第159話 天才 天童 進 VS 戦乙女(ヴァルキリー) マリー②【マリーside】
~ルルドの街~
「あの、人形の位置は...っと」
新は、先ほど怪しげな人形がいた時計台の屋根の上まで一気に駆け上がって、人形の位置を探る。新の聴覚と嗅覚を持ってすれば、この程度の街のどこにいようとも瞬時に場所を把握することができる。
「あの気色のワリィ人形のミスは、オレの近くで声を上げたことだぜ...!」
「声の波長さえ分かれば、地獄まで俺は追い続けるぜッ!」
新は耳を研ぎ澄ませる。前方500メートルにいる。呑気に鼻歌なんて歌ってやがるぜ。
「バカな奴だ...!この俺から逃げた気でいやがるッ!!」
新はニヤリとした笑みを浮かべ、その人形の元へと駆ける。
――――新があの人形を追っている一方でマリー達は進相手に予想以上に苦戦を強いられていた。
「クッソ...ススム君がここまで強いなんて...!」
「姫様大丈夫ですか...!?」
既に立っているのはマリーだけだった。
味方の時は、誰よりも頼もしい進だが、敵となった時にこれほど恐ろしい相手はいないと4人は痛感していた。攻撃をすれば避けられるか、受け流されるか、防御をされる。こちらが距離を取れば魔法かこの世界にはない近代兵器による容赦のない遠距離攻撃を受ける。同時に複数人で攻撃を仕掛けても、まるで進が複数人いるかの如く攻撃が展開される。攻撃と防御がこれほどまで精密に切り替えを行える男は他にはいない。超合理的主義の親の元、育ったこの男は、戦闘となれば相手に容赦をしない。
進の元、この異世界で一番長く、剣の指導を受けてきたマリーがこの中では一番そのことを感じていた。誰もが、5分も耐えることなどできないと絶望する中、マリーだけは絶望していなかった。その顔には寧ろ楽しいとさえ思っており、顔から笑みを浮かべていた。
(ロレーヌの村で初めて会った時から貴方に憧れて、こんなに強くなりたいと思ってきました。)
(私は村を出てから他の人を助ける為に剣を振るい続けてきました。ススムさんの背中を追い続けながら...)
(ススムさんの誰かを助ける為の戦いは素晴らしいと思います...でも誰が貴方を助けるんですか!?)
(誰かを守るために自分を犠牲にするのはそんなに素晴らしいことでしょうか?)
(誰も貴方を助けなくなっても私は貴方を絶対に助けて見せるッ!今日はそれが初めて出来るかもしれない!)
(こんなにステキなことがあるだろうか...!)
マリーは進の力になれるかもしれないとそのことに胸を躍らせていた。今まで、守られてばかりで進の力になれていないのではないかと思っていたマリーは、全力で進を助ける為に行動をするつもりだった。
「今が恩を返す時ですッ!」
マリーも村を出た時とは比べ物にならない位に強くなっていた。元々はただの村娘で、人間なんか殺したことが無いほどだった。しかし、進との出会いでそれは変わってしまった。その出会いが良かったかどうかそれは今は誰にも分からない。この出会いがこの世界にとってプラスになるかマイナスになるかそれはこの後の歴史が証明してくれるだろう。
進の攻撃は剣閃はまるで針に糸を通すように精密であり、神聖剣は伝説級の武器軽く振っただけで周囲の家々を軽く吹き飛ばす。マリーは如何に進の攻撃を回避しながら、時間を稼ぐかがこの勝負の分かれ道となる。
進を倒すとなると恐らく可能性はほとんど0だが、たった5分間耐えるだけなら可能性の芽も可能性が出てくる。それでもたった数パーセントの希望でしかないが...。
マリーは己の全SPを加速のスキルに振っている。つまり、回避だけならこの場にいる誰よりも速い自信がある。
「上手く背後さえとれば...!」
マリーが動き出す。進の側面へ瞬間的に移動し、剣を振り下ろす。
「土魔法:土壁!!」
進は足のつま先に魔力を込め、土壁を発動した。
「嘘...足で魔法を発動させるなんて...!?」
マリーはもちろんのこと周りにいる者は皆、驚愕した。普通魔法という物は両の手、もしくは片手に魔力を込め、魔方陣を形成し、発動するものである。それを足のつま先に魔力を込め、魔方陣を展開するなど誰も見たことも聞いたこともない。それを天童進と言う男はいとも容易く実現しているのである。
一瞬動揺したが、マリーはそのまま、土壁を切り裂く。土壁自体はとても柔らかかった。いや、柔らかすぎて逆に剣をそのまま飲み込んだ。
「土魔法:土壁、形態変化【粘土】!!」
普通の土壁は硬いゴツゴツした岩石なのだが、進はその岩石の形状を柔らかい粘土状へと変化させた。
(魔法でそんなこともできるなんて...!知らなかった...!?)
マリーは既に自身の武器である剣を粘土に囚われていた。
「なら、これはどうですか!!」
「青魔法:ウォータカッター!!五月雨!!」
幾重にも張り巡らされた水の塊を粘土状の土壁へとぶつけた。粘土状の土壁をまるで豆腐のようにズタズタに切り裂いて行く。囚われていた自身のレイピアも上手く回収した。
しかし、既に進は土壁の背後にはいなかった。
マリーのもっと上空にその姿はあった。
(やめろ...やめろッー!!)
催眠状態の進は頭の中でそう叫んだ。
上空から進はマリーの脇腹辺りを突き刺し、そのまま地面へと叩きつけた。
「ガハッ!!」
マリーの脇腹と口からは大量の血が噴き出した。
「止めろ...オレの身体...止まってくれ...!」
進の身体はプルプルと震え、手に握り締めていた剣を離し、頭を押さえる。
マリーは、その隙を逃さなかった。剣を抜き取り、加速のスキルを掛け、全力を振り絞り、攻撃に出る。
マリーは剣を離した手ぶらの進にもう攻撃を打ち返すことはできないと考えた。普段から使っている神聖剣はここにあるのだから。だったら、もう魔法による攻撃か防御、それか回避の芽が出てくる。それならば時間を稼ぐことができるとそう思っていた。しかし、それは大きな誤りだったとこの数秒後に後悔する。
「加速全開ッ!!」
「剣技:閃光剣嵐!!」
これは、進から教わった技だ。素早さを異常に高めることのできるマリーで尚且つ力に頼らず、技で勝負するならと教わった。目にも止まらぬ剣閃を幾千も放ち、相手に攻撃するという単純な技だが、相手の身体全てに満遍なく攻撃をすることで相手の防御や回避を難しくする効果がある。
(これがまともに入れば、いくらススムさんでも殺さずに暫く動けなくできるッ!)
マリーはそう確信していた。いくら治癒魔法を持つ、進でも全身に深手を負ったとなれば数十秒は回復に手間取るとマリーは考えていたのだ。しかし、実際はこの数週間魔力強化に力を入れていた進にとって、全身の治癒に数十秒も掛かることはない。1秒もあれば、どんな重症患者でも回復することができるまでになっていたのだ。その性能をマリーは完全に見誤っていた。
しかも、それだけではない。マリーによる数千の攻撃を進は収納スキルに格納していた刀で全て受け止めていたのだ。結果として、マリーの攻撃を全て受けることなかったため、進の治癒魔法が使用されることもなかった。圧倒的な力の差である。単純なレベル差では、10程度のレベル差なのに闘いの経験値、才能、努力全てをとってもマリーが進の足元にも及んでいないことは明らかだった。
「マリー...早く逃げろッ!」
洗脳された進は辛うじて、口で逃げるように促すが、時は既に遅い。
「天童流剣術:繊月!!」
進は刀を両手で持ち、腰を落とした状態で、上体を勢いよくマリーに向けた。そして刀を右手に持ち鋭い突きをマリーへと放つ。その突きは寸分違なうことなく、マリーの心臓を貫いた。
天童流剣術は殺人剣、それゆえ一旦放たれたならば、どの技も確実に人間の命を刈り取る恐ろしい流派である。それゆえ、進は普段はこの剣術を封じるようにしていた。しかしそれも催眠状態故、この縛りも解禁されたのである。
マリーは言葉すら発する間もなく、その場に倒れた。
マリーは思う...もっとススムさんと一緒にいたかったと...。