第181話 自分だけの武器
~クロヴィス城 北区住宅街~
「コレが私の本当の弓...フェイルノート...!」
そう言い、モロトルフは大型の長弓を取り出した。マリーは、先ほどまでの魔力弓と比べて荘厳さすら感じる程の力を持つ弓という印象を受けていた。
「暗黒武技:毒竜の一矢-ヒュドラ!!」
モロトルフの持つ弓は紫色の瘴気を纏い、その瘴気を纏った矢が放たれた。矢はすぐに蛇のような竜へと変化した。いや、傍からそう見えるような一撃が放たれたのであった。
「毒竜の一矢-ヒュドラを受けた者は猛毒によって、苦しみながら死に至る...」
「悪いけど、私は早く弟たちの加勢をしなきゃいけないの...!貴方に構っている余裕はないわ。」
マリーのことなどまるで敵だとすら思っていないといった言い方だった。マリー自身もモロトルフを格上だと感じてはいた。自分との力量の差―――しかし、自分も進との厳しい修行に付いてきたのだ。その修行を無駄にしないためにも『勝つ』その明確なビジョンを持つのだと自分に言い聞かせた。
自分は元々争いごとや戦闘などには無縁のただの村娘―――そんな私が理不尽な母親の死によって、ススムさんと出会いここまで鍛えて貰った。それは過去の自分のような力のない者を理不尽な支配、暴力、殺戮から救うためだ。
マリーは進との修行を思い出す。ススムさん、アラタさん、フラムさん、リオン...この人たちは元々幼いころから戦いの中に自分の身を置いていた。自分はつい最近なのだ。誰かと闘ったり、誰かと殺し合いをしたりするのは...。この世界は綺麗ごとだけでは生きていけない。そのことに気が付いたのがつい最近―――だからこそ自分は何も持たない、何も知らない、何も成し遂げたことがない、そんな存在だった。
彼らに追いつくため、自分にしかない武器を私は探していたんだ。
―――進たちとの戦闘訓練中―――
「マリー、君の一番の武器は何だと思う?」
進がそう尋ねてきた。
「やっぱりスピードでしょうか...!ススムさんには及びませんが、他の人たちに比べて自分は早く身軽に動けると思います!」
マリーはそう答えた。しかし、進の考えていたことは全く別だった。
「いや、違うな...マリー、君の一番の武器はその"冷酷さ"だ!」
「えっ、冷酷さ...?」
真剣な表情で言う、マリーに一瞬思考が停止した。
「アハハハハッ!!!!」
その様子を横で見ていた新が腹を抱えて笑い出す。
「オイッ!天童何言ってんだよ!」
「マリーちゃんの武器が冷酷さって...!」
「どう見ても優しそうな娘じゃんか!!」
「新...それはお前がマリーと本気で殺し合いをしたことがないから笑ってられるんだ」
笑っている新の方から再びマリーの方を向き返す進
「オレが前に一番大切な強さは"環境に対する適応力"だって話をしたことを覚えているかい?」
「あっ、ハイ...確か私が戦闘訓練を始めたくらいの時ですよね...!」
「そう...環境への適応力...」
「コレはオレの持論になるが、コイツを土台に自分の武器が作られるとオレは考えているんだ」
「えっ、どういうことですか...?」
マリーはよく分からなそうな顔をして進へと尋ねた。
「例えば、とても厳しい訓練をしていたとするだろ...そんな中初めはその訓練に付いて行くのが精一杯で他の景色が見えなくなる、それでも段々と自分の身体がその訓練に慣れてくるんだ...その後にその景色は見える!」
「そう...その厳しい訓練に慣れ、心に余裕ができた者がその訓練の中で自分の武器を見つけるんだ」
「マリーの場合は、母親の死に追いやった山賊たちを自らの手で殺した。その辛い環境を乗り越えるために相手への容赦のない制裁を下すという行動を引き出したんだ」
「そ、そんな...」
マリーは自分の中に潜む残酷さに全くの無自覚だった。
「現にオレは知っている...ガリアと対峙した神殿騎士の基地内...そこにあった夥しい数の神殿騎士たちの死体...」
「アレはマリーがやったんだろ?」
「ええ...そうですよ...街の人たちを奴隷にしようなんて酷いじゃないですか...!」
「死んで当然ですッ!」
マリーは"殺人"をまるで当たり前のように語る。自らの罪悪感は全くないようだった。
「ヒュ~!!マリーちゃん意外とおっかねーこと言うんだな!!」
新が横から茶々を入れ始める。進たちの修行を見ているだけでどうやら飽きてきたんだろう。
「えっ、そうですか...?」
「いや問題ない、マリー...この世界は綺麗ごとだけじゃ生きていけないんだ...!」
「いざとなったら、誰かを守るため、救うために誰かを殺すことになるかもしれない...」
「でも、それをいざやるってなると躊躇することがある...」
「マリーは優しい子だ...それでも戦闘になれば誰かを殺すことができる...!」
「それは紛れもない"武器"だッ!!」
「そうなんですか...そうなんですねッ!!」
「私これからも頑張りますッ!!」
マリーは進のその言葉でやる気を出していたのだ。
――――――――――――――――
「フェイルノートは必中の弓...!絶対に逃げることはできないッ!!」
「それにヒュドラは猛毒...!悪いけどマリー...これで終わりよ!」
ヒュドラの矢がマリーを襲う。マリーはこの状況を打破する方法を考えた。この危機的状況―――この時、マリーの戦士としての才能が開花していたのだ。
(避ける...?いや、あの矢は絶対に私を狙って軌道が変わる...だったら、斬るしかない...?万が一力負けしたら猛毒で死ぬ...!だったら...魔法なら...!)
「極大緑魔法:万年樹木!!」
マリーの目の前に突如として樹齢1万年以上に匹敵する精霊の樹が出現した。高さ数十メートル、年輪の太さは10メートル以上の巨大な樹木だ。その巨大な樹木がヒュドラを受け止める。
「う...ウソ...!あんなただの人間が精霊の樹を生み出したっていうの...!!」
「で、でも...関係ないわ...!フェイルノートは必中...!精霊の樹ごと貫くわ!!」
モロトルフの言う通り、ヒュドラの矢は樹木を貫通し、マリーの元までは辿り着いてはいた。しかし、その威力、毒気は完全に精霊の樹木によって抜き取られていた。そうなればもはやただの弓矢にしか過ぎない。マリーの前であっさりと斬り伏せられた。