第117話 エレベーターに乗ったら異世界に来て喧嘩に巻き込まれた件④【唯我 新side】
~ドラコミシア王国 周辺~
あれからどれだけ時間が経っただろうか、数分?数十分?いや実際は1分も経っていないんだろう。唯我新と名乗る少年の身柄を取り押さえようと我が隊の兵士たちが向かった。結果から言うと誰一人、あの少年に対して有効的なダメージを与えることはできないでいた。
確かに我々の戦闘力は諸外国と比べても決して高いというわけではない。隣の国のクロヴィス王国の兵士たちの方が圧倒的に数も多いし、戦闘力だって高い。しかし、それでも我が国の兵士のレベルは皆30~40の間を保っており、それなりの戦闘スキルも持ち合わせている。それなのに、目の前のレベル1の少年に多勢に襲い掛かっても全く歯が立たないでいた。
あの少年の戦闘スタイルは今までに見たことがないものだった。しかし、初めて見てもそれが無茶苦茶な戦闘スタイルであるのだけは分かった。
例えば、我が隊の兵士が剣を振り下ろしたのを見てから、それに合わせるように自身の拳をその剣にぶつけたのである。普通ならその拳は剣によって切られ多量の血液を流すはずであるが、何故かあの少年の拳は一切傷がつくことなく剣を受け止めていた。その異様な光景に動揺した兵士の見て、ニヤニヤしているのである。まるでこの戦闘を心の底から喜んでいるようなそんな表情が見て取れた。
リザードマンは、その強靭な鱗を身に纏っているため、非常に高い防御力を誇ることで知られている。そんな高い防御力を保持しているにも関わらず、あの少年の拳はいとも容易く我が兵士の殴っては倒し、殴っては倒している。まるで、単調作業のようにそれを繰り返しているだけだった。
「ゲハッ!!」
新が腹部に正拳突きを放ったことで、また一人部下が口から、多量の唾液を吐き倒された。強靭な鱗を持つリザードマンの身体をまるで豆腐のように砕いていく。
「おいおい、お前ら情けねーぞ!!もっと気合入った奴はいねーのか!!」
ついに、マダラ以外の兵士は地面に倒れた。
「残るはアンタだけか...!もっと楽しめると思ったが、俺の勘違いだったか...」
(この少年の強さの秘密は未だに分からない...しかしやらねば、これは戦士長としての意地だ!)
マダラは剣を構え、間合いをジリジリ詰める。
殺す気で行かなければやられる!マダラは新と向き合って初めてその威圧感が只者でないことを実感した。かつて世界を救った英雄と呼ばれる存在と立ち会っているようなそんな感覚に鳥肌が立っていた。
「行くぞ!少年、いや新だったか!」
「いいぜ!!掛かってきな!」
新もファイティングポーズを取り、準備万端のようだった。
マダラが新に向かって、襲い掛かった。その時である、新の腹からグゥ~という音が鳴ったのは。
「あっ、ちょっとタンマ!!」
「腹空いたみてーだ、やっぱお前らの国に連れてってくれね?抵抗しねーからさあ!」
新は自身の両手を差し出し、無抵抗を示した。
新のその言動に急に拍子抜けし、マダラはずっこけそうになった。
「は?」
(この男、自由過ぎるだろ...!)
マダラはそう思わずにはいられなかった。
言われた通りに新の両手に手枷をはめ、そして念の為に足にも重りを付けた。まるで、罪人のように。
そして、マダラの乗ってきたドラゴンに一緒に乗せて、ドラコミシア王国に戻ることにしたのである。
~ドラコミシア王国~
「女王陛下、件の警備ゴーレムを破壊した者を捕らえました!」
女王であるジルダの前で跪き、報告を行った。
「で、その者は、其方の隣に居る者か?」
ジルダはそう言った。
(は?隣?)
マダラは隣を見ると、そこには地下牢に入れたはずの新が一緒に座りながら、どこから手に入れたのか分からない肉を食っていた。
「な、なななんで貴様がここにいるんだ!!」
「そして、どこから肉を持ってきた!?」
ここにいるはずのない新が隣にいて驚かされるマダラだった。
(まったく気配を感じさせなかった...それよりも何故手枷をつけているにも関わらず、普通に肉を食べてるんだ...?)
「何怒ってんだよ!あっ、それよりこれうめーな!」
「ここの宮殿の厨房から持ってきたんだけどよ!いや~誰にも気づかれなかったんだぜ!すごくね?」
新は何故か、得意げに言ってきた。
「申し訳ございません!女王陛下!」
「この者勝手に地下牢から抜け出したみたいで、この責は私が負いますのでどうか穏便にお願いしたく思います!!」
「おい!マダラ!何で、お前が責任を負うんだ!勝手に抜け出した俺がワリィんだろ?」
「貴様はちょっと黙っていろ!!」
マダラは小声で新に言う。
「マダラ、よい!見上げた根性じゃないか!それに、他の兵士に聞いたぞ!この者にお前の部下が一人でやられたと!」
「妾はそこの者を気に入ったぞ!!」
女王は新の無礼な行いを咎める気がないようで、マダラはホッと胸を撫でおろす。
「ねえちゃんがこの国で一番偉いんだろ?」
「てかねえちゃん美人だな~!あれ?この国はリザードマンの国なんだよな?」
「それなのにねえちゃんは見た目ほとんど人間じゃねーか!!」
「あまり無礼な口を言うな...!!」
マダラは新の言動にドキドキさせられていた。
「それはな、妾がリザードマンの中でも上位の存在だから、人間に擬態ができるんだ!!」
「そして、人間の姿の方が、割と他の種族に受けがいい...!!」
ジルダはそう答えた。
「へぇ~そういうもんなのか!」
「それと、ジルダだ!ねえちゃんは流石にやめてほしい」
「おう!分かったジルダちゃんね!おっけー!」
何という口の利き方なんだ...隣で聞いていたマダラは既に生きた心地がしなかった。
「で、聞くところによると、其方かなり強いみたいだな」
「ん?まぁ喧嘩なら自信あるぜ!」
「しばらくの間、ここで用心棒をしてみる気はないか?」
「代わりと言ってはなんだが、ここにいる間の食事、欲しい情報、行きたいところへの足、金貨を提供することを約束しよう!」
(まさか...陛下は新と魔族を戦わせる気か...!)
マダラはジルダの思惑に気が付いた。
(なるほど...確かにここのドラゴンは機動力が高いみてーだったし、アレに乗れば天童の所に行くのも難しくねーかも。それにまずここがどこで天童がどこにいるか知らねーとな)
「いいぜ!その提案乗った!!」
新にとっても取引はこの棚ぼたであったため、快諾した。
「で、俺は誰と戦えばいいーんだ?」
「明らか部外者の俺を用心棒にするってことは何者かの脅威に晒されてんだろ?」
新は鋭い目つきでジルダに尋ねた。
「フッ、流石に鋭いようだな...」
「ここ最近、隣の強国クロヴィスが魔王軍によって侵略されたことは知っているか?」
ジルダの質問に対してNOと新は首を振る。
「まだ本格的にここに攻め込まれているわけではないが、最近そのクロヴィスから六魔将モレクの直属の部下を名乗る魔族がやってきて、我が国の市民や兵士を襲っているんだ」
「その魔族はうちの戦士長でも苦戦するほど強い!其方にはその魔族と戦ってもらいたいだが、頼めるか?」
「なんだ、そんなことか!簡単じゃねーか!」
「やってやるよ!むしろおもしれ―話じゃんか!!」
こうして、新はしばらくの間ドラコミシア王国の用心棒として暮らすこととなった。