第145話 世界最強の人狼が誕生するまで①
――――これは進たちがこのヌバモンドに来る五百数十年前の話である――――
~聖王国とビートリカ国境付近~
進たちがヌバモンドの地に降り立つ500年以上前、この異世界ヌバモンドは戦乱の世を迎えていた。世界中で各国の王たちが王権を巡り、戦火が広がっていた。聖王国と隣国のビートリカ(後のクロヴィス)も例外ではなく、お互い戦争に明け暮れていた。長き年月で続けられていた戦争により、両国の領地に属する周辺の村々の作物は荒らされ、農民たちは重い税、さらには若者の出兵により、酷く疲弊していた。
ここは聖王国とビートリカの国境付近である。ある男も他の者たち同様村の若者と言うことで国より徴兵令によって、戦場へと出兵していた。男は全身黒い体毛に覆われ、口には左右から牙がチラチラと見え隠れしている。やや細い体型をしていながら、狼の鋭い爪を持つ彼のことを仲間はカントと呼んでいた。彼こそが後に世界最強の男と呼ばれる六魔将リカントである。―――これはカントが人狼へと至るまでの物語である。
「グアアアァッ!!」
「カント!!お前は逃げろ!」
仲間が一人また一人と殺られていく。
ここは、聖王国とビートリカ国境付近―――草木が生い茂るペルース平原、仲間の死体の山に血が大量に流れ草に滴り落ちているが、連日振り続ける雨がそれを洗い流す。カントの属するビートリカ軍の戦況は最悪だった。通常の人種よりも高い身体能力を持つ獣人たちでも強大な力と魔力を持つ神殿騎士の率いる聖王国軍には苦戦を強いられていた。
カントはルーガルの村出身のタダの農民である。戦の経験はこれで三度目である。同じ村出身のペンタは一回目の戦で心臓を矢で貫かれ死んだ。隣の村出身の鳥の獣人ハープは二回目の戦で炎の魔法によって焼き殺された。村では一番強いとされ持て囃されたカントだったが、聖王国との戦力差はかなり開きがあり、今までは運よく生き残ることができただけなのである。
一回目と二回目の戦では、神殿騎士の団長クラスは誰もいなかったが、今回の戦ではその神殿騎士の団長がいるのだ。しかも聞いた話では、数多の戦場で老若男女問わず斬り殺し、血飛沫の雨を降らすことから"血雨のゴードン"と呼ばれている手練れらしい。分厚い鎧を身に纏った髭面のソイツが前線に出てきたせいで仲間たちが次々と殺されていった。
「ジャーーハハハハッ!!」
ゴードンの特徴的な笑い声が雨の降りしきる中聞こえる。その笑い声はカントにはとても耳障りで不快に聞こえた。
「ウオオオオォォッ!!!」
仲間達がやられる中、私は戦った。たとえ勝ち目が薄くとも...
私は仲間の逃げろという忠告も無視して、仲間の仇であるゴードンへと襲い掛かった。ゴードンは製銀のフルプレートに包まれ、胸には神殿騎士のシンボルである十字の紋章を輝かせていた。ゴードンの表情は余裕に満ち溢れていた。そして、ゴードンの剣が私の胸を貫いた。私の爪が奴の首を掻き切る、それよりも遥かに速く奴の剣は私の胸を貫いたのだ。
その剣は私の血に目いっぱい付着させ、ポタポタと地面へと滴り落ちる。ザーザーと降る雨がゴードンの剣に付いた血をすぐに洗い流す。
「ジャハジャハッ!!」
「弱い!弱すぎる!!」
「何と獣人の脆いことか...!!」
ゴードンの剣は私の心臓をわずかに外していた。正確にはわざと急所を外していたという方が正しい。ゴードンは苦しむ私を見て、高笑いを上げていた。
「クッ、待って...!!」
私は地面に俯せになり、左手は傷口を押さえ、右手はゴードンの方に伸ばしていた。ゴードンは私のことなど差し置き、雨の降る中、馬に乗り高笑いを上げながら消えていった。
私の所属する部隊は全滅だった。兵の数では奴らと同程度だったが、ゴードンの圧倒的強さに我々は全く手も足も出なかった。
「コレが、神殿騎士団長クラスの力か...」
ここでの戦は我々の敗北で終わった。我々の部隊がやられたことでゴードンたちの部隊を後ろに控えていた本隊が相手にすることとなった。どうなったか戦での詳細、真偽は知らない。ただ、風の噂ではゴードンの率いる部隊は敗北、ゴードンは生き残り本国へと帰還したとのことだった。
私は傷口からの流血を止めるため、安物の鎧を脱ぎ、その下に着ていた安物の服をビリビリに破き傷口に巻きつけた。次第に雨も止み、喉の乾いた私は仲間たちの死体の山を掻き分け、導かれるように森の方へと彷徨った。
そして、運よく綺麗な泉を見つけたのだった。私は森の中で見つけたその泉の水をガブガブと飲んだ。
「これこそ...神の御導きか...」
私は無意識にそう呟いていた。
ガブガブとまるで何時間も時間を忘れ、喉を潤していた。そんな時だった―――林の奥からガサガサと音が立った。まさか、魔物...?私はそう思った。咄嗟に戦闘態勢を取った。そこに現れたのは馬に乗った人間の女だった。
リカントとその女の出会いがこの先の長い人生に大きな影響を与えることにリカントはまだ知る由もなかった。
女はハァハァと息切れをしながら、私を見つめていた。よく見ると女の顔は泥や土埃で汚れていたが、長いサラサラを編み込んだ金髪を美しい容姿をしていた。しかし、私はその顔の下を見て戦慄した。その女の来ていた鎧にはあの神殿騎士の証である。十字の紋章が刻まれていたのだ。
「貴様!!神殿騎士かッ!!」
「いかにもそうだが...!」
女は表情を変えることなくそう応えた。
「な、仲間の仇ィ!!」
私はそう叫び、襲い掛かろうとしたが、急にゴードンに刺された胸の傷が思い出したかのように痛みだした。その痛みから私は膝を地面に着いた。
「貴様、ケガをしているではないか...!」
「そんな状態では戦えまい...」
「そ、それがどうした...!!」
「ここで戦わなければ、私は死んでいった仲間たちに顔向けできん!!」
女はやれやれといった表情で馬の荷から液体の入った小瓶を取り出し、カントの前へ放り投げる。
「な、なんだコレは...?」
「安心しろ!それはポーションだ...!」
「飲めば、その胸の傷もすぐに癒えるだろう!」
女は淡々とした口調でそうカントに告げた。
「な、何のつもりだ!」
「私は敵の情けを受けるつもりはない!!」
カントはその小瓶を握り締めながら、そう答えた。
「情け...?それは情けではない!!」
「見たところ、貴様は手負いの状態!それでは満足に戦えないだろう!」
「そんな状態の者と戦うのは私の騎士道に反する!!」
「だから、私と闘いたい言うのならば、それを飲めッ!!」
女は今度は厳しい口調でカントに言った。
「グッ...ならば有難く頂くとしよう...!」
カントは女の言う通り、手に握り締めたポーションを一気に飲んだ。