096.買付
「では、行ってきます」
カマラとアキオが、共にザルドに乗ってジーナ城を後にした。
ジーナ城――その呼び名はアキオの本意ではなかった。
しかし、施設完成後に、ジーナを中心とした洞窟付近をどう呼ぶかで話し合いが行われた結果、最終的にジーナ城に決定されたのだった。
最後まで争った他の候補はシュテラ・ジーナだ。
アキオは、これは洞窟であって、城でも街でもないと抗議したのだが、シミュラの「王が住むのは城だ」というひと言が決定打となって、ジーナ城に決まってしまった。
彼の推した、ジーナ洞窟は最終候補にも残らず却下されている。
アキオは、ザルドで隣を走るカマラを見る。
朝日を浴びて銀色に輝く髪を風になびかせながら、純白の細身のナノ・コートの裾を風で翻している少女の顔は、見たこともないほど生き生きとした笑顔でほころんでいる。
今日、ふたりが出かける先は、シュテラ・サドム、シュテラ・ナマドより北方にある農業特化街だ。
ジーナ城の菜園へ植え付ける、苗や種子を買いに出かけるのだ。
距離はザルドで一日の行程だった。
一緒に行くのが誰かで相当もめたらしいが、結局はカマラになったようだ。
アキオは詳細を知らない。
ナノ強化で走って行けば、もっと早く移動できるのだが、それだと街道ではなく樹林を移動することになる。
たまには乗り物を使って、正規に街道をのんびり移動するのも良いだろうということで、こうなったのだ。
「でも、あなた、ザルドに乗れるの」
出発前、ミーナに尋ねられ、
「馬に似ているなら、たぶん大丈夫だろう」
そうアキオは答えた。
T地帯では馬しか移動手段がなかったので乗馬は必須だった。
ザルドは馬より大きいが、なんとなく感じが似ている。
手綱、鞍、鐙の構成もほぼ同じだ。
試しにアキオは、ヴァイユが乗ってきたザルドに騎乗してみた。
見事に乗りこなして皆から拍手を浴びる。
「ほとんど馬と同じだな」
ほかの少女たちも、シミュラ以外は全員乗ることができるようだ。
カマラも、いつのまにか乗馬できるようになっていた。
ここ数日、ミストラのザルドで練習していたらしい。
「アキオ、なんだか……楽しいです」
カマラが叫ぶ。
抜けるように晴れた青空の下、素晴らしい速さで少女はザルドを走らせて行く。
途中にある街に寄らず、昼食も街道の途中で下馬して、レーションでとったため、夕暮れ前にシュテラ・サドムに着くことができた。
農業特化というが、街を取り囲む壁も、街門も、そんな特徴は示していない。
「通って良し」
アキオとカマラの通行文を返しながら衛士が言う。
大柄だが、人のよさそうな男だ。
どことなく農夫の雰囲気がある。
普段は、農業をしていて、定期的に衛士をやっているのかもしれない。
「すまないが」
「なんだ」
「初めての街で勝手がわからない。どこかいい宿をおしえてくれないか」
「なぜこの街に」
黒髪黒コートのアキオと銀髪白のコートのカマラに胡散臭そうな目を向ける。
「苗と種の買い付けにきた」
「そうか!」
突然、男の態度が変わる。
「農家なら知り合いも同然だ。俺も普段はガバロア農家をしているんだ」
ガバロアとは、スイカに似た食べ物だ。
ジーナを出る前に、ヴァイユがひと通り、主な野菜、果物の名前、特徴と価格を教えてくれている。
「で、どんな宿がいい。あんたたち――兄妹か」
「妻です。結婚したばかりで」
アキオが口を開く前に、すばやくカマラが言って、腕に抱き着いて締め上げる。
彼の肩に頭をすりつけた。
「そ、そうかい、なら、中央通りをずっと行くと円形広場があるから、それを左に曲がればいい。その先が宿屋街だ。そこの瑪瑙亭がお勧めだ。アルゾの紹介といえば、便宜をはかってくれるだろう」
一見、冷たく感じるほど玲瓏たる美貌の少女の、突然の新妻ぶりにおどろきながら男は言った。
男、アルゾに礼をいって2人は歩き出す。
言葉にしたことでスイッチが入ったのか、カマラはもう全開で新妻モードだ。
熱っぽい視線でアキオを見つめつつ、ザルドの手綱を引きながら、空いた方の手で、彼の手と恋人つなぎをして歩いていく。
アルゾの言ったとおり、しばらく歩くとサーカスがあり、左に曲がっていくと、表に様々な看板を掲げた宿屋が見えてきた。
瑪瑙亭は、その中でも中堅クラスの宿屋のようだった。
宿の前の馬駐にザルドの手綱をくくりつけ、荷物を持って中に入る。
受付でアルゾの名を出すと、他の街の宿屋とは違って、うるさいことは何も聞かれずに、あっさりと受付が終わった。
ここでも、初めに兄妹かと尋ねられたカマラが、激しく新妻アピールをして宿の主人を驚かせる。
ザルドは、店の者によって裏の馬小屋に連れていかれるらしい。
「お風呂はどうなさいます」
「あるなら入る」
自分で走ったのではなく、ザルドに乗って来たので、特に疲れたとも思えないが、風呂があるなら入って損はない。
「新婚さまでしたら、お二人だけでお入りになられる、個室風呂が時間決めでご使用になれますが……」
「不要だ」
そういって、アキオは指定された階上の部屋に向かう。
アキオが部屋に入って荷物を降ろしていると、少し遅れてカマラがやって来た。
もちろん、同室だ。
開口一番、カマラが新婚だといったのだから仕方がない。
「アキオ、外に行きましょう。夕食は、街を歩いて良い店があれば、そこで食べることにして」
カマラが荷物を置いて言う。
「わかった」
今回、武器らしいものは、身に着けたP336(ハンドガン)しか持ってきていないため、盗難に気を遣う必要はない。
貴重品だけを持って、カマラと共に、身軽に夜の街に繰り出す。
「わあ、アキオ、なんだか通りが明るいですね。夜だというのにこんなに人が……」
カマラの言葉でアキオは気づく。
洞窟暮らしの長かった少女は、ジーナで教育を受けてからも、街というものに、ほとんど来たことがないのだ。
「カマラ、君が街に来たのは、シジマの身代金を受け取りにシュテラ・ナマドへ来たのが最初か」
「そうです。あの時は、こうやって歩いて回ることもできなかった……」
「そうか」
アキオは、腕にしっかりしがみつくカマラの銀の髪をポンポンたたいて言う。
「今夜はゆっくり街を見て回ればいい」
「はい、そうします。嬉しい!」
とはいえ、アキオもそれほど街に詳しいわけではない。
キイやユスラたちと買い物がてら回ったぐらいだ。
とりあえず、今夜は、カマラの行きたいところに行き、やりたいことをさせてやりたい。
農業特化の街だ。ギャングと歓楽の街、シュテラ・ザルスのように暴力的なこともないだろう。
穏やかに夜の街を過ごせれば、それでいい。
そう思いながら歩いていると、通りの向こうで派手な悲鳴が上がった。