレは未央に対して、死者蘇生の白魔法を使用する。
そう考えたオレは既に、魔導式を描いていた。
「良し...これで後は、実際に唱えるだけだ...」
オレは数回深呼吸をして、集中する。
失敗は許されない。
「なぁ未央...覚えてるか...?」
「この熊のキーホルダー...。」
オレは収納のスキルから、ぬいぐるみのキーホルダーを取り出す。
これは、この世界に来る前に未央が天童グループ本社ビルの前で落としたと思われる物だ。
それをオレがこの世界に来る前に拾ってからずっと収納のスキルに仕舞っておいた。
「お前が好きなキャラクターだったよな...。」
オレは冷たくなった未央の手にその熊のキーホルダーを握らせる。
大丈夫だ...。オレならできる。
そう信じ、最後のエリクジャーを飲み、未央との闘いで失った魔力を補填する。
「行くぞッ!!」
オレは、両手に魔力を集中させる。
しかし、思ったように魔力が集まらない。
「何故だ...?白魔法が使えない...」
そうか!オレの中の最強の細胞を眠らせたから、オレ自身の白魔法の力が弱っているのか...。
「クッソ...!!」
早くしないと、オレの魔法が使えなくなる。完成したとはいえ、死者蘇生はこの世界では奇跡にも匹敵する。死んでから、すぐに使用しないと効果はない。それに恐らく、レベルダウンが発生する。
つまり、低レベルのモノでは魂が消え、蘇生は叶わないというわけだ。
ただ、魔王である未央なら、レベルダウンにも耐えれると考えていた。
"少年よ...手を貸してやろう...!"
突然、オレの耳元で、聞き慣れない声がした。
「ッーーー!?」
オレは動揺したが、すぐに魔力が両手に集まっていることに気づいた。
「よし!これなら使えるぞッ!!」
「未央!起きろッォォォーー!!」
「極大白魔法:リザレクション!!」
未央の身体を白い光が包む―――ドンドンと傷口が塞がっていき、元の身体へと治っていく。
「ゲホォ!ゲホォ!!」
未央は息を吹き返したのだ。
「心配かけさせやがって...!」
オレの手は嬉しさから震えて、涙を流していた。
「アレ...進ちゃん...?何で泣いてるの?」
「アレ、私何してたっけ?」
「ってか...このぬいぐるみ...私が落としたヤツだ...!」
「進ちゃんが拾ってくれたんだ~。」
何が起こったのか、把握しきれない未央は呑気な声でオレの顔を眺めてきた。
「バカ野郎!心配かけさせやがって...。」
「やっとだ!!やっとオレ達は再会したんだよ!!」
「この世界でなッ!!!!」
こうして、オレと未央は再会を果たし、無事にドラコミシアとクロヴィスの王権は取り戻すことに成功した。ただ、この国は復興するまでに少しの期間が必要になるだろうけど...。
ジルダ王女やクロヴィスの人たちは無事だった。誰一人、モレクの魔法で傷ついた人はいなかった。どうやら、ベリヤの言う通り、未央の命令により、国の人たちは一切殺していない様だった。
~それから新side~
「オイ!スライム少年!?」
「テメェはリザードマンの奴らを殺したんだ!謝りに行くぞ!」
新はヴィクトルを睨んで、首の根っこを掴んだ。
「ボクはヴィクトル!!てか、さっき名前呼んでたでしょ!」
「んなことどーでもいいんだよ!!」
「あ~えっとさ...アラタ何か勘違いしてるみたいだけど...」
ヴィクトルは頬を指で掻きながら、バツが悪そうにしていた。
「あぁ?俺が勘違いだァ?」
「えっとね...リザードマンの人たちは誰も死んでないよ...!」
「殺したように見せただけで、みんな仮死状態だったんだ...!」
「ハァ?テメェ何で黙ってたんだよ!?」
「いや、アラタも知ってると思ったんだ!」
「君もしかして、ボク達を追って、すぐにドラコミシアを出たんじゃないか?」
「ウッ...」
それは図星だった。
「多分、今頃リザードマンの人たちは完治してピンピンしているよ!」
「新よ...もうよい!」
「妾はもうそれほど、怒ってはおらん!!」
横で見ていたジルダはそう告げた。
「まぁジルダちゃんがそう言うなら...」
少し、怒りの収まる新。
「それでもテメェらは皆を傷つけたんだ...!国の皆には謝りに行くぞ!!」
少し、恥ずかしそうにしながら、新はヴィクトルをドラコミシアへと連れて行くのだった。
「待つでござる~拙者もお供するでござる~!!」
新とヴィクトルにベリヤも付いて行った。
「わ~ん!新さん~待ってくださいよ~!!」
新、ジルダ、コノハ、ヴィクトル、ベリヤが乗った馬車は、ドラコミシアを目指すのであった。
一時の平和が訪れたかのように思えた。しかし、裏でサンドル達は動いていた。
サンドル達がリカントの前から姿を消してから、数時間後、魔族領である暗黒大陸がはるか上空へと浮上したのである。しかも、ご丁寧にサンドル特製の結界付きだ。
奴らがこれから何をしようとしているかは分からない。しかし、これから奴らとの闘いになることは必然と考えるのが妥当だろう。