094.願望
「シミュラさま」
「カマラ」
馬車から降りると、ジーナの外で待っていた銀髪の少女が駆け寄ってきた。
「お待ちしておりました――あ」
少女は、逆にシミュラに勢いよく抱きつかれて目を丸くする。
「おお、おお。柔らかくて心地よいぞ。馬車の者とは違う感触があるな。なにやら良い匂いもする。しかし――」
そういって少女は、カマラから少し離れ、まじまじと見つめる。
「思っていたより大きいな」
「そうですか」
「うーん。ああ、そうか。おぬしをアキオの記憶で見ていたからか。だから子供のように見えたのだな」
「姫さま、それは、アキオがわたしを子供扱いしているということですか」
「いや……そういうことではないと思うぞ。たぶん。単に身長差が――」
「姫さま、失礼します」
そう言い残し、カマラが走りだす。
シミュラが目で追うと、ぱふ、と今度はカマラが馬車から出てきたアキオの首に抱き着いていた。
「あらあら」
ミーナの声が、シミュラの耳に響く。
彼女も車内でインナーフォンを渡されていたのだ。
「まるで、パパの帰りを待ちわびていた子供ね」
「ミーナ。それはカマラにいってはならんぞ。本人は大人のつもりでおるのだからな」
シミュラは、アキオの記憶によって、カマラが最近になって言葉を話すようになった経緯を知っている。
「ようこそ、姫さま」
「マクス。会いたかったぞ」
そう言って、シミュラは遅れて出てきた深緑の髪の少女を抱きしめる。
「きれいな声だね」
「ああ、おぬしのおかげだ」
そういって、彼女の手を取り、しげしげと眺める。
肩に手を触れ、わき腹や腰も触った。胸にも手をやる。
「な、なんですか。くすぐったい」
「ああ、すまぬ」
そういって、ひし、と再びマクスを抱きしめ、
「おぬしも大変だったな。でも、可愛い女の子になってよかった。わたしも嬉しいぞ」
「姫さま。あなたこそ」
マクスが魔女を抱きしめ返す。
「あらあら、なんだか感動の場面に出くわしちまったね」
ジーナから出てきたユイノが、それを見て声を上げる。
「舞姫ではないか――実際に目にすると、おぬしは小柄だな。アキオの目には大きく映っているのだが……」
そういって、シミュラはマクスの手を引いてユイノに近づき、そのまま彼女の頭を撫でる。
「よ、よしとくれよ。姫さま」
「しかし、やはり手足は長いのう。さぞかし踊り映えするだろう」
「そ、そうかな」
「ぜひ、今度、わたしと踊ってくれ。まだ、少し身体をうまく操れないが」
「もちろんだよ」
「たのむぞ」
シミュラは、しばらくして、やって来たミストラとヴァイユもしっかりと抱きしめる。
「優しいわね、シミュラ」
その後、アキオを囲んで談笑する少女たちを、優しい笑顔で見つめる魔女にミーナが話しかける。
「ああ。あの娘たち、それぞれの苦労を見てしまったからの」
「そう――そうだったわね」
魔女はアキオの記憶を介して少女たち全員の過去を知っているのだ。
「アキオは、ああいう男だ。言葉が少ない。本当は、あの子たちみんなを想う気持ちはたくさんあるのだ。だが、言葉にならない。だから、わたしが抱きしめて、その片鱗なりとも伝えてやりたいのだ」
「素敵ね、みんな喜ぶわ」
「――だが、本当に抱きしめてやりたいのは、おぬしだ、ミーナ」
「えっ」
ミーナは驚き、
「――無理よ、わたしには身体がないもの……」
「わたしは、おぬしのこともよく知っている――アキオの記憶で」
「そ、そうなの」
「おぬしの兄のひどい仕打ちも……」
「あれは仕方がないのよ」
「――人間は唯一の動物だ。恥じて顔を赤らめるか、その必要のある――」
目を閉じ、人差し指を立てて、歌うように言うシミュラを見て、ミーナは朗らかな笑い声をたてる。
「マークトウェーンね。兄がよく引用していた」
「だいたい、おぬしはわたしが怖いのではないのか。あのミミック、だったか」
「あなたは、あの最低最悪の怪物とは違うわ」
「ミーナ――」
「なに?」
「おぬしに伝えるべきかどうか、迷うところなのだが……」
「迷ったらやれ、がアキオの行動指針ね」
「わたしは、アキオの心を見た」
「ええ」
「彼女とやらの記憶は激しすぎて理解できなかったが――アキオは、おぬしを想っておる。ひどく想っておるのだ」
「そ、そうかな」
「好き、とか、そんなものではないぞ。もっと大きな……わたしには、よくわからん。ただ、あの者の、いやあの人の心の奥底には、アキオ本人でも気づかぬところで、おぬしを――」
「わたしを?」
元魔女はしばらく逡巡したのち、ひと息に言った。
「受肉させて人にするという願望がある」
「なんですって、それって神様に使うことばでしょう」
「アキオの中にあったことばだ。詳しくはしらん。だが、これだけは分かる。おぬしを人にしたいのだ、アキオは」
「わた、わた……肉……ひと」
「おそらく、人になったおぬしを抱きしめたいのだろう」
「だ、だき、だき――」
「おい、ミーナ」
「――」
「ミーナ!」
「どうしたんだい、姫さま」
騒動を聞きつけて、ユイノがアキオを取り巻く輪から離れてやってくる。
「突然、ミーナが反応しなくなったのだ」
舞姫は、腕を組んで頬に指を当てて考える。
「アキオの話をしてなかったかい」
「――してた」
「アキオがミーナのことを好きだとか――」
「まあ、そんなことだ」
ユイノは、ははん、という顔になり、
「それなら大丈夫。ミーナはアキオがらみの話になると、落ちちゃうんだよ」
「落ちる?」
「気絶だね、人間でいうと。大丈夫、しばらくすると復活するよ。よくあることさ」
「よくあるのか」
「あるある。かわいいよねぇ。300年生きてるのにさ……でも、それでこそ、あたしたちの姉さんさ。誰にも代わりがつとまらない」
「そうだな」
魔女は笑う。
「まったく、敵わぬな」