【重要】課長が目覚めたら異世界SF艦隊の提督になってた件です
【ブックマーク100記念短編】課長が目覚めた異世界SF艦隊のクリスマス
ブックマーク100をいただいた記念短編です。
いつもと違った雰囲気かとも思いますがお楽しみいただけますと幸いです。
――ピピピピピ……
涼井は電子音で目覚めた。
どうもこの世界でも目を覚ますという部分については不愉快な電子音を立てることで覚醒させるという以外の方法はないらしい。
ジャパニーズサラリーマンであった涼井にとって朝、すっきり目覚めるというのは体調管理の一環であって得意分野ではある。しかし今日は涼井は非番だ。思わず昨日はこの世界のSNSを色々と眺めるという夜更かしをしてしまった。その疲労が重い。
周りを見回すと、ここはいつも搭乗している戦艦ヘルメスの提督室であることが分かった。
この世界の艦艇もあまりスペースに余裕がなく個室が与えられるのは艦長以上だ。
提督室もあまり広くはなくベッド、執務机、私物のロッカーといった具合だ。
制服に着替えて起き出す。
非番ではあるが何かあれば任務に就く必要はある。
とはいっても涼井の第9艦隊は今は首都星の衛星上の軍港に入港しており、一部の艦艇が新人の慣熟航行のためにローテーションで惑星軌道上を行ったり来たりといった行動をしているのみだ。
戦艦ヘルメスはちょうどローテーションに当たっており、首席幕僚のバークがそのあたりは取り計らっているはずだった。
涼井は水を一口飲んで外に出た。士官食堂で朝食が提供されるはずだ。
しかしいつもの灰褐色の通路に出た時に何かの違和感を感じた。
通路には緑色の草のような素材のモールが飾り付けられ、ところどころチカチカ光っている。
そして行きかうクルーもどことなく浮ついた表情だ。
「これは……?」
涼井は通路を抜け、中央戦闘指揮所の傍を通る。
あろうことか二重扉は両方開け放たれている。
そして何やらモニタの前に、モミの木のような中型の木が飾られている。
不穏な気配に涼井は首をかしげ、上階に上がる。
上階には士官食堂があり、涼井のローテーション上は朝食が提供されるはずだ。
だいたいは塩気と油たっぷりの温食か、戦闘が立て込んでくると味気のないレーションパックが支給される。しかし40人ほどが同時に着席できる士官食堂もどことなく緑の草の飾り、モミの木、そしてきらきらと光るアクセサリーがいっぱいで、さらに朝食からチキンを丸っと焼いたロティサリーチキンの切り身が提供されていた。
数名の士官がこちらに気付き立って敬礼をしてくる。
「これは……もしかしてクリスマスか?」
「クリスマース? あぁクリストマスですね。そうです。宇宙軍の全体行事ですよ」
どう見ても地球のクリスマスそっくりだが、この世界は別に地球から連続した未来の世界ではない。
しかし……
「そうか、そうだな。クリストマスだったな」
そう言いながら涼井は急いで手元の端末で「クリストマス」について調べた。
この世界に来てからよくあるのだが、単なる記憶喪失ということでは済まされない文化の違いによる障壁が多多あった。
どうやらモミの木らしき植物をかざり、色々な緑のモールやら何やらを色々なところにはりつけ、赤い円錐形の帽子をかぶってケーキや七面鳥を食べ、家族や恋人と過ごす。
ほとんど地球のクリスマスと同じ週間のようだった。
「クリスマス……か……」
涼井は遠い目をした。
彼は仕事人間でクリスマスも年末年始もなく働いていた記憶しかなかった。
そもそも出張で飛行機の上というようなこともありまともなクリスマスの記憶は全くなかった。
涼井はパンやチキンをトレイに受取り座った。
「提督!」
首席幕僚のバークが金髪に眼鏡の青年を連れてトレイを持って隣に座った。
金髪に眼鏡の青年は無精ひげを生やしており中佐の階級章をつけている。訓練幕僚のエリック中佐だ。
「いよいよ今日ですな」
「……今日? 何か重要な訓練でもあったか?」
バークは首をすくめてやれやれというようなポーズをとった。
「提督、お忘れですか? 今日は艦隊主催のパーティですぞ。だいたいクリストマスではこの週のこの曜日にやりますでしょう? 朝から飾り付けで大変でしたぞ」
「……そうだったな」
「ボ、ボクもクリストマス楽しみです……」
エリック中佐はそれなりの要職にあるわりに良く言えば謙虚な人柄だ。
どちらかというとじっくり一人で仕事をするタイプのためか、訓練幕僚として緻密な訓練計画を作ったりするのには向いているようだった。
「ほう、何が楽しみなのかな?」 普段はバークが幕僚をまとめているためあまり会話の機会がない涼井は雑談のつもりでエリックに話を振った。
「そりゃあもう……ダンスパーティですよ……あこがれのあの人をダンスに誘うんです……」
エリック中佐は思ったよりも積極的なところがあるようだった。
「ふむ……ダンスパーティね……」
「そういえばスズハル提督はそういうのが苦手でしたね、少なくとも昔は。いつも踊る相手の足を踏みつけておられて……」
バークがガハハと笑う。
「まぁ、今年はもう少しまともに踊るさ」
食事を終えて一足先に外に出る。
すると目の前にロッテ―シャ大尉が立っていた。
緑っぽい黒髪をきりっと切りそろえた凛とした女性だ。とある事件の際に涼井の警護につき、そのまま艦隊に乗り込んでいるのだ。
「提督! 実はご相談が」
「どうしたロッテ―シャ大尉?」
彼女は一瞬、逡巡した後に続けた。
「今年のクリスマスパーティですが、ダンスの時間は一緒に踊っていただけませんか?」
「ん? 構わないが……」
ロッテ―シャがぱっと明るい表情になる。普段任務中は無表情のためなかなか見られない笑顔だ。
「ありがとうございます提督。着任したばかりであまり艦隊には知り合いがおらず……では歓談が終わるあたりの19:00くらいにいかがですか」
「分かった」
涼井は快く了承して戦艦ヘルメスをしばらく視察し、それから艦隊の訓練室に向かった。
射撃場や機械式のトレーニングなどが可能なかなり立派な設備だ。
非番のクルーがここで運動していることも多い。
訓練室に入るところで副官のリリヤとぱったり出会った。
ちょうど運動していたのかトレーニングウェアを着込んでいる。
「あっ提督」
「今日は非番かね?」
「はい職務がら、ローテーションはかなり提督に合わせてますからね、ところで……」
リリヤもダンスパーティで踊ってほしいという申し込みだった。
「分かった、では19:10くらいにどうだろうか?」
「提督! いつものクールな眼鏡でお願いしますね」
「……後ほど」
涼井はひとしきり汗を流し、そのままリラックスルームに向かった。
戦闘の緊張感を一時的にも忘れるために機械式のマッサージを受けながら美しい惑星の景色を眺めて楽しむなどのバーチャルなリラックスができる機械が揃っている。
その脇にはちょっとした休憩用のカウンターがあり飲み物や軽食を注文できる。
いわゆる酒保の一種だ。
そこに帝国軍の女性軍人用の服装をした人物が座っていた。
白磁のように透き通った白い肌に銀髪の女性。
よく見ると帝国軍人というより帝国貴族の服装だ。
ヴァイン公リリザだった。
彼女はちらりと涼井を見た。
髪の色と同じ銀色の瞳に憂いの色が浮かんでいた。
「ヴァイン公、どうされました?」
「ふ……」
彼女は小さく自嘲気味な吐息をつくと、グラスをかたむけた。
強めのショートのカクテルだろうか。
「ここは落ち着くわ。メインの酒保と違って放っておいてくれるし」
「なるほど……」
涼井はミネラルウォーターを注文して隣に座った。
それを見てリリザの瞳に初めて興味深げな色彩が浮かんだ。
「共和国軍の英雄さんはアルコールは飲まないのかしら?」
「飲む時は飲みますが、自分からは飲みませんね」
「……興味深いわ」
しばらく沈黙がカウンターを支配した。
「……今日はクリストマスらしいわね」
「そのようです」
「帝国でも祝うわ。クリスと銃士たちの重要なお祝いですもの」
「……は?」
「……?」
「クリスと銃士たち?」
「……そういえば記憶喪失になったんでしたかしら? ……本当にただの記憶喪失かしらね」
19歳とは思えない、大人びたような不思議な微笑みを彼女は浮かべた。
「共和国と帝国がそれぞれ宇宙に進出する前の話よ。クリス・ローガンという英雄が銃士たちを連れて……」
ヴァイン公の話はとても意外だが面白いものだった。
「……ところでわたしもクリストマスに出るわ。でも知己がいないの。紳士の礼儀として踊ってくださるわね?」
「……もちろんです公爵閣下」
「ふ……私も支度があるわ。そうね、歓談が終わってから19:30くらいに」
「承知しました」
「では……」
涼井は一例し水を飲みほしてリラックスルームを出た。
そしてふと思う。
三人とダンスの約束をしている!
ロッテーシャ大尉はこちらに来てまだ日数もあまりなく上司としての付き合いもある。リリヤの場合は純粋に上司としてだ。ヴァイン公リリザと踊るという点に関しても今後の反リシャール派(とはいっても本人は行方不明であるのだが)の帝国貴族たちとの社交という意味合いは強い。
しかし冷静に考えると、クリストマスで女性と踊るというのはこの世界では何を意味するのだろうか。
そして時間がそれぞれかなり近い。
結果として何か別の問題が起きてしまうのではないか……
涼井は非番の日はたいていこの後、この世界について調べものをゆっくりとするか、軽く午睡を取るのだが、今日は調べものは頭に入らず、午睡の時間も眠れなくなってしまった。
結局眠れずに涼井は戦艦の居住区をうろつく羽目になった。散歩でもしていったん頭をすっきりさせる作戦だ。通路を歩いていると異様な一団と行き合った。
彼らは全員黒ずくめの服装に身を固め何やら黒い目出し帽までしている者もいる。どこからどうみても武装工作員か特殊部隊員なのだがそういう気配でもない。演劇の出し物の準備でもしているのだろうか。
涼井の不審そうな目に気づいたのか目出し帽の男が一人近づいてきた。
「……?」
「しっ提督、私です」
「バーク?」
男は目出し帽を半分ずらした。
その下からは首席幕僚のバークが現れた。
「一体何を?」
「世直しですよ提督、世直し。クリストマスという幻想を打ち砕くためのね……」
「つまり?」
「おや? 提督は去年は全く踊れず我々の思想にも共鳴していたはず…… 」
「?」
「おっと喋りすぎたようですな、ではまた後ほど……」
何が何だかわからない内に黒ずくめの男たちはバークの一声でさっと散っていった。
取り残された涼井の頭の中は疑問符でいっぱいだった。
――そして数時間、ようやくクリストマスのイベントが始まった。
クリストマスのイベント自体は、関係するクルー達の努力もあって豪華絢爛なものだった。
旗艦クラスの戦艦には必ずある広大なゲストルームを飾り付けし、地球でいうところのクリスマスに近い雰囲気だ。盛大に飲み物や食べ物もテーブルに置かれ好きなように立食で飲み食いできるようになっていた。
ローテーション上参加できないクルーのために時間帯をずらして後2回は開催されるようだが、初回であるこのイベントがメインではあるようだった。
涼井は適当に料理を皿に乗せ、スパークリングワイン的(発泡性の白ワインのようだがどうも地球のものと違う気がする)なものを飲みながら話しかけてくるクルーの相手をしていた。
ふと照明が落ちた。
クルーたちがざわめく。
そんな中、どっと会場に楽器を携えたクルーが入ってきたようだ。
演出だろう。いよいよダンス会の始まりだ。
盛大な管楽器の澄んだ音が鳴り響き、会場の一角に照明が当たった。
そこにはタキシード姿の男が佇んでいる。
ただし何故か黒い覆面だ。
「レディース アンド ジェントルメーン!」
増幅された音声が会場に響く。
聞き覚えのある声だ。
「……バーク?」
黒い覆面のタキシードの男が続ける。
「我々はクリストマスという悪しき慣習を吹き飛ばすために集まった同志である! 我々は特にダンスパーティという名の破廉恥極まりない悪の習慣を打破し英雄クリスに始まるこの伝統的な祭りを原点回帰させるための集団である!」
ぱっと照明がつく。
司会役だったクルーがいつのまにか縛られ会場の隅に転がされている。
さらに黒服黒覆面の男たちがさらにどっと会場に入ってきた。
よくみたら管楽器を構える男たちも全員が黒服黒覆面だ。
あっけにとられる通常の制服姿だったり、ダンスのためかドレスアップしたクルーたちをよそに黒い集団が盛大に飲み食いをし、さらに陽気な音楽を奏でる。
演出かと思ったがどうも演出にしては真剣だ。
さらにクラッカーのようなものを持ち込みあちらこちらでパーンパパーンと景気良く鳴らしている。
本当に邪魔しにきたようだ。
怒って詰め寄るクルーもいたが黒服たちはさっと制圧してふんじばって会場に転がしていく。
どうもそれ専用に訓練を積んできたかのようだ。
「ここで我らがクリストマス粉砕同盟の書記長を紹介しよう!」
黒覆面のバークが宣言し、全身黒ずくめでさらに黒マントをかぶった男が壇上にあがる。
「皆さん! クリストマスはもともと英雄クリスとその部下である銃士たちを称える祭りです! いつからこのような祭りになったのでしょうか!」
朗々とした声だ。しかしどうも聞き覚えがある。
……どうやら訓練幕僚のエリック中佐だ。
これはもう艦隊の中の主要幕僚が絡んでいるということであれば、あの黒覆面たちもおそらく相当組織化されているのであろう。そういえばクリストマスは「無礼講」というルールがあるようだ。
ぎりぎり無礼講の範囲内に収まるように邪魔しに来たというわけだ。
騒ぎはどんどん拡大していった。
クラッカーも激しく鳴り響く。
その喧騒の中で「提督ー!」という声がする。
リリヤだ。
きらきらとした明るい色のドレスでドレスアップをして赤髪をアップでまとめている。
「この状態だと踊れませんね!」
今度は黒くほっそりとした大人の女性の雰囲気を出した銀髪の女性が近づいてきた。
「スズハル提督、とんでもないことになりましたね。帝国ではありえませんがこれが共和国の雰囲気なのかしら?」
ヴァイン公リリザだ。
「提督、ちょっとこれはやりすぎでは? 脱出しましょう」
ルームダンスのためのふわっとした衣装を着込んだロッテーシャが現れる。
「そ、そうだな」
ふと三人の女性たちが互いに視線をぶつける。
(これはどういうことかしら?)
冷たい瞳に非難の色がこもったヴァイン公リリザ。
(提督?)
ロッテーシャの反応。
「きー!」
と声に出してリリヤ。
その瞬間、ひときわおおきいクラッカーが鳴り響き、まるで発煙弾に包まれたようになった。
視界が極めて悪くなり騒擾はもっとひどくなった。
後でバークとエリックは締め上げるとして「こっちだ!」涼井は思わず近くにいた人物の手をつかみ出口に向かった。彼女はしっかりと涼井について走ってきた。
会場はとんでもなく荒れ放題になり、主計幕僚が後日激怒、減給になったり反省文を200枚ほど地球の習慣で「紙に書かせられた」幕僚もいたとのことだがそれは別の話。
涼井は涼井で後日しっかり各方面に謝罪し概ねは事なきを得た。
クリストマス当日は食べ物をゲストルームに集めてしまったがゆえに食材のない士官食堂でドレス姿の女性と一緒に携行食糧とスパークリングワイン的なもので食事をとる涼井の姿を数名の将校が目撃したようだがそれも別の話。