093.合流
「まあ、発音が似ているだけかもしれないし――」
ミーナの言葉をカマラが遮る。
「空を飛ぶ、鱗のある獣、確かに資料で見たドラゴンの特徴に似ていますね」
「カマラ、あなた、なぜそんな資料を見たの」
「地球の英雄が、わたしの英雄とどう違うのか知りたくなって。英雄とドラゴンはセットで出てくることが多いでしょう」
「で、どうだったのだ」
シミュラが悪戯っぽい表情で尋ねる。
「爪と牙、鱗があり、翼で空を飛ぶ。想像力で怪物を作り出す際によく使われる、複数の生物の混成物の姿をしていて、口から火を噴くものもいる。描かれた想像図から考えて、あれほどの巨体をあのサイズの羽で飛翔させることはできないから、明らかに空想生物ですね」
「おぬしは頭がよいな。だが、わたしがたずねたのは英雄についてだ。どうだった」
「話になりません。ある者は、体が大きく力が強いだけの馬鹿者ですし、またある者は、せっかく不死身の身体を手に入れながら、背中に葉っぱを張りつかせていたため殺された愚か者です。また別な者は、約束を忘れ、黒い帆の船に乗って帰って父を自殺させた粗忽者でした。自分に食事を与えてくれた者を、汚い出し方をしたと言って斬り殺した狂人もいます。ただ演説がうまいだけの民衆の扇動者だったり、飲料水に混入した薬物と携帯端末からの高周波で国民を洗脳した狂った科学者だったことも――」
「わ、わかったわよ、カマラ。でも、あなたの調査、ちょっと……偏ってない?」
ミーナの言葉を無視してカマラは断言する。
「つまり、わたしの英雄とは比べる必要すらありません」
「はぁ」
ミーナは深いため息をついた。
「そうだろう、そうだろう。エストラの英雄たちも、我らの英雄とは比べものにならぬぞ」
シミュラが愉快そうに言う。
「ドラッド・グーンがどんな姿をしていたか分かるか」
少女たちの無駄口に頓着せずアキオが尋ねる。
「詳しいことはわからぬ。ただ、火を出して敵をなぎ払ったといわれておるな」
「生物が火を吹く。火球を使えば可能だな」
アキオは少し考えて、
「カマラのいうように、地球では、ドラッド・グーンは飛翔できないだろうが、この世界には魔法があるからな。飛ぶこともできるだろう」
「降りてきた、というのは、乗り物に乗ってやって来たということかもしれないけど」
「宇宙からか」
和服のミーナがうなずく。
「シミュラ」
「なんだ」
「エストラには、空を飛ぶ魔法があるのか」
「ある、というより、あった」
「もうないのか」
「わたしが子どもの時には、すでに飛べる者はいなかったな」
「なぜ、いなくなった?おまえがやっていたような、特殊なイニシエーションが必要だからか」
「それもある。だが、問題はそこではない。飛ぶためには、膨大な量のマキュラが必要なのだ」
「マキュラとは」
「おぬしたちのいうPS、ポアミルズ胞子というやつだな。エストラではそう呼ぶのだ。もちろん、知っているのは学者だけだ。ほとんどの者は、魔法が空中にあるマキュラを使っていることを知らない。サンクトレイカでもそうだろう」
シミュラの言葉にユスラがうなずく。
「はい。荒野の一部、そして街で魔法が使えないのは、何か、目に見えない力の素が存在しないからではないか、という説は昔からあります。しかし、公には認められてはいません」
「それでみんな納得しているの?」
「わたしたちは、地球の方のように理屈で世界を理解しようとはしないのです。すぐに、そういうものだ、と納得してしまう」
「最初から『魔法が存在する世界』だからかしら」
「あるいは、誰かがそう考えるよう、科学が発達しないように仕向けているからかも知れません」
カマラが言い、
「そうでないと、物事を科学的に考えない、という気持ちがわからない」
「あなたは、考え方が地球人に近いものね。ユスラやピアノの論理的な考え方を見ても、人種、生物的に科学的思考が苦手ということはなさそうだし……」
AIと少女たちの議論をよそに、アキオは別なことを尋ねる。
「シミュラ、飛行魔術はPSを大量消費するのか」
「うむ、重さによるらしいがな。昔は相当派手に使ったようだ。かつては城を浮かせたという話もある。まあ、あくまで言い伝えだがな」
「その痕跡は北圏で見つけました。PSの全くない雪原で粉々になって……」
「街を見ても分かるように、一度なくなったマキュラ、PSはもう戻らない。だから飛行魔術は消えていったのだろうな」
シミュラが、しみじみとした表情で言う。
「だが、おまえがいたアルドスには大量にあった。しかも、いくら使っても減らないように見えた」
「そうだ。なぜか、あそこはマキュラが異常に濃いのだ。わたし自身、身をもって感じたが、使っても減らない。おそらく、ダラムアルドス城のどこか、あの地下深くから湧いて出ているのだろう」
「一度、調べてみなければならないな」
「それは少し面倒だぞ」
「なぜなの」
「かつてアルドスは進入禁止区域だった。うかつに入って魔法を使えば、大惨事を招くからだ。また、マキュラの存在を秘密にしたいという国の思惑もある」
「そうでしょうね」
「しかし、この百年、アルドス荒野は放置されたままだった。わたしがいたからだ」
シミュラが自嘲するように微笑み、
「アルドスの魔女がいなくなったいま、エストラは、また兵を使って人の侵入を拒むだろう」
「それは、何の問題もない」
「そうか、そうだな、おぬしだものな」
「みんな――」
御者台にいたキイが、車内へ声をかける。
「いま、街道を曲がって森へ入ったところだ。もうすぐジーナと合流するよ」
「やっと、お会いできますね。シミュラさま」
「ああ、カマラ。おぬしとマクスで教えてくれたわたしの肉声を聞いてくれ」
「楽しみにしています」
馬車は、予定通り昼過ぎにジーナと合流した。