第173話 正義の奴隷
~クロヴィス城 城内~
キルは一しきり自分の過去の出来事を話すと、収納のスキルから水を取り出し、飲みだした。
「私の話はもう終わったの...さっさと行くといいの!」
キルはオレ達の存在をとても疎ましそうにしていた。しかし、オレはキルの話に出てきた"社長"と呼ばれていた人物がとても気に掛かっていた。
(黒い服...スーツ...?それに社長...?)
オレはとてもイヤな想像をしていた。それは"ある男"の姿が脳裏に浮かんだからだ。
(社長と呼ばれていた男がオレのよく知るあの男だとしたら...相当厄介なことだ...)
(だが、あの男であるはずがない...いや、あって欲しくない)
それは完全にオレの願望だった。しかし、特徴はかなり一致する。社長と呼ばれ、中年、黒いスーツ、タバコを吸う、それに何より人間を人間と思わぬ悪魔のようなやり口...。
「キル...!その社長とかいう男は名前を名乗っていなかったか?」
「名前...?私はオジさんの名前は知らないの...!」
「ただ、人間にしてはあり得ない位の存在感と威圧感を放っていたの...!!」
キルのその回答にオレの予感はより一層濃くなった。
ただ、今あの男のことを考えていても仕方がない。キルの育ったその施設は、この世界かもしくは元のオレ達の世界のどちらかにあることだけはハッキリした。つまり、この世界を行き来できる存在がいる。もしくはその方法が存在するっていうことが在るかもしれない。アドミニストレータの力を使わずとも...
アドミニストレータがそれを見て見ぬふりで容認しているのか、それとも気づいていないのかそれはハッキリさせないといけないが...
だが、それらの答えを探る前にオレにはやることがある。
それは...
"スターリン-キルを殺すことだ"
オレは再び収納のスキルで神聖剣を取り出し、鞘から引き抜いた。
オレが再び剣を取り出したことにスターリン-キルも気が付いた。
「な、何をしているの??」
「私はもう降参したはずなの!!」
「貴方の言うと通り、英霊たちも消したの!!」
「何で剣を持っているの!?」
たとえ無表情でも、とても焦っていることがオレにはひしひしと伝わる。
「誰も英霊を消したら、殺さないとは言っていない...!」
"一つ目は、この英霊たちを今すぐ消去し、オレ達への攻撃を止めろ。そして、二階への道を通すこと..."
確かに進は、英霊を消したら殺さないとは言っていない。
「ひ、卑怯なの!!」
「誰だって、あの選択肢だったら、一つ目を選べば殺さないと思うの!!」
「それは貴様が勝手に思ったことだろ...!」
「貴様を生かしていたら、また必ず誰か罪なき人を殺す!だからその前にオレが貴様を殺すッ!!」
この時、オレはキルの前で剣を振り上げていた。
「進ッ!止めるのだッ!その者にもはや戦いの意思はないッ!」
その光景を見ていた、リオンがオレを止めようとする。
「リオン...お前は分かっていない!!世の中には確実に"悪"が存在する...そいつ等は絶対に改心などしないッ!心を改めることなんてしないんだ」
「そいつらは呼吸をするように人を欺き、人を傷つけ、人を殺す!!」
「命乞いなどその場しのぎの言い訳にしか過ぎないッ!」
「頭を垂れた奴らは、みな心の中ではこう思っているんだ...」
「『何で、この"俺"がこんなに頭を下げてやっているのに許してくれないだ!!』ってな!」
「まるで、罪を裁く方が悪者であるかのように振舞うッ!!」
「だから、オレがそんな奴らに確実に制裁を下すッ!!」
「他の奴らが許そうとも、法律が許そうとも、神が許そうとも、オレは...オレの中の"正義"はそんな奴らを決して許さないッ!!」
「だからオレが裁く!そんな奴らを!!誰かがやってくれるだろうとかそんな甘い考えは、オレには存在しないッ!!」
オレはリオンの方を振り向き、そう答えた。
「進...それはお前の"本当"の正義なのか...??」
「それは、正義という言葉に操られているだけじゃないのか?」
リオンはオレのことを心配しているようだった。
「そうなの...リオン姫...この男を止めるの!!」
「人間なんて、みんな卑怯で汚いの!!」
「オレが正義に操られているだと...?」
そんなことあるはずがない...だって...
"セイギは絶対のはずだ!!"
「リオン姫...確かに私は今まで、数多くの人間、獣人、魔族...いやそれ以外の種族も殺してきたの!!」
「でも、この男の方こそどうなの??」
「正義という免罪符を掲げて今まで、多くの命を奪ってきたんじゃないの!?」
「その手は血で汚れてるんじゃないの?」
「私と何が違うっていうの...!?」
キルも負けじと反論を続ける。
「確かに、進だって、私の知らないところで今まで多くの命を奪ってきたかもしれない...でもそれでも私は進に救われたッ!!」
「そう...私を絶望の淵から救ってくれたのは、彼だった!!だから私は進を信じるッ!!信じたい!!!」
リオンは必死に進を庇う。リオンにとって、進はヒーロー、救世主に他ならない。ガリアの元で奴隷として売られるはずだった彼女や他の囚われた人を救ったのは進だった。だから、リオンは進のことを愛している。いつまでも一緒にいて、困っていたら力になりたいと心の底から思っている。そして、もし彼の居場所がなくなったら、自分が居場所を作ろうと思っていた。そう...自分の全てを投げ捨てても...。
「だから...進!私はお前に命じる!これは、クロヴィスの姫としての命令だッ!!」
「その者を殺すなッ!!もはやその者に戦う意思はないッ!!」
「リオン...悪いな...それはお前の命令でも頼みでも聞けない...」
「オレの中の正義が言っているんだ...コイツは危険だと...!!」
オレはリオンの方を振り向くことなく、剣を振り下ろした。
「進ッ!!!!」
リオンがオレの名を呼ぶ声がする。でもオレは剣を止める気はない。そう...オレはキルを殺す。そのことだけに集中しろ。
「ッ―――――!!」
キルもリオンもオレが剣を振り下ろす瞬間、目を瞑っていた。
キルの首筋から一筋の血液が垂れる。
ゆっくりと、リオンが目が開くと、キルの首元、寸でのところで、手を震わせている進がいた。
キルもゆっくりと目を開けて、進が剣を止めていることに気が付いた。
キルの首を跳ねようとするが、剣を寸でのところで止めていた進の目からはポタポタと涙が流れていた。
「進...私はお前を信じていたぞ!!」
リオンが嬉しそうな表情で進に抱きつく。
進は振り下ろしかけた神聖剣を鞘へと納めた。
「リオン...先を急ごう!」
そこにいたのはいつもの冷静な進だった。そんな様子にリオンは嬉しくてつい飛びついてしまう。
「リオン...くすぐったいよ...少し離れてくれ...!」
恥ずかしそうにする進。元の進に喜ぶリオンそんな二人は王の間へとモレクの元へと急ぐのだった。
しかし、進は頭では全く別のことを考えていた。
(何故、オレはあの時、剣を止めた...??)
進が剣を止めたのは、決してリオンが命じたからでも、自分の正義を疑ったからでも、キルを可哀そうだとか、そう思ったからではない。
ただ、本能的にもしキルを殺してしまったら、自分のこれまでの行い、生き方すらも否定してしまうではないだろうかと思ったからなのである。




