第179話 俺は安全圏から高みの見物してる奴を地獄に落とすのが大好きなんだ
~クロヴィス城 城下町城壁~
「流石に奴とてこの高さから死ぬに決まってる...」
メルクロフは落ちていく新を眺め、どうしようもないことを確認するとその場から立ち去ろうとする――――その時だった。物凄い力でメルクロフの足が引っ張られた。
「な...なんだッ!!コレは...!」
「一体いつの間に!!」
メルクロフの足にはいつの間にか極太のロープが括りつけられていた。そして、下方から引っ張られる力に耐えきれず、メルクロフは城壁から落ちていった。
「メルクロフ!!!」
「メルクロフ殿!!」
ヴィクトルとベリヤは城壁から落ちていくメルクロフに反応する。
下方より新の声が聞こえた。
「ハハハハハッ!!」
「メルクロフさんよぉ!足元がお留守になってんじゃねーのか!!」
これは新があらかじめ、メルクロフに気づかれないように仕掛けておいたものだった。万が一自分がどうしようもない状態で突き落とされたときに相手も一緒に落とすため――――元々このロープは城壁の上に偶々置いてあったモノだ。
本来の用途としては、クロヴィス城の城壁を整備する際に獣人たちが命綱として使用するためのモノである。幾つも城壁の上に置いてあったものを新が今回の仕掛けとして利用したのだ。先端を輪っかにしてそれを反対の方から差し込んで、円状にして地面に置いておく。もし、自分が突き落とされたときに相手の足元にあるロープを引っ張れば道連れにすることができる。
新はメルクロフにアッパーを放ち、メルクロフの身体が宙に浮いた瞬間にこのロープを仕掛けていたのだ。
「クッ...あの時か...!」
「汚い手を...!」
「あぁ?勝利に綺麗も汚いも無いんじゃないのかよ!」
「さぁメルクロフ!俺と一緒に地獄を見ようぜッ!」
新の楽しそうな顔がメルクロフの視界に入る。
「忘れてはいないか?私には《飛翔》のスキルがあるのだ!」
「落ちることなどないッ!」
新は左手で思いっきりロープを引っ張った。
「ウオオオォォォッ!!!」
「アラタァァ!!!!」
メルクロフは必死に上空に飛び立とうとするが、その推進力よりも新に引っ張られる力の方が遥かに強い。メルクロフの努力も虚しく、メルクロフは地面にどんどん近づく。
そして、新はメルクロフを引っ張ったことで発生した反発力を利用して上方へと飛躍する。
地面へと落ちるメルクロフ、逆に飛翔する新――――二人の距離はどんどん近づく。そしてついに新の手が届く距離まで接近する。
「よぉ会いたかったぜ!」
「貴様は...狂っているぞ...!」
「ああ、そうさ!俺は狂ってるよ!狂ってなきゃテメェらには勝てねぇ!!」
「それに言っただろ...こっから先はアルティメットだってな...!」
「俺はな...安全圏から高みの見物してる奴を地獄に落とすのが大好きなんだ!!」
「俺のことを舐めて、自分の方が優れていると内心思ってる奴らの恐怖に震えた顔...そいつを見る時が堪らなく好きなんだよ!」
新は空中で一回転し、メルクロフの首元目掛けてニールキックを放つ。
「コイツもう矢の傷が治っているのか...!」
空中にいながら絶え間なく攻撃を繰り広げる新、そして防戦一方となるメルクロフ
「私はジャハンナムが一人メルクロフだ!」
「この程度の窮地、過去に何度も乗り越えてきた!!」
メルクロフは新の足を握り、動きを抑える。
「アラタ!!貴様はもう既に捉えた!」
「暗黒武技:皇鳳盾至!!」
メルクロフの持つ盾は炎の鳥―――不死鳥へと変化し新へと襲い掛かる。
(チッ、まだあんな大技使えんのかよ...右手が使えたらなんとかなんだけどな...)
メルクロフの放つ技に対する対抗策がない新―――そんな彼が困っている時だった。落ち行く二人の攻防を前に一人の影が屋根伝いに飛び込んだ。
フラムはメルクロフの放つ皇鳳盾至を新の庇うようにその身に受ける。
「ッ――――!!」
「仲間がいたのか!?」
声を荒げるメルクロフ
新もメルクロフも戦いに夢中で突然のフラムの乱入に少し驚く。そしてフラムはそのまま、落ち行く新を抱え、重たそうなフルプレートを着ているとは思わせない程、軽快な動きでその場から離れていく。
「少し、引こう!」
フラムは新を抱えながら、街の中心街まで走る。
「なんだおっさんかよ...!少しびっくりしたぜ...!」
抱えられた新が言う。
「おっさんって...俺はフラムだ...!それに君達より10歳くらいしか離れていないぞ...」
おっさんと言われ少し凹むフラム。フラムは進とは全く違って、口の悪い新に少し困惑していた。しかし、多分それが彼の美点でもあるのだろうと思い、自分で納得する。
「悪かったよ...!フラム!」
「それより、どこ向かってんの?」
「この国の中央区だ!」
「そこなら、開けて闘うのに適しているらしい...!」
「そこで奴らと闘う...!」
「いったん仕切り直しだ。」
フラムが真剣な顔で言う。フラムによると今トーマとコノハが住民の避難を行っているらしい。マリーは別行動しているようだった。フラムは懐から進の作成したポーションを取り出し、新に飲ませる。みるみる内に傷は治っていくが、右腕だけはまだ動かない。
「その右腕...?」
フラムが一切ピクリともしないその手を疑問に思う。
「ああ...コイツは大丈夫だ...!」
「ちょーーーと少しの間、動かねーだけだ!奴らをぶっ飛ばすにはちょうどいいハンデだぜッ!」
新は左拳を握り締め、威勢よく言った。
「ハハハハハ、君たちはホントに頼もしいね...!」
「フラムこそ、力貸してくんね?」
「やっぱアイツら3人はケッコーつえーや!」
新が少し茶目けを出して頼む。
「もちろんだとも!」
フラムの方こそ、新の闘いに加わるつもりで助けたのだ。貸すなと言われても強引にでも力を貸すつもりだった。
そんな二人は、中央区を目指すのであった。一方メルクロフの方はと言うと、ベリヤの空魔法による転移によって助けられていた。
「も~メルクロフッ!無茶しすぎ!!」
ヴィクトルは怒っているようだった。
「まぁまぁメルクロフ殿にも意地があるでござるから...!」
それを宥めるベリヤ
「二人には助けられた...すまない!」
メルクロフはそんな二人に頭を下げる。メルクロフは実力でジャハンナムのリーダーになった。しかし、それだけでリーダーになれたわけではない。自分の非を素直に認めるそんな男だったからこそ、他のメンバーに慕われていたからリーダーになれたのだ。
「いいって、いいって...それよりさ、これ飲んでよ!」
そう言われてヴィクトルから手渡されたのはドロドロしたポーションだった。
「おいもしかしてこれって...!?」
「そうそう...ボクの特性ポーション!!」
「これ飲んだらどんな傷も忽ち治るよ!!」
顔が引きつるメルクロフ―――スライムであるヴィクトルは自身に体液からポーションを作成することができる。その品質はそこいらの並みのポーションとは比べ物にならない。欠損した身体の部位すら元に戻すレベルのポーションを作成することができる。しかし、いくらそんな上質なポーションとは言え、メルクロフからしたら仲間の体液から作っているモノ。少し飲むことをためらってしまう。
「羨ましいでござる!!!!!メルクロフ殿!!」
「いらないなら拙者が!!」
「いや、ベリヤンはケガしてないでしょ!!」
そう言って手を伸ばすベリヤをヴィクトルは押しのける。
「くっ、背に腹は代えられないか...」
そう言って、メルクロフは恐る恐るポーションを飲む。すると、みるみる内にケガが治癒していく。新の攻撃を受けた後は何故か魔族の治癒能力が発動しない。メルクロフはそれが新のスキルによるものだと推測していた。
しかし、ヴィクトルが作成したポーションなら傷が回復している。どういうことなのか冷静に考えていたが、結局答えは出ない。それよりも今は奴ら二人を追わねばならない。もたもたしているとジルダ王女を解放されてしまうからだ。新の能力なら既に大体の位置を特定している―――そうメルクロフは直感的に感じていた。
「よし、二人とも奴らを追うぞッ!」
メルクロフ達も新とフラムを追って、中央区へと向かうのであった。