第151話 世界最強の人狼が誕生するまで⑦
~クローバの森~
「私の身体は一体どうなっているんだ...」
カントは、自身の身体の変化に驚いていた。全身から溢れ出るパワーに高揚感を覚えていた。
「リリア...私はこれからどうやって生きていけばいい...?」
リリアを失った悲しみと虚無感からこれからどうやって生きていけばいいか、そんな道標を見失っていた。
カントが悩んでいると、殺したハズのゴードンの死体がある方向から急激な魔力を感じた。
「な、なんだ...?この膨大な魔力は...!?」
ゴードンの死体は黒い霧のようなものに覆われてゆく。霧の発生の元となっているのは、リリアが持っていたアーク教典からだった。アーク教典はゴードンの身体から流れる血を吸っているようだった。
「アレは、リリアが持っていたアーク教典!」
「まさか、あの本がこの魔力を放っているのか...!?」
ゴードンの身体はみるみる内に変態していく。4本の足、全身から青い触手のようなモノが生え、巨大な目が身体の中心に浮き出ている。その姿は魔族よりもさらに異形の存在と呼ぶにふさわしい化け物だった。
ゴードンの死体だったハズのその存在は、ゆっくりと立ち上がり周りを眺める。
「ギギギギギッ!」
「この男の肉体中々気に入ったぞ...!」
「貴様は何者だ!?ゴードンとは違った気配を感じる!」
カントはその化け物に向かって、そう聞いた。
「ゴードン?ああ、この男のことか...」
「我はオトゥーム...魔神オトゥームだ!!」
「化け物が...!?貴様のような存在がこの世に存在していることは"罪"だ!!」
「この場で消し去ってやる!!」
私はこのオトゥームと名乗る存在の脅威を肌でビリビリと感じていた。そして本能的にコイツをこのまま見過ごしたら、戦争どころではなく、我が祖国やリリアが愛したこの聖王国を滅茶苦茶にされると思った。
"だからコイツはこの場で消し去る"
「ギギギギィ!」
「我が化け物だと...?」
「そういう貴様はどうなのだ!?」
「我から見たら貴様の方こそ化け物に思えるぞ!」
「"人狼"の者よ...!」
リリアを喰ったことによって、カントの肉体は既に獣人を超え、魔の力を会得していた。今はまだなり立てだが、しばらくしたら獣人のことなど忘れて魔族となってしまうだろう。カントはそれを感覚的に理解していた。
「私は化け物でいい...!しかしまだ私はこの国のことを思う誇り高き獣人の戦士だ!!」
「だから、貴様をこの場から生きて返すわけにはいかない!!」
「ギギギギッ!」
「愚かな...!すぐ逃げ去れば見逃してやったものを...!」
「ならば、まずは貴様が我の生贄第一号となるがいい!!」
カントとオトゥームと名乗る化け物との死闘は半日にも及んだ。
この強大な魔神は同時に複数の魔法を使用し、無尽蔵な魔力で周囲の地形を簡単に更地に変える程の力を保有していた。さらに奴の身体をいくら切り裂いても切り裂いても瞬く間に再生をしていく。
私も人狼になったことで力が何十倍にも増したカントだったが、このオトゥームの力も膨大で苦戦を強いられていた。
「はぁはぁ...どうする...このままではジリ貧になる...」
カントは戦闘中にそんなことを考えていると、オトゥームの触手が全身を絡めとり、身体の自由を奪う。
「クッ、しまった...!」
一瞬の油断で、死を覚悟したカントだった。
その時だった、上空より突然黒色の球体が現れた。
「黒魔法:黒穴」
あれほど苦戦していたオトゥームは一瞬にしてその黒い球体の中心に吸い込まれていった。捕まっていた私もその渦に巻き込まれそうになったが、私の前に現れた男がその触手を黒い大剣で無残に切り裂いた。
「ふむ、強大な魔力を感じたと思ったら、魔神が出現していたか...」
「人狼の者よ...大丈夫か!」
男の顔が太陽の光でよく見えなかった。私は突然現れたその男を多少警戒した。
「まぁそう警戒するではない!私はお前の敵ではない!」
「余はアリス、いずれこの世界を束ねる覇王となる者だ!!」
男の顔がはっきりと見えた。ここ最近人間たちの戦争でごく少数ながら台頭してきた少し蒼い肌色をした、高い魔力を持つ一族、"魔族"と呼ばれる集団――――それがこの後世界征服一歩手前まで行く、カントとアリスの邂逅だった。それから私は命を助けてもらったアリス様に忠誠を誓い、魔王軍一の忠臣と呼ばれるまでに至る。




