第178話 時間すら守れない奴に仲間は守れない
~クロヴィス城 城下町城壁~
メルクロフは新の右ストレートをモロに喰らっていた。
「グッ...クッ、ハァァ...ハァ...」
すぐに立ち上がろうとするが、激しい眩暈と嗚咽、さらには脳を揺らされ脳震盪を起こしていたため、足が震えてまともに立ち上がることができないでいた。
(人間如きにここまで追いつめられるとは...クソッ...!!)
メルクロフが苦しむ一方で新もまた苦しんでいた。
メルクロフに一発当てたのは良いが、新の右腕もまた肩から上がらなくなっていたのだ。
(ウソだろ...1ミリも右肩が上がらねぇ...!)
新は先ほど放った諸刃の等価交換の効果を思い出す。
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《破滅秘術:諸刃の等価交換》
自分の攻撃を放った部位と攻撃を当てた物質を破壊する。
どんなものも破壊できる反面、
自分の部位は使用してから30分間、
あらゆる自然回復、治癒を受け付けない
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(自分の部位を破壊って...右肩上がらねぇのこのせいかよ...!)
「おい、貴様...いや...アラタ!!」
「やってくれたな...!覚悟は出来ているのか...!?」
メルクロフは全身を震わせて興奮している様子だった。
「へぇやっと名前で呼んでくれたな...!」
「覚悟だ...?そんなもんとっくに出来ているさ...!」
「それよりテメェの方こそ覚悟は出来てんのか?こっから先は俺にボコボコにされるだけだぜ!」
新は右手を押さえつつ、そう答えた。
全身ボロボロの新、一発攻撃を受けただけのメルクロフ、ダメージで言えば圧倒的にメルクロフが有利に見える。しかし、唯我新、この男に関していえば何をするか分からない。いくらダメージを与えても立ち上がる男――――既に決着は誰にも予測できなくなっていた。
「私の力はこんなものではないッ!!」
「こんなものでは...こんなものでは...仲間は守れないッ!!」
「守れないだと...?テメェ何の話してやがる...?」
メルクロフはどうやら興奮しすぎて、会話が混濁している様子だった。
「それより、もう5分経ったんじゃねーか...??テメェは自分の言った時間は守るんじゃなかったんか??」
最初のメルクロフの発言に対して、達成できていないことを引き合いに出し、挑発を始める新だった。
「ハァ...ハァ...!!」
メルクロフは自身の懐中時計を見て、既にあれから5分以上が経過していることを確認する。
「私は常々自分に言い聞かせていることがある...」
「魔族は何もしなければ何百年も何千年も生きるが結局のところ、寿命は有限だ!だからこそ時間すら守れない奴は、仲間も守れないと...!」
そう言うと、メルクロフは自分の顔を右手で殴った。周りにいた魔族たち、ヴィクトルとベリヤさえも驚いていた。しかし、新だけはそれに動じることなくただ見つめる。
「メルクロフッ!!」
メルクロフを心配したヴィクトルは慌てて飛び出そうとするが、ベリヤは首を振りながらヴィクトルを制止した。
「アラタッ!!貴様は私を侮辱した!」
「貴様は許すことはできないッ!!」
メルクロフは静かに怒りを露わにする。
「メルクロフ...それがテメェの覚悟か...」
「見せてもらったぜ...」
「まぁ怒っているところアレなんだが...」
「それより、"矛盾"って知ってか...?」
興奮するメルクロフに対して会話を続けようとする新
「矛盾だと...??」
「大昔にな、どんな物も貫く最強の矛とどんな攻撃も防ぐ最強の盾を売ってる商人がいてな...」
「ある旅人があるこう聞いたんだ...」
「そのどんな物でも貫く最強の矛とどんな攻撃も防ぐ最強の盾を互いにぶつけたらどうなるのかってな...」
「どうなったというのだ...?」
新の説明に食いつくメルクロフ―――この世界では矛盾の故事成語はないため、興味を惹かれていたのだ。
「その商人は答えることだできなかったって話だ...!」
「まぁ何がいいてぇーかつーと...似てると思わねぇか...?」
「俺の右手とメルクロフ、お前の盾がさ...!」
「互いに最大の力をぶつけ合った結果、お互いに使えなくなった...」
「こっから先は正真正銘のアルティメットってわけだ...!!」
徹底抗戦の闘志を燃やし続ける男―――唯我新、この時、既に先ほどの怒りは何処かへ消え、この世界に来てよかったと実感していた。
元の世界では、進以外に拮抗する相手がいなかったため、この世界に来てこんなに自分と命がけの喧嘩ができる男がいて嬉しいと同時に感謝の心を感じていたのだ。
「行くぜ!メルクロフ!」
「掛かって来いッ!アラタ!」
「ケリをつけてやるッ!」
メルクロフは別の盾を収納のスキルより取り出す。
先に仕掛けたのはメルクロフの方だった。
「暗黒武技:嵐帝盾葬!!」
激しい竜巻と雷撃がメルクロフの持つ盾の中心から放たれた。
メルクロフ自身、防御面に特化しているが、意外に攻撃面も優れている。上限無しの反撃を使わずとも、盾を用いた暗黒武技や魔法を各種習得しているため、並みの魔族よりも遥かに高い戦闘力を誇る。
メルクロフの盾から放たれる雷撃を躱し、メルクロフの懐まで侵入する。
「オラァ!!」
新は左のアッパーで攻撃を仕掛ける。
「暗黒武技:烈死盾命!!」
メルクロフが盾を持つ方とは逆の手から赤い魔力の盾が生まれ、新のアッパーをガードする。メルクロフの足は地面から離れ、身体は浮き上がる。
メルクロフは攻撃を受け止め、新にハイキックを放つ。
「チッ、良い蹴り持ってんじゃねーか!」
新は空中に舞い上げられる。さらにメルクロフはその赤い魔力の盾からエネルギー波が放出された。
「うおっと...!」
堪らず、新はガードしようとするが、右肩が動かないため、上手くガードができずモロに喰らい意識が飛びそうになる。
さらに、空中に飛ばされたため、このままでは城壁の上から真っ逆さまに落下してしまう。流石に50メートル以上の城壁から地面に落下したら新とは言え無事では済まない。
新は何とか足で踏ん張り、元の城壁の地面に推進力で戻ろうとするが、その瞬間遥か後方より魔力の矢が二本飛んできた。二本の魔力の矢はそれぞれ新の両の太ももに刺さった。
「イってぇ!!」
「チクショウ...メルクロフ!これは一対一の喧嘩だろーが!!」
「汚ねえぞッ!!」
「姉さんの矢か...」
どうやら、後方で待機していたモロトルフが心配して魔力の矢を放ったようだ。メルクロフの指示ではないが、新に致命的なダメージを与えたので結果オーライと考えた。
「黙れッ!勝利に綺麗も汚いもない...!」
モロトルフは眼鏡をクイッと上げ、落ちてゆく新を上から眺める。